セイヤ。

 果南は昔から少しおかしかった。


 私との価値観の違いがありすぎて困ったことが何度もあった。



「──スワッピング? それは何なの?」


「わたしが人肌脱いであげるってこと」



 それの延長線なのか、夫婦交換しようと言い出した。


 彰さんと果南は夫婦ではないけれど、どうやらそんなことを世の中の二組の夫婦で行うことがあるらしい。



「ま、わたしと朔さん、葉月と彰くんそれで上手くいくよ」


「ちょ、ちょっと待って。意味がわからないから」



 浮気をしている私が言うものではないけど、自分の為に夫と親友を利用するだなんて…



「ふふ。わたし今フリーだし、それにあなたの旦那さんも可哀想じゃない? 浮気されまくってるのに仕事ばかりなんてさ」


「そんな言い方…! しないでよ…果南はそれでいいの? 遠藤さんは? 初恋は?」


「ふふ。遠藤くんはなんか違った。初恋はまぁ、胸の内って言うか、昔のことだしね。それに葉月には笑顔が似合うし、このままだとバレちゃうよ? いつも助けてきたでしょ?」


「そうね…でも…」



 私に言う資格なんてないけど、朔くんは私の夫。もちろん今も愛している。それなのに…友達に差し出すなんて…だいたい朔くんが頷くはずない。


 ないの…かしら…?


 私ですらこんな有様なのに…?


 でもそうすればもしかしたら…。



「ふふ、試したら、ちょっとは葉月の罪悪感も減るんじゃない?」



 果南には見抜かれていた。


 その時の私は、その申し出に頷くしかなかった。





 夫と私と果南の三人でクリスマス会を開くことになった。


 果南の言うように夫の様子を伺っていたけれど、確かに果南とは距離が近い気がする。


 自分の夫だからか、心が騒ついて仕方ない。今から最低なことをしようとしているのに…我ながら浅ましい。


 クリスマスのプレゼント交換をし、自分ではお酒を控えながら夫には勧めた。


 この後、私がお風呂に入っている間に果南が裸になって夫に迫る。


 それを見た私は錯乱して家を飛び出し彰さんの元に走る。


 そんなこと、果たして上手くいくのかしら…。


 パジャマに着替え、メイクもそこそこにしてドキドキしながらその時を待っていた。


 でも、最近何か感覚が飛ぶ気がするのだけど、果南は相対性理論だなんて言って相手にしてくれない。


 気のせいかしら…。



「果南さん?! 何を!?」


「ふふ。あの子お風呂長いでしょう? だから…ね?」


「だ、駄目ですよ…! 早く着てください! ご、誤解されてしまいますから!」



 始まった。


 いよいよね…凄くドキドキしてきたわ。


 いえ、これは…何かしら…恐怖?



「え〜そうかな〜? 最近夜の生活がご無沙汰なんでしょう? 理由、わたし知ってるよ? 知りたくなぁい?」


「……え…?」


「え…?」



 果南! そこまで言うなんて聞いてないわ! いえ、これは早く出てこいという合図かしら…。



「お、お風呂上がりました…あ、あなた…果南…な、何をしてるんですか!」


「あちゃ。バレちゃった」


「ち、違う! 葉月! これは違うんだ!」


「ち、違うわけ、な、ないでしょう! 知りません!」


「は、葉月!?」


「二人で楽しく過ごせばいいじゃない! せっかく下着も可愛いの用意したのに!」


「うわっ。ぷふっ」


「…果南さん? ち、ちょっと待ってくれ葉月! 葉月!!」


「し、知りません!」



 そう言って寝室に飛び込み鍵をかける。


 しまった。つい調子に乗ってしまった。彰さんの為の下着なのに…果南もそこに反応しないでよ! 


 彰さんの為の…? そうだったかしら…? 彰さんの好みって、もっと派手めな…。



「葉月! 誤解なんだ!」


「ッ…!」



 その声にら私は用意していた服に着替えて家を飛び出した。


 途中肩を掴まれたけれど、初めて夫を睨んだからか、夫の手からはすぐに力が抜けた。


 罪悪感に立ち止まりそうになるも、上半身裸の果南が見えた。


 ニヤニヤと笑っていて、楽しそうだ。


 何だか無性にイライラしてくる。ドキドキも止まらない。そんな資格ないのに…でも止まれない。



「どうぞご勝手に!」



 その私の視線に気づいた夫が果南を見て、慌てて私に向き直ったタイミングで苛立ちを表現し、そう言って家を後にした。



「はぁ、はぁ、はぁ…ドキドキした…今までこんなこと、した事なかったわ…」



 そして予め待機させていたタクシーに乗り込んで、聖夜の中、彰さんの元に向かった。



「でも…追いかけても来ないなんて……ッ」



 この日が決定的な分水嶺だったと知るのはもう少し後のことだった。

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