私のぬいぐるみ。

メイルストロム

I want ???


 ──ぬいぐるみ。


 それは可愛くて、ふわふわしてるお人形さん。

 くまさん、ウサギさん、カメさんにお馬さん。お魚さんやタコさんだっていました。そして何故か大人気のサメさんのぬいぐるみ。

 本当、びっくりするくらい沢山の種類があるけど、どれもみんな愛らしいデザインに仕上げられているのは変わりない。

 そして最近、喋るぬいぐるみなんていう物も販売されたと聞く。勿論そのぬいぐるみも例に漏れず可愛くてふわふわの優しいデザインだった。



 ……けど私が欲しいのはそういうのじゃない。

 私が欲しいぬいぐるみはどこを探しても見つからないから、私は理想のぬいぐるみを自分で作ることにしたのだ。


 その為にまず、仕事で海外を飛び回る両親に手紙を出して資金を用意してもらえるように頼んだ。両親は私に寂しい思いをさせているという自責からか、基本的に私の頼みを聞いてくれるのでそこは簡単だった。

 そうして家の敷地内に小さな工房を建て、私は時間の許す限りそこでぬいぐるみ作りに励み続けたのである。初めのうちは独学で試行錯誤を繰り返していたが、当然思うような物は出来なかった。それを見かねたのか、親代わりに雇われている執事のアルフレッサはどこからか女性の人形制作技師を連れてきたのだ。

 その者はリブラと言い、酷く物静かな長身の女性だった。得意分野は西洋人形とのことであったが、ぬいぐるみの裁縫知識もあるとのことでアルフレッサは連れてきたらしい。 

 結果として私の縫製技術は飛躍的な進歩を見せ、一般手な製品には引けを取らないクオリティに仕上げることができるようになっていた。



「──ねぇリブラ」

「なんでしょうか」

「ぬいぐるみとお人形さんの違いってなに?」

「主にぬいぐるみは、中に物を包みこんで外側を縫って造る玩具を指すそうです。特に動物などの形に仕上げたものを指す場合もありますが、人型を模したものも存在していますね」


 なんだか曖昧な定義な気もするが、なんとなくの区分は出来そうだ。そうなると私が望む理想のぬいぐるみは、人形とぬいぐるみのハイブリッドということになるのだろう。


「ふーん……その外側ってなんでもいいの?」

「ものによる、としか言えませんね」

「それじゃあ例えば動物の革で包んだとしても、それはぬいぐるみになるの?」

「皮革を用いたぬいぐるみは実在しますが、それはかなりの少数派です。素材が素材なので、どちらかといえば大人向けのぬいぐるみという扱いです」


 ……それならば、理想のアレはギリギリぬいぐるみと言えそうだ。しかし大人向けと言われるとなんだかむず痒くなるのはなぜだろう?


「そうなんだ。ありがとうリブラ」

「どういたしまして。

 ……それよりもマーガレット様、貴女は何を作り上げようと苦心されているのですか?」

「ん? 私の理想のぬいぐるみ」

「もし宜しければ、その理想のぬいぐるみというものを教えてくださいますか」

「いいけど……私の欲しいぬいぐるみはすごくシンプルなものよ? 求めているのは2つだけ……一緒に遊んでくれて、私を愛してくれること」

「──……それは、なんとも難しいものを望まれますね」

「うん。だからこうして頑張ってるんだけど──アルフレッサには怒られたんだ。お嬢様はやり過ぎです、って。あの時のアルフレッサ、物凄い剣幕だったから私とても怖かったのよ」


 それはつい先日のこと。

 理想のぬいぐるみの原型プロトタイプが出来たから、アルフレッサにそれを見せてあげたのだ。

 あのプロトタイプは問題なく動いてくれたけど、口にする言葉がちょっと悪かった。

『……シ、ィ』とか、『ウ……シ、テ』とか途切れ途切れで声もガサついてたんだもの。だからアルフレッサはあんなにも怯えた……怯えたっていうか、悍ましいものを目の当たりにしたような感じだったかも。それからすぐに激しい怒りを露わにして、私の腕を引っ張って外に連れ出したの。


「──……そして滅茶苦茶に怒られて、頬を叩かれたわ。あんなの、初めてだった」

「そんなことがあったのですね」

「うん。そして昨日ね、突然出てっちゃったの」

「……マーガレット様。貴女は彼に何をお見せしたのですか?」

「口で説明するより見せたほうが早いわ。ついてきて」




 ──そうして連れてこられた先にあったのは明らかにぬいぐるみとは異なる存在。そして人形とも異なるそれは、酷く臭う悍ましい縫い包みでした。


「これなんだけど……あれ、動かないな。どうしてだろ?」


 椅子に凭れ、脱力しきったそれにマーガレットは近付いていきました。そしてなんの躊躇いもなく縫い目を解き、中へ手を突っ込んでいきます。

 そして何かに触れる度、彼女の言う理想の原型はビクリと小さく跳ねて言葉を漏らしていました。


 ──ヤメロ、ヤメテクレ。


 それは声にならない呻きのなかに潜む感情コエであり、マーガレットには届かない。

 だから彼女はあの縫い包みの奥へ奥へと手を伸ばし、その中身を弄り捏ね回す。


 ──クルシイ。イタイ。


 これを目にしたアルフレッサはどんな気持ちだったのかは容易に想像できる。本当はその場で逃げ出したかったのだろうが、それでも逃げ出さず彼女を叱りつけたのは最後の奉公だったのだろう。

 彼女はまだ12歳と幼く、まだ矯正出来ると信じての事だったはずだ。

 ……けれどその想いは通じなかったのだろう。

 だから彼女は作ることを止めなかった。

 それが意味する事を理解したから、アルフレッサは逃げ出したのだ。


 ──ヤメロ、ヤメロ。


 アレの中身が何なのかは敢えて口にしない。

 あれが彼女の望むぬいぐるみだというのなら、その中身はワタなのだ。ただ、常人ならば使わない珍しい皮でその中身を包み塗っただけの……彼女だけの特別なぬいぐるみ。




 ──……ユルサナイ。





 ……あのぬいぐるみにされた者達は、決してマーガレットを許しはしないのだろう。

 だが、まぁ……彼女の言っていた『愛してくれる』という部分はクリアしているのだからそれはそれで良いのかもしれない。


 尤も、他人から向けられる強い感情を愛と呼ぶのであればの話だが──










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私のぬいぐるみ。 メイルストロム @siranui999

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