23話 桜との関係

「……明莉ちゃんもお墓参り?」

「……そう。二人がいたからびっくりした」


 誰の、とは言っていないが無透さんのお墓参りの相手は桜さんだろう。もしも無透さん一人で話しかけてきていたのなら俺たちを見かけて声をかけた可能性もあるが、今は隣に唯さんがいる。

 偶然二人が同じタイミングで俺たちの真後ろに来た、なんて可能性もなくはないがそれよりはここまで一緒に来たと考えるほうが納得はいく。


「あの、唯さんと無透さんは知り合いなんですか?」

「ええ。色々事情があって私が保護者みたいなものなのよ」

「……一緒に暮らしてる。えっと、知り合い……?」


 そう言いながら俺たちと唯さんの間で視線をさ迷わせる無透さん。


「あれ? 明莉ちゃん知らないの?」

「私が二人があの子と知り合いだったことは話してないのよ。クラスでの様子は聞いてたから、全部把握していたのは私だけね」


 無透さんの反応を一瞬不思議に思いはしたものの、俺たちと桜さんの関係を知らないのなら説明はつく。

 それに、よく考えてみればここ一ヶ月無透さんと話す中で桜さんの名前が欠片も出てきていないのだから、お互いの共通の人物だという認識がないのは当たり前だ。


「なんで、話さなかったんですか? 転校してきた無透さんにとって新しいクラスでの知り合いになりやすくなるわけですし」

「そうね……理由は二つかしら。まずは深玖流ちゃんを信じてたから」

「へ? 私ですか?」


 直接名指しされるとは思っていなかったのか驚いて不思議そうな顔をする深玖流。


「元気な挨拶をして初日から話しかけてくれたって教えてもらったのよ。だから、私がきっかけを作らなくても友達になってくれると思って」

「あはは…………結果オーライ、ってやつだね。彩人」

「……だな」

「…………?」


 俺たちの会話を不思議そう聞く無透さん。

 まさか、深玖流が初日に話しかけたきっかけが俺のよくわからないが気になる、なんて発言だとは思いもしないだろう。


「もう一つはね、あの子のことは彩人くんと深玖流ちゃんが自分から話してくれるのを待つつもりだったからよ…………まだ、大丈夫ではないんでしょう?」

「…………そうですね。でも、なんでわかったんですか?」

「ちゃんと確信したのは昨日のことを聞いたときね」

「あれは、まあ……私が思いっきりやらかしちゃいましたしね」


 昨日は、この街の病院、という単語で深玖流の様子がおかしくなったのだから俺たちの事情を知っている唯さんならその原因を予想できるのは当然だ。


「それに、花穂さんとはたまに連絡を取っているもの。その時に聞く二人の様子からたぶんそうなのかなとは思っていたわ」

「……あー、それは確実な情報源ですね」

「だからね、実はさっき二人がいるのに気がついてどうしようか悩んでたのよ。急に引き返すわけにもいかないからそのまま来ちゃったけれど」


 俺たちの姿が見えてから急に引き返したのならそれだけで変な行動になってしまう。それに、もしもその段階で無透さんが俺たちのことに気づいていたのなら結局どういう関係なのかは聞かれるだろう。


「大丈夫です。変に悩まなくてよくなる分、今の私たちにはちょうどいいですから」

「そう? そう言ってもらえるなら助かるけど……」

「明莉ちゃんがお姉ちゃんと関係ある人ってわかったし、こうなったら色々話しちゃった方がいいとは思うんだけど……ここでするわけにもいかないよね」


 いくら今の季節が春とはいえ気温は高く、今日は雲一つない晴れた青空で日光も照りつけている。そんな中で何時間になるかもわからない話をするのは危険がある。

 それに、立ちっぱなしにもなるからどこか座れるところで落ち着いて話をしたほうがいい。


 そして、できることなら周り環境のことは気にしなくていいほうが俺と深玖流も話がしやすい。

 そんな条件を満たして、すぐに思い浮かぶ場所はといえば。


「唯さん、無透さん。俺の家に来ませんか?」



 ◇◇◇◇◇



「……お邪魔します」

「お邪魔します。彩人くんの家に来るの、久しぶりだわ」


 あれから、唯さんの運転する車に乗って俺たちは俺の家まで戻ってきた。戻ってくる途中で連絡を入れると気を遣ってくれたようで、母さんは優香を連れて出かけていた。


「どうぞどうぞ。あ、明莉ちゃん。靴はその辺りに並べといてくれたら大丈夫だから。ほらほら、彩人は早く飲み物とか準備してきて」


 一応、今の状況では俺が家主に近いはずなのだが、そんなことは全く気にせずさも自分の家かのように振る舞う深玖流。高頻度で遊びに来ていて、その上泊まっているのだから実質深玖流の家と言っても今は過言ではないが。


「……はいはい。テーブルまで案内しといてくれ」

「はーい」


 先にキッチンへ行き、人数分の飲み物と適当な茶菓子を用意してからリビングへと向かうと、ちょうど深玖流が手にぬいぐるみを持って扉を開けたところだった。


「部屋から取ってきたのか、それ」

「うん」

「……それ、前に写真で見たぬいぐるみ?」

「そうだよ、これからの話的にいてくれると私が安心できるから」

「深玖流ちゃん、それ大切にしてくれてるのね」

「はい…………お姉ちゃんからの大事なプレゼントで、形見みたいなものですから」


 深玖流の持ってきたぬいぐるみは前に遊びに行ったときに無透さんが見覚えがある、と言っていたものだ。これは元々は桜さんのもので、亡くなる少し前に深玖流がプレゼントとしてもらっていた。


「唯さん。明莉ちゃんがこのぬいぐるみを見たことあるって前に言ってたんですけど、もしかしてお姉ちゃんの影響ですか?」

「ええ。明莉ちゃんのところに行くときにはよくそれを持って行っていたわ」


 まさか、同じものを見たことがあると言っていてそれが物理的にも同じものだとはさすがに俺も深玖流もあの時は予想もしていなかった。

 ぬいぐるみのことや、お姉ちゃんの話題が出たことなど、あの日は俺たちと無透さんにとって思っていた以上に重大な一日だったのかもしれない。


「まあ、この辺の話も後で聞いたりすればいいとして……唯さん、どう話すのがわかりやすいですかね?」

「そうね……やっぱり明莉ちゃんが話したほうがいいんじゃないかしら。彩人くんと深玖流ちゃんは色々遊んだりはしていたけど関係としてはわりとシンプルだもの」

「それは確かに……じゃあ、無透さんお願いしてもいい?」

「……わかった。まず、お姉ちゃんは従姉で、ずっと入院してた私にいつもお見舞いに来てくれてた。兄妹も友達もいなかったから、病院の人以外で唯一の話し相手」

「親戚……なるほと、それならたしかに色々納得いくかも」

「俺たちが一番反応するのなんて桜さん関連のはずなのに、その可能性考えてなかったな……」


 初めて会った始業式の日から俺たちが無透さんに抱いていた既視感のような何かの正体はきっとこれだ。姉妹ではないから直接似ていることはなくとも、血縁者ということでどこかしら似たところを無意識に感じ取っていたのだろう。


「……どうかしたの?」

「実はね、初めて会った日から明莉ちゃんとは初対面のはずなのになぜかそうじゃない気がするって話を彩人としてて。その理由がお姉ちゃん関係だったから納得したっていうことだよ」

「……なるほど」

「無透さん、続きお願いしてもいい?」

「……わかった。病院から出られなかった私にとって、お見舞いの時に教えてもらう外の話が楽しみだった…………あれ? 二人の名前を聞いた記憶がない……」


 俺たちに不思議そうな視線を向ける無透さん。

 その疑問の答えは小さい頃だったから聞いても覚えていない、そもそも名前が出てきていない、という可能性もなくはないがたぶん俺と深玖流が昨日予想したことが正解だろう。


「一応言っておくとあの子はちゃんと話題に出していてたし、話の内容の大半は深玖流ちゃんたちのことよ」

「あぁ、じゃあやっぱり……」

「お姉ちゃん、あのまま話題に出すことないじゃん……明莉ちゃん、聞いた話に出てきた人ってどんな名前だった?」

「えっと…………レイとモーちゃん、だったはず」


 無透さんの口から出てきた名前に俺と深玖流は揃ってため息をつく。ここまでの状況証拠からほぼ確実ではあったものの、実際に聞いていた人の口から決定的なものが出てきてしまうと呆れたくもなってしまう。


「あのね、明莉ちゃん。今言った名前が私と彩人なんだ……」

「……そうなると、モーちゃんで……レイ?」


 ちゃんという部分から先に判断したのか、深玖流、俺の順に少し悩みながら視線が向けられる。俺たちの名前からの連想ゲームで勝手に決められたあだ名だから、知らないならそれくらいしか判断材料がないのは仕方ない。


「うん。お姉ちゃんが勢いでつけたあだ名なんだ」

「……どうやって決まった名前?」

「俺は名字の虹から英訳してレインボー、そこから取ってレイ。こっちはまあ、わからなくはないんだけど」

「私はちょっと不本意なんだよね、そもそもの発端ってお姉ちゃんの言い間違いだし……」

「……言い間違い?」

「うん。明莉ちゃん、モーって聞いたら何を思いつく?」

「…………牛の鳴き声?」

「正解。じゃあ、私の名前をどう間違えられたかもわかるんじゃないかな」

「……深玖流に似てて、牛の鳴き声…………ミルク?」

「はい、そういうことです。最初に間違えられてその時の勢いで付けられたあだ名から変えてもらえなくってさ。それを明莉ちゃんにも言うことないじゃん、お姉ちゃん…………」


 当時のことを思い出してしまったのか、憂さ晴らしのようにテーブルの上のお菓子を勢いよく頬張る深玖流。食べきるよりも口に運ぶ手の方が早くてリスのようになってしまっている。


「……でも、納得した。お姉ちゃんみたいな人の影響を受けたって前に言ってたから」

「あはは……まあ、受けすぎちゃって困ってるところもあるんだけど……」

「……?」


 この場で一人だけ深玖流の言葉の意味がわからず、きょとんとする無透さん。逆に、事情を知っている唯さんは俺たちのことを心配そうに見ている。


「私と彩人にとってはお姉ちゃんがいてくれた時間が最高だったってだけかな」


 端的に表すのなら深玖流の言葉に間違いはない。

 今の日常が楽しくないというわけではないが、それでも俺たちにとっては幼い日々が最も輝いていた時間だ。


「……羨ましい。私はお姉ちゃんから話を聞いてるだけだった」

「そこはほら、今から色々経験していけばいいんじゃない? 私と彩人もたくさん付き合うし」

「……いいの?」

「もっちろん。一緒に遊びに行ったりしようって前から言ってたのもあるけど…………お姉ちゃんとの約束の話もあるし、ちょうどいいから私たちの話をしようかな。彩人、どう?」

「いいと思うぞ」

「……それじゃあ、バトンタッチ」

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