間に合え!

 この話を読んだ時に、ローカル番組『探偵ナイトスクープ』で2011年に放映された「レイテ島からの手紙」を想い出した。
 傑作選としてどこかで観れるはずだ。

 戦地レイテ島から、台湾経由で、兵士の父親が母親に送った軍事郵便のはがき。
 擦り切れてもう読むことも難しいそれを解読して欲しいという依頼が番組に舞い込む。依頼者は2011年当時、65歳の男性。

 父親が戦地から送ったはがき。
 そこには、もしかしたら妻の妊娠に触れている文章があるのではないか。
 ぼくの眼にはそう見えるのだ、と依頼者。
 戦地からついに帰って来なかった父は、死ぬ前に、母のお腹にいたぼくの存在を知っていたのだろうか。
 それだけが知りたい。
 ついに一度も逢うことのなかった父。お父さんは、ぼくの存在を認識してくれていたのでしょうか。


 解読を試みるも、紙質が悪い上に鉛筆痕がほぼ消えかかっていて、あれこれ試しても文字が追えない。
 しかし今それをしなければ、もう数年も経てば、この文字は完全に消えてしまう。はがきすら塵と化して分解してしまう。

 最終的に、遺跡から発掘した木簡をあつかう奈良文化財研究所に番組は依頼を持ち込む。
 鉛筆に含まれる炭素に赤外線をあてて、消えた文字を甦らそうというのだ。

 やがてはがきには、ある言葉が浮き上がる。
 身重。
 父親はレイテ島から内地に向けて、妊娠中の妻の身体を心配している。
 はがきを書いた兵士は、妻の体内に我が子がいることを、遠い戦地で確かに知っていたのだ。

 そんな大感動エピソード回だった。奈良文化財研究所の職員まで、隅の方でもらい泣きをしていた。

 そんな「間に合え!」という衝動が人間には備わっている。
 何の得にもならない。
 番組としては美味しい依頼だが、一枚のはがきの為に奔走するスタッフは、必ずしも番組の視聴率の為だけに動いていたのではなかっただろう。
 はがきに何が書いてあったのか、依頼者に伝えてあげたい。
 六十年以上前に、遠いレイテ島で戦死したひとりの若い兵士の気持ちを、彼の息子に伝えてあげたい。
 どうか、間に合ってくれ。
 どうかこの一枚の紙きれに、戦士した男が我が子の存在を承知していた証があってくれ。

 その必死さ、一途さが、縁もゆかりもない顧客の老婆のために「間に合え!」と奔走するこの話の主人公に重なってみえたのだ。
 その心こそ、日本人が心の中に消えることなく抱いている、桜ではないだろうか。

 ついでながら公募に投稿される本作品が一時的に非公開になるとのことで、わたしは今このレビューを高速で書いている。
 乱筆ご容赦願いたい。

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