ぼくの腹筋しりませんか
十余一
ぼくの腹筋しりませんか
体格の良い男がそのユーラシア大陸の如き
「何かをお探しですか? お力になりましょう」
「ありがとうございます。実は……、
男は清潔感のある真っ白なタンクトップをめくり腹部を見せてくれた。大根を下ろせそうなほど隆起した
「午前のトレーニングを終えたら飛び出してどこかへ行ってしまいました。幸いにもプロテインを飲んだあとだったので、筋育にはあまり影響ないと思うのですが……」
男の筋肉はノーベル筋肉賞を受賞しそうなほど仕上がっているというのに、覇気がない。マッチョの枯山水に涙の洪水が押し寄せてしまいそうだ。
「いったい何がいけなかったのでしょう……。きちんと計画的に鍛えて、しっかり休養日も設けていたというのに」
男の溜息に呼応するように、
このままではプロポーションおばけが成仏してしまう。私にできることが、何かないだろうか。
残念ながら彼の腹直筋の行方は見当もつかないが、家出の原因には少しばかり心当たりがあった。
「失礼ですが、普段は何味のプロテインをお飲みで?」
「バニラ味がお気に入りで、そればかり飲んでいますね」
「なるほど。たしかにバニラ味は美味しい。私も大好きです」
いったい何の話が始まるのだろうと、ダチョウの卵のような上腕二頭筋が不安に揺れる。そこまで鍛えるにはきっと眠れない夜もあっただろう。
「ところで、人間の食の好みは腸内細菌によって左右されるという説があります。ここからは自論なのですがね、プロテインの好みに限って言えば、腸内細菌よりも筋繊維の影響が大きいのではないかと思うのです」
彼にも私の意図が伝わったようだ。全ての道がマッチョに通じているくらい明らかな条理なのだろう。別の言い方をするならば、マッチョ、マッチャー、マッチェストの変化法則のような明確さだ。
「プロテインの味は実に多種多様ですよ。新鮮採れたて肩メロンのようなメロン味、腹筋板チョコバレンタインのようなチョコレート味。爽やかなミックスベリーやヨーグルト、まろやかな甘みのミルクティー、ソルティッドキャラメル、プリン。変わり種の微炭酸コーラ味。しょっぱい系ならばコーンポタージュ風味や味噌豚骨ラーメン風味まであります。気分転換に、色々な味を試してみたらいかがでしょう」
男の神々しいまでの
素晴らしき筋肉の若人に幸あれと願わずにはいられない。
ぼくの腹筋しりませんか 十余一 @0hm1t0y01
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