スクウ。

 あの日、果南は私の深刻さとはまったくの真反対の態度だった。


『ん? そんなに珍しくないよ? 気にし過ぎだって』


 果南は朔くんに連絡をとり、アリバイ作りに協力してくれていた。


 私は自分の心が、助かったことを自覚した。思えば、果南にはいつも助けられていた。


 いつも救ってくれていた。


『ただ、また山中さんが会いたいって。確かネックレスだっけ? 忘れてなかった?』


 それは朔くんからもらった大事なものだった。


 そして一人じゃ怖いからと果南に付き添ってもらって、私はまた罪を犯した。



『ええ? 葉月が誘ってたよ? 覚えてないの?』


『そんな…』


 もう絶対にこんなことはしない。そう誓ったのに、果南からまた食事に誘われた。


『大丈夫だって。アリバイにも協力するし、黙っておいてあげる。けど、わたしに付き合ってもらってもいい?』


『…それは?』


『山中さんと一緒にいたお友達、遠藤くん。わたしも狙っているの』


『わ、私は別に狙ってなんか…初恋は?』


『まあ、随分と前だしね。嫉妬しすぎちゃってさ』


『…疲れたの?』


『そうそう』



 お家に一人だと、どうしようもなく落ち込んで気が滅入っていて、結局私は果南と出掛けてしまった。


 果南のためなら。


 そんなつもりで。


 それからは雪だるま式に転がり出し、ついには彰さんと二人で会う機会も増えていった。





「葉月、山中さんにハマってるでしょ」


「…」

 

「へ〜そうなんだ〜確かに格好良かったもんね〜…」


「…そう言う言い方はやめて」



 まるで朔くんが格好良くないみたいじゃない。


 幼馴染だし、長いけれど、学生の頃も含めて今までそんな話なんて果南とした事なんてなかった。


 謙虚、誠実がお題目の大前女子を卒業していたのに、なんて様変わりなのかと自分でもよくわからなかった。


 身体から始まる関係もあるんだと、この頃の私はどうしようもなく納得してしまっていた。


 朔くんへの愛情はもちろんあるけれど、どうにも自分に嘘をつけそうにない。


 その事を果南に言った。



「そんなに凄いの?」


「…す、凄かった…わ…」



 朔くんしか触れたことのなかった様々な場所を、それ以上を、彰さんに開発されてしまっていた。優しい朔くんと違って、台風みたいな交わりだった。


 朔くんと行為に及ぼうとすると、どうしても彰さんとのことを思い出し、どうしても触られたくなかった。


 それは得体の知れない恐怖だった。



「ふふ。葉月の性格ならないと思ってたけど、大人になったんだねぇ」


「な、何よその言い方…自分でも驚いてるわよ…」


「あんなに恥ずかしがり屋で重い女だったのに、そんなことが出来てしまうくらいダイエットの成功にわたしはガクブルだってこと。朔さんは?」


「…最近プロジェクトがひと段落したの。だから定時だし、休日もお家に居るのよ」


「うわ。言い方酷〜い」


「ち、違うわよ、そういう意味じゃなくてっ」



 うっかり罪を告白しそうで怖い。やっぱり、こんなのよくないわ…。今のうちに、やっぱり彰さんとは終わらせないと…。



「あ、嘘嘘。ならわたしが逃げられる機会を作ってあげるね」


「…逃げられる機会…? 何それ…? 何から?」


「それはもちろん、ここに巣食う罪悪感からだよ」



 果南はにっこり笑って、私の胸に人差し指を突きつけた。

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