第6話 作戦開始

 ドロシーは公園に帽子をそっと置き終えて帰って来た。

 それは噴水のふちに石で重しをした状態で置かれた。


 彼女はただいまと、現状を出迎えたオリバーに伝えた。

「君が倒した少年達は居なかったけど、公園の辺りで帽子を被った子はよく見かけたよ。身なりから見て多分、彼らだろう」


 彼にはそれよりも気になる事があった。

「何かドロシーの手から白くて細長いものが出てる様に見えるんだけど」

「これかい?君にも見える様に出しといたよ」

 そう言いながら、彼女は掌に付いた蛙の様なものを見せてきた。それは口を開け、家も壁も貫き、舌を公園に置かれた帽子の元まで伸ばしている。


「これが私の非常識的な能力だ」

 ドロシーが能力で何かを戻せるのは、蛙が舌の様なものを伸ばして物を引き寄せる為である。

 また、引き寄せの最中は物の実体が無くなり、障害物を貫通して戻って来る。


 オリバーは彼女の能力を聴くと、納得したように言った。

「ベンチに居た蛙はこれだったのか」

「正解。君に張り付いて、家の玄関から砂を零しながら引っ張った」

「お陰で此処まで来れたけど、砂塗れになったぜ」

「不足するより良いと思ったのだが、済まない」

ドロシーは口を開けたままの蛙を指して続けた。

「今、この子の舌は君と私にしか見えていない。さっきの帽子にメッセージを添えたろう。あれは私の書いた物だから、蛙はそれを私の元に引っ張れる様に舌を伸ばしている訳だ。もし誰かが帽子を移動させたとしても、これを辿ればその場所が分かるという寸法だよ」

「でもさ。誰が動かしたか分からないよ。他の人が持ってったらどうするの?」

「その時は他の方法を考える。最後に目撃された場所に君が借りた帽子を置いておけば、捜索者が何人か居るのだから、彼らが見つけてくれる可能性は十分にあると思う」


 話しながら、彼女はクローゼットから黒いキャスケット帽と灰色の上着を持って来ると、オリバーに手渡した。

 上着は彼には大きかったが、袖を捲れば着られなくはない。

「時間があれば風呂の1つにでも入れたいが、何時帽子が動くか分からない。申し訳ないが、君にも来てもらいたいのだ。彼らの事を知っているし、残念ながら私の攻撃力は一般女性にのそれだからね」

「力を借りているのは俺の方だ。来るなと言われても付いてくよ」

 彼の能力は精密な動きは出来ないが、人を軽々と吹き飛ばせる程の力を発揮できる。


「ボトルに砂を充填する以外にも策が必要でしょう」

 オリバーの両手に4匹ずつ小さな蛙をくっ付けられた。彼が砂を投げる度に、ドロシーが次の砂を装填するのだ。

 1匹に就き1回引き寄せると消えてしまうが、それでもオリバーのとっては心強い仲間達であった。


 少しして、蛙の舌先の帽子に動きがあった。それはしばらく公園付近移動し、その後西に向かった。

 すっかり準備を済ませた2人は周囲に気を配りつつ、蛙の舌を辿る。

 オリバーは歩きながら、砂の満ちたボトルを強く握りしめた。


 帽子は町の西から外に出ると、町から少し離れてある雑木林に持ち込まれた。そこは所々に倒木があり、オリバーの胸程まである草が伸び放題であった。

 2人は見つかる事無く進んでいると、その30m程先のやや開けた場所に3人の少年が居るのを見つけた。

 ドロシー達はそろそろと茂みに身を潜め様子を伺った。


 1人はビショ濡れで、また1人は帽子を被っておらず、別の少年から伝言付きの帽子を受け取っていた。

 帽子を受け取った彼は終始気が気でない様子であったが、帽子を被ると落ち着いて安全ピンを外した。その後、3人が情報を共有し始めた。


 日が落ち、夜が更けると共に少年達が集まって来た。

 すっかり暗くなった林の中、12人が集合し終えた後、満を持してと、自分の為に灯りを持ったフェイガンが姿を現した。

 彼らは初老の浮浪者を崇拝するが如く帽子を脱ぐと、膝を突いてこうべを垂れたのだ。

 そして、帽子を取った少年達の頭頂部から小さな木が生えている事が、その光景を一層異様なものにしていた。木は大きさや形状に多少の差異はあるが、皆同種であった。


 フェイガンはドロシーのしたためた手紙を受け取ると、読みもせずに語り掛けた。

「オリバーにやられた者は前へ出なさい」

 これに、砂の攻撃を受けた者達が彼の前に進み出た。

 灰や茶、黒の帽子を手に彼らが灯下に跪くと、その顔を怒り任せに蹴り上げた。うずくまる少年達の頭の木から林檎の様な果実がなり始めた。

 やがて、それらが熟すとフェイガンは1つを毟り取り、食べ終えてから嬉しそうに言った。

「足が速いだけかと思えば。いよいよ奴を逃せなくなった」


 フェイガンもまた能力を持っており、生物の記憶を吸い上げて果実にする事で記憶を奪えるのだ。また、それを食べた者は記憶を自分のものに出来る。

 彼は実を収穫した少年から砂に吹き飛ばされた記憶を奪い取ったのだ。

 彼はオリバーが砂の能力を持つと理解した。


 フェイガンは他の果実を回収し終えると、今度は自己暗示をかけるかの如くぶつぶつと呟き始めた。

「私は死んでもいい。何を於いてもオリバーを生かしたまま捕まえてやる。奴の砂は危険だ、注意しなくてはならない」

 同じセリフを延々繰り返したかと思うと、彼のフードの下から木の実を取り出し、少年に1つ渡す。これを少年の人数分繰り返した。


 彼らはそれを受け取った傍から条件反射的に貪った。フェイガンの持つ灯下に順々に少年達が現れる。

 オリバーは周囲が暗く、距離を置いて見ていた為分からなかったが、それが12人目に配られる頃にようやく或る事に気が付いた。

 その12人の中にドジャが居なかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る