第7話
崇正は二十八歳になった。アサとの週一回の生活は続いていた。父親が話があると言う。
「見合いをしろ」
「必要ない。僕にはアサがいる」
「人魚に人間は産めない。人間の子供を作れ」
「アサはどうなるんだ」
「関係ない。今まで通り半人魚を作るのは仕事だ」
崇正は黙る。父親も少し黙ってから、続ける。
「跡取りとして、家族を持って、子供を作るのも仕事だ」
崇正とて、人間として子孫を残すことを考えて来なかった訳ではない。同級生の結婚や子供の誕生の報せを聞く度に自分はどうすべきかと考えていた。アサは大切だったし、関係を終わらせるつもりもなかった。そこに、それは仕事であり、人間として家族を持つことは同時に成立することだと言われた。父親も同じことをしていた……。自分の家族は野球をすることを応援してくれた。その後は父親に料理人として育てて貰っている。半人魚の養殖の技術も教わっている。だが、崇正を揺らしたのは恩義ではなかった。アサとの生活と家族との生活を両立してもいい、むしろそれが望まれる姿だと言うこと。崇正は自分の、人間の子供が欲しかった。食べられてしまう半人魚ではない、未来に自分の存在を繋ぐ子供が欲しかった。アサには決して言えない。崇正自身にすら隠蔽されていた願望だった。それが、父親の言葉で噴出した。
「両方やって、いいんだ」
「そうだ。だが、上手くやれ」
父親の言葉の意味がよく分かった。適切な秘密を保つことで、アサにも未来の妻にも、苦しみを与えないようにする。どれもが仕事だとしても、円滑に行うには工夫が必要だ。父親は上手にそれをしていた。実際、アサを紹介されるまで父親が人魚の部屋に通っていたことを疑ったこともなかった。母親には何か上手く言っていたのだろう。しきたりのある家だ、それを利用すればやりようはいくらでもある。
「分かった」
「じゃあ、来週の日曜日だ」
自分が秘密を保つことさえ出来れば、二人とも傷付けない。自分さえ出来れば。
見合いの当日、場所は別の料亭で、そこは海から遠く潮の匂いがしない。ずっと海のそばで生活していると、匂いがしないことが不思議に感じる。見合いの相手は高校の同級生だった。白球ばかりを追っていた頃に淡く恋をした相手だった。もし甲子園に行けたら告白しようと決めて練習に打ち込んだが、敗退したので告白もなしになった。それでおさまる程度の恋だった。釣書によれば高校を卒業後に事務職として就職して今日に至るらしい。
先に着いたので席で両親と共に待っていたら、相手方がやって来た。
「柴君、お久しぶり」
「
決して美しいとは言えないが、チャーミングで死太そうな顔をしている。高校の頃とあまり変わっていない。高校時代にどこに惹かれたのかは思い出せなかった。社交辞令のような会話を暫くした後に、二人切りで話すことになった。
「柴君は料理人かぁ。もし結婚したら私は仕事を辞めてもいいのかな?」
「どっちでも構わないよ。ただ、古い家なんでしきたりがいくつかあって、その理由は言えないのだけど、しきたりは守って貰うことになる」
「どんな?」
「週に一日以上、僕はあるところに行かなくてはいけない。敷地内だし、半日未満のことだけど、それを放置して欲しい」
「いいよ。週一回なら飲み会に行く旦那だっていっぱいいるし」
鈴本は平然として、「他には?」と問う。
「男の子が出来たら、僕と同じしきたりをさせなくてはならない」
「それは本人次第でいいんじゃないかな」
「家の中に入ってはいけない場所が複数ある」
「全然問題なし」
崇正は拍子抜けして、思わず笑う。しきたりを守る者じゃなく、その影響を受けるだけの者からすれば、それくらいの話なのだ。二人は思い出話を呼び水にして、よく喋った。それから半年間交際をして結婚した。初夜、初めて人間とするセックスに手こずったが、最終的には出来た。アサの方が気持ちよかった。だが、崇正は妻と体を重ね続けた。程なくして妊娠し、男児を出産した。次いで、二人目の男児を産んだ。二人いれば十分と考えたのが行動に出て、妻とはセックスレスになった。妻も求めて来なかった。妻は母になった。それは子供が目の前にいるからだ。アサが女であり続けるのは卵を見送るからなのではないだろうか。アサとのセックスはずっと続いていた。アサへの想いは変わらない。同時に、妻と息子二人を大事にも思った。崇正が秘密を保つことが出来るのなら、両立は可能な想いだ。崇正の胸の中では問題なく並立していた。大切なものが増えたからと言って、元々大切にしたものの価値が減じる訳ではない。
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