第4話 違和感の正体

 

 オレは、このヘビが何かを知っていた。

 最大10メートル近くになる、アミメニシキヘビである。


 この部屋にいるアミメニシキヘビは、まだ成長しきっていないにしても、5メートル以上はありそうだった。

 この大蛇が潜んでいたため、オレは、この部屋に、奇妙に怖い、違和感を覚えていたのかも知れない。


 その大蛇の胴の部分が、一ヶ所大きく膨らんでいた。

 飲み込んだエサの膨らみである。

 その膨らみは、ちょうど人間ほどの大きさがあった。


 ……まさか、吉沢さんが。

 オレは何か武器になりそうなものを探した。


 獲物を飲み込んだばかりのヘビは、攻撃を受けると、身軽になって逃げようとし、飲み込んだ獲物を吐き出す習性があるのだ。

 もしかしたら、まだ吉沢さんは、ヘビの腹の中で生きているかも知れない。


 「こ、この」

 さっき座っていた椅子の背もたれをつかむ。

 そして、振り上げようとしたとき、洗面所に通じるドアが開いた。


 現れたのは、濡れた髪をタオルでまとめた吉沢さんであった。


 ◆◇◆◇◆◇


 「ペット?」

 「そうよ」

 吉沢さんが頷いた。


 吉沢さんは、このアミメニシキヘビを飼っていると言うのだ。


 オレは忘れたスマホを取りに戻ったこと。

 何度も呼びかけたけど、返事が無く、ドアノブを回すと開いたこと。

 そこでヘビを見つけ、吉沢さんが飲み込まれたと勘違いして、部屋に飛び込んだことなどを説明した。

 最後の方は、少し自分の都合の良いように脚色してある。


 シャワーを浴びていた彼女は、チャイムの音もオレの呼びかけも、まるで聞こえてなかったらしい。


 「でもさ、鍵の閉め忘れは危ないよ。

 泥棒が入ってくるかも知れないし、逆にアミメニシキヘビが逃げ出しちゃうかも知れないし」

 オレは吉沢さんがペットだという、アミメニシキヘビを眺めながら言う。


 奥の部屋にあるゲージから抜け出したそいつは、キッチンの床が気持ちいいのか、大人しく寝そべったままである。


 「アミメニシキヘビだって、分かるんですか!?」

 吉沢さんが、驚いた顔になった。

 「もちろん」とオレは答えた。

 「オレさ、けっこう爬虫類が好きなんだよね。

 高校生のころは、ゲッコーを飼ってたことがあるんだ」

 ゲッコーとはヤモリのことである。


 「爬虫類好きなんですか? 

 やったあ! 仲間が出来て嬉しい!」

 吉沢さんが笑顔になった。

 言葉遣いも少し崩れ、距離が一気に近くなった気がする。


 飼っていたヤモリに、これほど感謝したことは無かった。

 「でも、ニシキヘビって、けっこう凶暴なんだろ」

 「うん。一度、絡みつかれたことがあって、あのときは、焦っちゃった」

 「危ないなあ」

 「長く育てて、意思の疎通が出来ていると思っても、やっぱり言葉が通じないから」

 ニコニコと笑う吉沢さんの言葉に、オレはキンキン平野の言葉を思い出した。


 『それがさ、ほとんど会話は通じないんだって』

 『機嫌が悪くなると、すぐに暴れるんだって。なだめるのも大変らしいよ』

 ……もしかして、同棲しているジェイとは、このアミメニシキヘビのことではないのだろうか?


 「あのさ、吉沢さんって、彼氏はいるの?」

 思わず口から出たオレの質問に、吉沢さんは、少し困ったような顔になった。


 それから「う~~ん」と、困ったような顔のまま、満足そうに寝そべるアミメニシキヘビを指さし、イタズラっぽい笑顔でオレを見た。

 

 やっぱりそうだ!

 同棲している相手は、このヘビのことだったのだ。


 胸の奥につかえていたものが、一気に消え去った気がした。

 今である!

 告白するなら今だと思った。


 しかし、なかなか上手いセリフが思いつかない。

 オレは場を繋ぐように、別のことを質問した。

 「このアミメニシキヘビの名前は、なんていうの?」

 「長次郎よ」


 ……長次郎?

 ……ジェイではない?

 オレは間の抜けた顔になって、長次郎と呼ばれたアミメニシキヘビを見た。


 そもそも、こいつは何を丸飲みして、これほど満足そうに腹を膨らませているのだろうか?

 ウサギやニワトリではない。

 大型犬よりも大きいものだ。


 ……いや、自分を誤魔化してはいけない。

 ……分かっているはずだ。

 そもそもオレは、最初、このアミメニシキヘビを発見したとき、吉沢さんが丸飲みにされたと、早とちりしたのではないか。

 つまり、それは人間サイズのエサを丸飲みにしていると言うことだ。


 何より、『彼氏はいるの?』と問うと、吉沢さんは指さしたではないか……。

 あれはアミメニシキヘビではなく、その中に……。


 部屋は住む人によって表情を変える。

 オレは、愛らしく微笑む吉沢さんの顔を見た。

 心が和む表情を持つ部屋に潜む不自然な違和感は、この笑顔の裏側から漂っていることを理解した。


                   end

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違和感のある部屋 七倉イルカ @nuts05

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