第4話
十八歳の夏、崇正の高校は甲子園には行けなかった。プロのスカウトも大学からのスカウトも来なかった。
「才能があったかなかったか、人は結果だけを見てそれを論じる。でも、僕自身もこの結果からは才能は不十分だったと結論せざるを得ない。努力は十分にした」
崇正は自室で相棒のグローブに呟いた後、本棚の空いているスペースにそっと置いた。部屋を出て、リビングに向かう。リビングでは父親がテレビを観ていた。崇正は父親の正面に座る。
「親父。話がある」
父親は軽く頷いて、テレビを切る。
「何だ?」
「これまでプロ野球選手になる夢を追いかけさせてくれてありがとう、ございます。でも僕は夢を叶えられなかった。約束通り、家を継ぐために料理人になる」
父親はほお、と顎を触る。
「そうか。決心したか」
崇正も頷く。父親は立ち上がる。
「だったら、もう少し話がある。付いて来い」
進む父親に付いて行くと、立ち入り禁止になっている離れへのドアに到着した。父親が鍵を出してドアを開ける。二人が中に入ると父親は鍵を閉めた。長い廊下を渡って、徐々に海の匂いが強くなる。料亭も家も海沿いだから匂いはいつもしているが、家の中は外よりも薄い。それが、外と同じくらいの匂いになった。
「柴家がするべきことは三つ。料理人として半人魚を捌くこと。半人魚を養殖すること。そして、人魚と交わり半人魚を産ませること」
疑問を差し挟もうとするよりも早く、部屋に着いた。旅館の露天風呂よりも広い、プールのある部屋。プールは海と繋がっていて、プールと言うより洞窟の中に海が侵入しているように見える。だが、プールと海を柵が分けている。プールの横には畳が敷いてある。畳の上に置かれたロッキングチェアの上に女性が座っている。長い髪を一つに束ねた質素な髪型、引力を感じる程の美貌。浴衣を着ていても分かる豊満な胸。そして足の代わりにヒレがある。父親が人魚に近付いて行く。
「アサ。後任が決まった。長い間ありがとうな」
人魚はじっと父親の顔を見て、小さくため息をつく。
「あなたはドライだからね。分かりました。たまには遊びにおいでよ」
「崇正、紹介する。人魚のアサだ」
崇正はアサの前に立ち、美しさで輝いて見えて、目を細める。
「崇正です」
「じゃあ、後のことはアサから聞いてくれ。養殖と料理については俺が指導する。くれぐれも鍵をかけ忘れるなよ」
父親は鍵を束から抜いて崇正に放ってよこす。鍵をポケットにしまう。それを見届けて父親は部屋を去って行った。
「あなた、
「そうです」
アサは考えるそぶりを見せて、ま、いっか、と呟く。
「ここがどんなところか知ってる?」
「知りません」
「私は人魚。あなたは人間。セックスをすれば半人魚の卵が産まれる。それを攫って養殖して食べるの」
崇正は目を瞬かせる。
「つまり、セックスをするんですか?」
「そうだよ。でも発情期じゃなきゃ意味ないから、今じゃないよ」
「僕、童貞なんです」
アサは一瞬止まった後に、きゃははは、と大きな声で笑う。
「だから?」
「あの、色々教えて下さい」
アサはまた笑う。
「最初の人が魚は嫌だとか言うのかと思ったよ。いいよ、全然。お姉さんが教えてあげる」
「お姉さんって歳じゃないでしょう。僕と同じくらいでしょう?」
「ううん。私は止まっているの、老化が。もう七百歳だよ」
崇正は言葉に詰まる。アサが続ける。
「だから大抵のことは大丈夫。発情期は夏、そう、甲子園の時期だよ」
父親から野球のことを聞いて知っていたのだろうか。それともただの偶然だろうか。
「僕、プロ野球選手になりたかったんです。甲子園も行きたかった」
「夢破れて、その切れ端がまだ顔に付いているよ。きっと舐めたらほろ苦い味がするんだろうね」
崇正は自分の頬を触れる。
「でも、家を継ぐって決めたんです」
「うん。それが新しい夢かどうかは分からないけど、しっかりやりなね」
「ここにずっといて、暇じゃないんですか?」
「テレビもネットもあるし、海もちょびっとある。歳のせいか性格のせいか、全然平気。……でも、発情だけは抑えられないんだ。だから、ちゃんと抱きに来て欲しい」
「分かりました」
「いや、やっぱり、ときどき会いに来てくれると嬉しい。週一回とかでいいから」
アサは、ね、と微笑む。崇正は胸を射られて、「来ます」と即答する。鼓動が甘く駆ける。アサが右手を伸ばす。崇正が直立したままでいると、その手でおいでおいで、とする。崇正は光に負ける虫のようにアサの範囲に踏み込む。アサが崇正の左手を柔らかく握る。甘美な電流が駆け抜ける。
「今、しよっか」
その声に、崇正の局所にエネルギーが集中する。断る理由が見当たらない、いや、崇正は積極的な気持ちになっていた。頷くとアサが立ち上がり、ぴょんぴょんと跳ねて奥にあるベッドに横たわる。
「服、脱いじゃって」
「はい」
アサも裸になる。綺麗でたわわな胸が露わになる。今から触れるのだ、僕はセックスをするのだ。局所は痛いくらいだった。
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