24話 思い出の約束

「さて、と。お姉ちゃんとの思い出話はいっぱいあるから個別エピソードは後日のお話ということにさせてもらうとして。色々ざっくり話していくんだけど……まずは最初かな。私たちがお姉ちゃんと出会ったのは病院なんだ」

「……どこか悪かったの?」

「ううん。私と彩人は大丈夫だったんだけど、家族のために通ってた。それでまあ、ちょうどその時の私たちってメンタルがすごくやられててね。二人ですっごく暗い顔して病院の中庭で過ごしてたの」


 俺たちが病院に通っていたのは小学校にも入学していないくらい小さな頃だった。

 入院していたのは俺の父親と深玖流の母親で、その容態は小さい俺たちでもわかるくらいに悪く、回復するのも難しいということも理解できた。

 だからといって病院に来ないようにするという選択を取ることもできず、俺たちはせめて現実を見ないようにと病室を離れて中庭のベンチに座って時間が過ぎ去るのを待っていた。


 そうしてそんな俺たちを見つけて声を掛けてきたのが桜さんだったというわけだ。


「それで、そんな俺たちを強引に遊びに誘ってきたのが桜さん。別にいいって言って断ろうとしたけど、向こうは折れないし、そもそも深玖流は何も言えないしで、結局押しきられた」

「あの時は私もびっくりしたのよ。ちょっと目を離した隙に自分より小さな子を二人遊び相手として連れてくるんだもの。深玖流ちゃんは彩人くんに隠れるみたいに引っ付いてたし、どういうやり取りだったかはすぐに察したわ」

「……それはちょっと意外。今のイメージだとすぐに遊んでそうだった」

「あはは……遊ぶ余裕がなかったっていうのもあるけど、昔の私はほんとに引っ込み思案だったから……」


 無透さんの視線から顔を逸らし、苦笑いを浮かべ頬をかく深玖流。

 その頬が少し赤くなっているから、昔の自分のことを知られたことが恥ずかしいのだろう。


「それからは病院で会ったら遊ぶ、くらいだったけど何だかんだ俺たちにはいい気分転換になってて、最終的には半分うちの親からのお願いみたいなのもあって日常的に遊ぶようになっていったのが始まりかな」


 こうして話しながら振り返ってみても桜さんに強引に誘われていたのは昔の俺たちにとっていい刺激になっていたと思う。俺と深玖流だけだと何かをやろうとしていなかっただろうし、それまで以上に塞ぎこんでいってしまっていたことも想像できる。


「私たちが小学校に入学してからはお姉ちゃんと同じところだったのもあって、ずっと顔を合わせてたんじゃないかな? 彩人がお姉ちゃんに引っ張り回されて、私はそれについていって、それが私たちの日常だったよ」

「……それがたぶん、私がお見舞いの時に聞いていた話だと思う。どこに行ったとか、何したとかいっぱい楽しそうに話してた」

「あっ、もしかして……お姉ちゃん定期的に用事があるって言ってどこか行ってたけど明莉ちゃんのところ?」

「ええ。行き先が病院だから二人には教えてないって言っていたわ」

「はぁ……やりたい放題するくせにそういうところがあるからずるいんだよ、あの人は……」


 破天荒で自己中心的なことばかりするのに周りのことを気にしていないかというとそうではなく、むしろ逆で、常に気を配った上でラインを直感で見極めてわがままを通してくる。

 それだから俺も深玖流も桜さんに懐いていたし、振り回されてもそれを苦に思うこともなく受け入れていた。


「それでね、私たちはそんなお姉ちゃんが一緒にいてくれるのが当たり前で、ずっと続くと思ってたんだ…………あの日までは」

「……それって、お姉ちゃんの亡くなった日?」

「……ううん。お姉ちゃんがもういないんだって明確に突きつけられたのはその日だけど、私が言ってるのはその少し前。お姉ちゃんに自分が病気だって教えられた日なんだ」


 その日のことは今でも鮮明に思い出すことができる。

 そして、その日の特に忘れられない部分が俺が始業式の日に夢に見た光景だ。

 そんな夢を見た日に無透さんに出会ったのだから、どこか見えないところで桜さんが導いてくれた、なんて言われても納得できてしまう。


「小学校の五年生に上がる直前の春休みに入ってすぐにね、お花見をしようって誘われたんだ。その日のお姉ちゃんは色々と普段と違うところがあったのに、私も彩人も浮かれてて全然気がつかなくってさ…………それでいきなり自分が病気で、もうすぐ死ぬ、なんて、言われたら………………ショックで、ひたすら泣いちゃってた」


 その時のことを思い出し、膝の上の形見の人形を深玖流がぎゅっと抱き締めるのが視界に映る。

 声も少しだけ涙ぐんでいて、やっぱり深玖流も乗り越えられていないのだということを突きつけられる。


「……俺たちにとっては誰かがいなくなるっていうのがほんとにダメで……一回なんとか立ち直れたきっかけが桜さんだったのに、それなのによりにもよってで…………取り乱したのに……あの人はいつもみたいに笑ってたんだ」


 始業式の日に久しぶりに夢に見た時はそこまでだったから今普通に話すくらいはできるかと思っていたが、こうして言葉に出していると昔の辛さが蘇ってくる。


「……自分も辛かったはずなのに、俺たちが昔みたいにならないように、ちゃんと前を向いていられるようにって、そればかり気にして……なのに、結局今の俺たちはこんな有り様で…………」

「……私からは大丈夫そうに見える」

「表向きはそうなんだけどね……詳細は話せないけど私も彩人も、お姉ちゃんがいなくなった穴をお互いの存在で無理矢理埋めてどうにか振る舞ってるだけなんだよね」

「前に深玖流がいなかったら俺がダメになってたって言った気がするけど、あれは比喩でも冗談でもなく、言葉通りの意味だよ」


 もしも深玖流がいなければ今の俺はあらゆることに希望を持てず、ただ無気力に今日まで過ごして来ていたと思う。

 実際、桜さんがいなくなってしばらくの俺はそんな状態だった。


「この際流れで白状しちゃうと、昨日明莉ちゃんに私から質問したでしょ? あれね、明莉ちゃんがお姉ちゃんと知り合いかどうか探ろうとしててさ…………まあ、結果は自爆しちゃったわけだけど」

「……納得した。それならあの質問になるのもわかる」

「昨日といえば、無透さんが今着てるワンピースが目についたのも、無意識に桜さんと重ねてたんだろうな……」


 昨日感じた既視感のようなものも桜さんが着ていたというイメージがフラッシュバックしていたとすれば納得できる。

 似たところがあると無意識に感じていた相手が着ていた記憶に引っ張られているのだから、似合うイメージがすぐ頭に浮かんだのも当然のことだ。


「なるほどね。よりにもよって質の悪い偶然だなーとは思ってたけど、それなら必然だね。明莉ちゃん、昨日私が彩人がこういう服選ぶの珍しいって言ってたのって聞こえてた?」

「……うん、着替えながら聞こえてた」

「あれもね、実は理由は単純なんだ。お姉ちゃんを連想しやすい服を選ぶことを彩人はできるなら避けるから」

「……活発すぎない服のほうが好みって言ってたのも、そういう理由?」

「その好みもどちらかというとの範囲ではあるけど……まあ、否定はできないかな」


 俺にとって桜さんのことを思い出すことが嫌というわけではなく、一緒に過ごした思い出は楽しいものがほとんどだから感情論としてはむしろ逆だ。

 それでも、辛い記憶は思い出したくないというのも本音で、結果として都合のいいように避けようとしているのだから、自分でも面倒だなとあらためて思う。


「っとと、話がちょっと脱線しちゃったね。厳密にはまだ関係が残ってたりもするけど……まあ、一旦置いといて。私と彩人と、お姉ちゃんとの約束、それもお花見の日にしたんだ。色々思い出話をしてね、お姉ちゃんに聞かれたんだ。『ねえ、私と一緒に過ごしたのはどうだった?』って。はい、彩人、続きよろしく」

「ここで交代かよ」

「あの時の私はひたすら泣いてたしさ、続きはちゃんと返事をしてた彩人の口から言ったほうがいいかなって」

「俺だって辛うじてだったけど……そう言われたら仕方ないか。俺が、楽しかったって、それだけなんとか答えた」


 俺が返事をした時の桜さんの笑顔はそれまで見せていた、俺と深玖流を安心させるための少し無理矢理なものとは違う、心からのものだった。

 それはどこかほっとしたようで、その時はわからなかったが、後になって桜さんが俺たちがちゃんと楽しかったと言ってくれるのか緊張していたのだと理解できた。


「それで、その後に桜さんがこう言ったんだ。『私の毎日はね、二人に出会ってから金色に輝いてて、これがずっと続けばよかったのにって今でも思うよ。でも、それはもう叶わないから。だから……いつかでいいから。私の代わりに誰かの日常を金色にしてあげて。それが私の最後のお願い』って。これが俺たちと桜さんとの約束」

「……それを私に、っていうこと?」

「別にこの約束のことがなくても明莉ちゃんと一緒に遊んだりしたいよ。だから、あくまで私と彩人のこれからの心構えの話くらいに思っててくれればいいかな。というか、勝手に決めちゃってたけど彩人、いいよね?」


 話の流れで事後承諾になってしまったが、俺も元々深玖流の話を断るつもりもなかった。

 ここまで関わって色々と話もしたのに放っておくなんてことはないし、不純な動機になるかもしれないが、桜さんのことを知っている相手だから、もっと無透さんのことを知ってみたいとも思う。


 それに、桜さんとの約束を果たすことも今の俺と深玖流が次を目指すことにとってはいいきっかけになるはずだ。


「ああ、元から断るつもりもないぞ」

「だよね、よかった」

「……ありがとう」

「お礼なんていいって、私たちがやりたくてやるんだし。それにね、今の私と彩人だけじゃきっとお姉ちゃんのことではなかなか前に進めないから。だから、いざってときは明莉ちゃんの力も貸してほしいな」

「……わかった。私にできることなら何でもやる」

「ありがと、頼りにさせてもらうね」


 視線を交わし合い、微笑む二人をよそに俺は唯さんへと視線を向ける。


「唯さん、他に話しておいたほうがいいことってありますか?」

「そうね……今はたぶん大丈夫だじゃないかしら。後は必要な時に各々が話す方がいいと思うわ」

「それじゃあ……無透さんと唯さんはこれからどうします?」

「私は特に予定もないから、明莉ちゃん次第かしら」

「……私はお姉ちゃんのところに行きたい。二人のこととかも話したい」

「あっ、それ私も着いて行ってもいい? せっかくなら明莉ちゃんと一緒にお姉ちゃんとお話したいもん」

「……大丈夫」


 そして、無透さんと深玖流の視線がじっと揃って俺へと向けられる。

 何も言葉にしてはいないが、俺も一緒についてきてほしいと言われている気がする。


「……俺も行く。すいません、唯さん。送るのお願いしてもいいですか?」

「ええ、もちろん。皆来てくれるほうがあの子も喜ぶもの」

「それじゃあ出発……ってわけにはいかないか。外めちゃくちゃ暑そうだし」


 深玖流の言葉につられ、時計を見ると今の時刻はだいたい十四時頃。

 今日の天気のことも考えると今は一番外気温が暑い時間かもしれない。

 そんな状況で日よけも何もない墓地に行くというのは危険だろう。


「彩人くん、もうしばらくここにいさせてもらってもいいかしら?」

「もちろんですよ、俺たちが呼んだんですし」

「あ、じゃあじゃあ、明莉ちゃん。出掛けるまで一緒にゲームしよ? 丁度いっぱい持ってきてるんだ」

「……やる。あれ……そういえばそのぬいぐるみも別の部屋から持ってきてたから、今日お姉ちゃんのところに行く前に寄ったの?」


 無透さんの言葉に俺と深玖流は顔を見合わせる。

 深玖流の表情は明らかに、やっちゃったと言いたげでその上ウインクをして誤魔化そうとしてきている。


「彩人……言っちゃってもいいよね?」

「あのなぁ、もうそこまで言った時点で何かあるって断言してるだろ……」

「あはは、それもそうだね。実は、私連休の初日から彩人の家に泊まってたりします」

「……じゃあ、昨日も一緒に来て一緒に帰ってたってこと?」

「うん、そういうこと」

「……思ってた以上に二人はすごく仲良し」

「無透さん、一応このことは学校では秘密にしておいてもらえると助かる」

「……わかった。でも、お泊りは羨ましい」

「よし、お泊り会やろう! 今学期中か夏休みを一旦目標にして……弥生ちゃんも呼んで女子会かな」

「……女子会、楽しみ」

「あ、彩人ー。私と明莉ちゃんで女子会の計画するからゲームとお菓子の準備よろしくー」

「はぁ……最低限だけな。残りは自分でやってくれ」


 楽しそうな深玖流と無透さんを邪魔するわけにもいかず、かといって話に混ざることもできない俺は席を立ち、言われた通りに準備を進めるのだった。

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君に届ける金色の 蒼雪 玲楓 @_Yuki

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