四月:言っておかないといけない気がしたので
最終話
季節は巡り、再び出会いと別れと異動の春がやってくる。もう少しすれば、真新しいランドセルに背負われたような子供達の姿が見られるだろう。
「改めまして、今年度からもよろしくお願いします」
頭を下げた私に、真方は煙草を噛んでデスクへ足を乗せる。磨かれた革靴や襟の高いシャツはいつもどおりだが、剃髪期間がいつもより長かった分、去年の春より髪が短い。でも、いつもの真方だ。出力三十パーセントでも普通に会える。
「『お願いします』じゃねえよ、仕事増やしやがって」
苦虫を噛み潰したような表情で答え、煙を吐き出した。
一年の派遣期間を終えても私がいるのは、ここが県庁総務課の出張所になったからだ。今春から私の所属は総務課秘書係機備担当、知事の直下で超常現象の解決に当たることになった。
「仕方ないじゃないですか、これが機備課復活の条件だったんです」
機備課復活と同時に、公社のトップも入れ替わった。一身上の都合により退職した理事長に代わり就任したのは、新田だ。
最後に会った理事長は痩せて、やつれていた。徹はまた引きこもってしまったらしい。少しも成長していない自分の姿や向き合った罪を、まだ受け止められないのだろう。
でも申し出た助けは、やんわり断られた。といっても、後ろ向きな理由ではない。
――赤の他人である君達が命懸けで救ってくれたのに親の僕が投げ出してどうする、と思ってね。少しずつでも、最後まで諦めないよ。
表情は疲れていたが言葉は力強くて、ほっとした。
部長は部長級据え置きながら、出先機関へ出向した。これが、最後の一年だ。
「知事曰く、『今後はこれまでどおり山林を中心にしつつも、県の抱えた超常現象の解決を積極的に行ってもらいたい』だそうで。早速、観光課から依頼が来てますよ」
「面倒くせえな。ここはあくせく働く場所じゃねえんだよ」
差し出した依頼書を受け取ろうともしない真方に、溜め息をつく。
「まあ、この程度なら私一人でもできそうです。いざとなれば召喚すればいいですしね」
「やらないとは言ってねえだろ。やる気を出させろ」
背を向けた私を、背後から気怠い声が追う。改めて振り向いた先で、真方は短くなった煙草をにじり消す。
「片付いたら、飲みに行って鳳荘行きましょう」
「通常営業じゃねえか、却下」
あっさり却下された提案に、項垂れる。探り合うようなことをしていても仕方ないのは分かっているが、本人に対して素直になるのは難しい。
――玉依ちゃん、「好き」って言ったら負ける戦いでもしてんの?
先月拓磨と改めて話をして、気持ちは嬉しいが応えられないことと、真方への気持ちについて白状した。とっくに分かっていたらしい拓磨は苦笑で受け入れてくれたが、その時の「言ってしまった」感をまだ引きずっている。
「うちで、飲みます?」
「泊まりか」
「手を出さないとご本尊に誓えるのならどうぞ」
冷ややかに返すと真方は鼻で笑い、腰を上げた。どうしても、こういうことを言ってしまう。
「上等だ。坊主の忍耐力を舐めんなよ」
真方も真方で、迫っても私が逃げれば深追いはしない。未だ手を繋ぐより先へ進まないのは、完全に私のせいだ。
ようやくエンジンの掛かった真方に、バッグを掴んでついて行く。
「国定公園の海岸に、何度設置しても壊れる柵があるので調査して欲しいって案件です。設置した防犯カメラには、海から出た何かがもぎ取っていく様子が映されていたらしくて」
「海か。海の奴らは引きずり込むからやべえんだよなあ」
真方は重いドアに手を掛け、気になることを漏らす。思わず、腕を掴んでいた。
「あの、無理はしないでくださいね。……置いていくのは、なしですよ。好き、なので」
少しずつ尻すぼみになりながら伝えた本音に、真方は開けていたドアを黙って閉める。
「お前、今それ言うか? フラグじゃねえか、俺死ぬのかよ」
「すみません、言っておかないといけない気がしたので」
「やばさガン積みじゃねえか」
確かに、そう言われたらそうかもしれない。タイミングを間違えてしまった。不吉すぎる。どうしてこう、うまくできないのか。告白の高揚を超す落ち込みに、溜め息をつく。
頭を撫でる手に半泣きの顔を上げると、真方は少し目を細めて笑った。
「大丈夫だ、死なねえよ。万が一死んで地獄に配属されても戻ってくる」
「そこは成仏してください」
「ま、それくらいには惚れてるから安心しろ。行くぞ」
真方は機嫌の良い声で答え、ドアをくぐる。
「……え、あ、はい!」
不意打ちに赤くなる頬を押さえ、あとに続く。ドアに貼られた真新しい『機備課 県総務課出張所』のプレートを確かめて、笑った。
(終)
山神さまの一粒種 ―林業公社機備課の事件簿― 魚崎 依知子 @uosakiichiko
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