カナン。

 あれから私は彰さんと同棲していた。



「悪い、今日も遅くなる」


「…最近多くないですか?」


「ま、頼りにされてるってことだろう。葉月は心配しないでくれ。結婚資金貯めないとな」


「…はい」



 もうすぐ二年になるけど、私と彰さんは未だ結婚には至っていない。


 慰謝料の支払いもあった。貯金もお互いに底をついていたから仕方ないことだとは思うけど、そういうことじゃなかった。


 最初こそ激しくも優しい営みはあったが、すぐにおざなりな抱き方になっていった。


 愛撫は無くなり、キスもせずに即挿入してきたりと雑な扱いをされていた。


 元夫、朔くんは付き合ってからも結婚してからも丁寧な愛撫とお姫様扱いは変わらなかったのに。


 むしろ結婚してからはもっと丁寧で、まるで乙女を抱くような仕草だったのに…。


 自分の魅力が足りないからかもとエステやジムに行こうにもお金がない。だから働きに出ようとするもプライドなのか彰さんは止めてくる。


 悩むけど、私には帰るところも縋るところも無くなっていた。


 実家は縁切りまではされないものの、結婚には反対され、帰ってくるなと言われた。


 仲良し姉妹で有名だった私と妹にも溝ができていた。


 大学時代の友人や知り合いは軒並み元夫との離婚話が回っていて、関わりたくない空気が嫌でもわかる。


 たまに積極的な人もいたが、だいたいは下心が透けて見えていた。彰さんの時は気づかなかったのに、わかるようになっていた。


 下心に我慢しつつ何とか聞き出せたのは、元夫である朔くんは未だに独身だということだけだった。



『──会って、知って、愛して、そして別れていくのが幾多の人間の悲しい物語である。なんてね。わたしがずっといるし、葉月には関係ない話だったね──』


「……」



 そしていつも思い出すのは、果南のそんな言葉だった。





『今日は泊まりの仕事になった。朝方帰るよ』


「大丈夫…?」


『ああ、大丈夫。じゃあ』



 最近彰さんの様子がおかしかった。毎週決まった曜日に朝帰りをしていた。


 疑っても何もないよという態度でモヤモヤする。


 いや、もうそれもなくなっていた。


 それよりも、そんなことじゃなかった。



「子供作ろうって言ってくれた歳…超えちゃったな…」



 自分からは言い出しにくいから黙っていたけど、今日は私の誕生日だった。


 それは朔くんが言ってくれた子作り計画。


 その歳を今日ついに超えてしまった。


 毎年朔くんが楽しく祝ってくれていたことが懐かしい。


 その懐かしい気持ちは、心を暖かくさせてくれるけれど、同時にあの聖夜での自分の残酷な仕打ちを思い出し凍えるように感じてしまう。



『や、葉月、元気?』


「果南…え、ええ、元気よ。どうしたの? あなたからなんて珍しいじゃない」



 そんな時、果南から連絡があった。心には揺れ動く何かがあった。未練…後悔だとは思う。でもあの時のことを言っても、朔くんのことを聞き出しても、時間は不可逆で意味はない。



『あはは。拗ねないでよ。いろいろあってさ…』


「いろいろ…?」



 どこか果南らしくない。


 暗いし、声も何だか掠れていた。朔くんと付き合ってると思っていたけど、ここに来て連絡してきたのは上手くいかなかったのかしら…。


 もしそうなら…。


 でも、果南はすぐに明るい声に切り替えた。



「あー、ちょっと疲れててさ、今日生まれたんだけどさ、葉月と同じ日にちだよ。すごいでしょー? 頑張って合わせたんだー。それに計画してたでしょ?」


「…何の話…?」


『そうそう、女の子でね。羽月はづきって名付けたんだよ。彼、少し抵抗したんだけど、その抵抗がまたさぁ、んふふっ』



 果南はそんなことを言っていて、私には、意味がさっぱりわからなかった。



『あっ、ハッピーバースデー葉月』



 そしてそれは私へと向けられたおめでとうなのかわからなかったけど、私は素直に答えた。



「あ、ありがとう…果南も、その、おめでとう…」


『ありがとー』



 果南からは悪意なんて全然感じないし、まるで仲良くしていた頃のような雰囲気だった。



『ああ、そうじゃなくて、あのナンパ野郎の浮気の証拠集めたから今度お家に来てね。羽月の顔も見て欲しいし』


「……」


『どうしようも無いほどの偽物だったでしょ? ふふっ、葉月っていっつも抜けてるからさ。行くとこなかったらうちに居てもいいからね? ずーっとでもいいんだよ? んふふふ』


「……」



 果南が望むことは、まるで派閥の王女のようで、本当の意味ではわからないけれど、果たして彼女の提案を彼は受け入れるだろうか。



『んー? 朔さん? ああ、"もう"大丈夫だよ?』



 彼女の言うそれが、どう大丈夫なのかはわからないけれど、どんな形でさえ、また再び、夢の中以外であなたと会えるのなら、私は…。



『ふふ。これで約束通り、一生一緒だね、はーちゃん』



 その懐かしいセリフと呼び名を聞いて、貴女には敵わないし、本当の意味で貴方とは叶わないのだろうなと、私は静かに噛み締め、瞳を閉じて小さく笑った。


 果南はいつも私の心を救ってくれる、大切な幼馴染だったなと、私は小さく笑った。





 ここまで「あな場所」をご覧いただきありがとうございました。


 楽しんでもらえたなら幸いです。


 一年ほど前、だったと思いますが、ここまでしか書いていない物語で、今夏、サポーター様へのお中元でした。


 お気づきかと思いますが、叶わないし敵わないからカナンとなっております。


 方言ですね。


 ただのダジャレですね。


 反響多ければ果南さんに鍛えられた朔くんの話を最後に書こうかなと思ってます。


 いや、わたくし嘘を吐きました。


 思いつき次第となります。


 いつも通り未完みたいな結末でごめんなさい。


 ★と❤︎とコメント、応援ありがとうございました。


 墨色



 ※葉月と羽月の名前は大好きな作品へのオマージュです。

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