日常にカオスを

 バレンタインデーやクリスマスが楽しいのは、毎日毎日飽きるほど見慣れた街が、イルミネーションや街頭広告によってガラリと雰囲気を変えるからでもあります。建物をビニールシートで覆ってしまう前衛芸術家や、高層ビルをよじ登ろうとするパフォーマーも、代わり映えのしない風景に一石を投じ、なにもかもが常に整然としていなければならない現代社会に問題提起してやろう、というのが動機のひとつでしょう。
 しかし、バレンタインデーもクリスマスも年に一度、一日きりのイベントであり、著名な芸術家やパフォーマーが訪れる機会ともなればさらに稀であり、現代人の疲れた心を楽しませてくれるような物珍しい光景は、そうそうお目にかかれないのが現実。

 本作は、整然とした高層ビル街にピーナッツバターを塗りたくり、日常にカオスをぶちまける職業を描いた話です。
 主人公達の業務形態が、高層ビルの窓を拭く清掃員に似ていることからも、「高層ビルを清潔に保ち、代わり映えのしない日常風景を維持する役目の人達が、逆に高層ビルをピーナッツバターみたいなものでベチャベチャにしたら面白いだろうなぁ」「合理性だけが良しとされる世の中にも、ちょっとぐらいカオスがあったっていいのに」といった反骨心を感じました。

 もし本当に高層ビルをピーナッツバターまみれにしたら、すごい勢いで鳥や虫が群がりそうですし、すごい勢いでピーナッツバターが腐ってゆき、むせかえるほどの甘い香りと腐敗臭のせいで窒息する人が大勢出るはず。また、高層ビルの上層階ほどの高さからこぼれ落ちてくるピーナッツバターの塊が、もし通行人の頭を直撃でもしたら、とか、雨の日のことなどを想像すると、疲れた心をちょっと楽しませてくれるどころの状況ではない気もします……が、この作中世界では、ピーナッツバターまみれの高層ビルが社会的に認められています。
 理不尽な状況を誰も指摘しないという社会風刺かもしれません。でも、リスクばかりをいちいち気にしてカオスを楽しまないと、世の中がつまらなくなるのかもしれませんね。

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