あなたが瞳を閉じる場所

墨色

ハジマリ。

『私は、お集まりくださった皆様の前で、今一度、葉月さんに永遠の愛を誓いたいと思います。


 葉月さん、はじめてあなたに会い、その笑顔に癒されたあの日から、私の気持ちは変わっていません。


 あなたと一緒ならこれから先の人生が光り輝く未来になるのだと確信しています。


 あなたを一生懸命守りますので、どうか僕と結婚してください』


『はい…はい。とても嬉しいです…』



 ──ああ、これは夢だ。


 自分で無くした夢だ。


 この夢の中でもう一度──





「いってらっしゃい、あなた」


「ああ、行ってくるよ、葉月」


「ふふ。頑張ってね」


「ああ!」



 夫にキスをし、送り出し、家事を熟す毎日。とても満たされていて不満なんて一つもない。


 夫、戸塚朔。


 妻である私、戸塚葉月。


 交際して四年、結婚して二年になる私達夫婦は、子供こそまだだけれど、順調に新婚生活を楽しんでいた。


 私は小中高と女学校出身で世間知らず。夫は男子校出身で彼女なんて一度もおらず、二人とも交際経験はない。お互い初めて同士から始まった初めての交際は、順調に愛を育んで結婚に至った。


 付き合ったことなんて主人が初めてで、何もかも新しい発見に驚きながら毎日を過ごして現在に至る。


 そんな折、友人からメッセが届いた。



「あら…果南から…?」



 幼馴染である橋本果南からだった。



『や。元気に主婦してるかな? もし時間があれば飲みに行かない? ズバリ今週の金曜日。よろ』


「もう。いっつもいきなりなんだから…」



 私と果南は西の名門校である女学校出身で、果南とは初等部からの友人で、学生時代の青春は全て果南と共にあった。


 結婚してからは直接会うことは無くなって疎遠気味になっていたけれど、メッセでのやり取りは続いていた。



「金曜日か…遅くなりそうだって言ってたわよね…」



 夫は真面目で優しく、付き合った頃から変わらない愛で私を包んでくれていた。


 どこに出かけるにも常に一緒だった。


 でも最近は大きなプロジェクトの中心に入れたらしく、忙しくしていたから私だけ楽しむのは心苦しい。


 どうしようかしら。



『あなた、果南からお食事に誘われたのだけど行ってもいいかしら』


『いいよ! あまり会えなかったのは僕のせいだしね。行っておいで。でも気をつけて。君も橋本さんも美人なんだから』



「朔くんたら…ふふ。ありがとう」



 そう言ったままにメッセを返し、私は週末、お洒落をして出掛けた。


 今思えば、これが始まりだったのだろう。


 貞淑を誓い、夫に嘘を吐くことを良しとしないはずだった私。


 それは仮初の姿で、この淫靡で醜い私の本性を、彼女は知っていたのだろうか。

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