第5話

 アサの手解きを受けながら、崇正は初めてのセックスをした。人間で言うところの股の辺りの正面に膣があり、ちゃんと挿入することが出来た。だが、腰を二度振ったら果ててしまった。稲妻が駆け上るような快感があった。同時に、みっともないと思われるのではないかと不安になった。ベッドで横並びになる。

「すいません。すぐにイってしまいました」

「最初はそんなもんだよ。重ねていく内にそこそこもつようになるから、大丈夫。カッコ悪いなんて思ってないよ」

「さっき毎週来て欲しいって言ってましたけど、そのときもセックスしてもいいですか?」

「いいよ」

「ダメなときってあるんですか?」

「産卵してから数ヶ月はダメ。欲望的にじゃなくて、痛みで」

 崇正はアサを抱き締めたいと思った。だが、勇気が足りなかった。しばらくベッドの上で悩んで、もっと関係が深まったら抱き締めようと決めて、起き上がった。

「帰ります」

「ん。待ってるよ」

 人魚の部屋から続く廊下に出て、母屋との境目のドアを抜けたら鍵をかける。その意味がアサを閉じ込めているのではなく、他の誰かが迷入しないようにしているのだと知る。中の設備を考えたら世話をしている誰かも鍵を持っている筈だし、この鍵は独占の象徴ではない。

 次の週から料理人としての修行が始まった。父親は厳しかったがその厳しさは理不尽なものを一切含まなかった。他の料理人からも習う機会があり、父親が立場だけでなく慕われていることを感じた。

 養殖場は調理場の別の出入り口に繋がってあった。海の水を直接引いた大きな生簀の中を半人魚が泳いでいた。十二歳のときに見たものと同じだった。二十匹くらいいる。捌くのを見た気持ち悪さととろけるような味の両方が同時にフラッシュバックする。僕もあれをいずれ捌くのだ。……あの半人魚達はつまり、アサの子供だ。魚的発想で行くならば、卵の何十分の一が成魚になればいい。だからそれ以外が食べられるのは自然なこと。人間的発想で行くならば、子供が他人に食べられることは耐えられない。卵だから魚でいいのかも知れない。アサだって、産んだ後のことは知らないと言った風だったし。あれは人間ではない。人間ではない。人間の血の混じった魚だ。じゃあアサも魚。僕は毎週魚とセックスをしている。でもアサはアサだ。僕は魚に想いを寄せている。

 アサのところに通うようになって半年、崇正は今だにアサを抱き締めることが出来ずにいた。会う度にセックスはしていた。徐々に体も馴染んで来て、欲望を弾けさせるだけでない楽しむ時間が生まれて来た。崇正はセックスの後、迷いながらも訊くことにした。

「アサは、半人魚が食べられることをどう思うの?」

「人魚にはね、卵生と胎生の二種類がいるの。私は卵生。前にも言ったかも知れないけど、卵ってのは産みっぱなしで後のことは知らないと言うスタンスなんだ」

「うん。覚えている。その上で、食べられることをどう思うか知りたい」

「いずれは崇正も半人魚を調理するんだもんね」

「まだ先だけどね」

「『そんなもんだ』と思ってる、かな」

 崇正は耳に残る響きを繰り返し再生して、首を振る。

「そんなもん、なの?」

「この部屋にいるのも『そんなもんだ』し、半人魚が食べられるのも『そんなもんだ』。諦めるよりもう少し、受け入れている要素が強い」

「平気なの?」

「本当は嫌だと思う。けど、上塗りしたものが強過ぎて、もう感じない」

「そう言うものなんだ」

「崇正だって、人魚とセックスすることがもう普通になっているでしょ? 一緒だよ。どんなものでも慣れてしまえば『そんなもの』になるんだ」

 崇正は急に切なくなる。切なさが勇気の不足分を補った。

「抱き締めてもいい?」

「もちろん。……待ってたよ」


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