第7話 襲撃

 フェイガン一味が1人明らかに足りていない。オリバーがそれに気が付くと、ドロシーも察した様で小声で尋ねた。

「ドジャは?」

 彼は首を横に振った。

 12人の少年達が果実を食べ終えたと同時に、ドロシー達の足元に爆竹が投げ込まれた。魔宴には見回り役が居たのだ。

 フェイガンは灯りを消すと、夜闇に姿を消した。


 少年達は木を盾にしつつ、素早く距離を詰め始めた。

 皆、最悪自分が死んでも確実にオリバーを捕獲するつもりであった。フェイガンの果実を食べた事で、先ほど彼が行った自己暗示を自分の記憶であり意志だと思い込まされているのだった。


 2人の周囲にけたたましい爆竹の音が響き渡った。

 ドロシーは至って冷静に自宅から電池式の角灯を引き寄せ点灯すると、それを少年達が来る方向に投げた。そして、焦るオリバーを爆竹の傍から引き離し、角灯の方を指した。

 彼は照らされた数人の位置を確かめた。

 彼女の手助けと少しの落ち着きを貰い、右手の砂を1人に命中させた。少年は衝撃で頭を地面に打ち付け、気を失った。


 ドロシーが透かさず次の砂をオリバーの手中に引き寄せると、そのまま2発目が放たれた。1人の肩に当て脱臼させたが、その少年はその痛みを噛み殺して2人へ向かって来る。また、別の少年がそれを肉壁として利用し近づいてくるのだ。

 オリバーは躊躇った。彼の能力は力こそ強いが、その加減が難しいのだ。相手を動けない様にと強くすれば、殺してしまう可能性もある。しかし、今の威力では少年達を無力化するに至らない。


 堪らず、オリバーはドロシーを見た。

 爆竹に奪われた聴力も取り戻しつつある耳に、彼女の言葉が聞こえた。

「絶対に力を入れすぎるな。落ち着いて、そのままでいい」

 ドロシーはそう言い切り、彼の手に蛙を付け直すと、少年達に向かって駆け出した。 


 少年達は灯下に現れた彼女を邪魔者だと襲い掛かる。誘蛾灯に誘われた虫の様に、次次に姿が照らされていく。

 ドロシーが手で合図して屈むと、オリバーが彼らを確実に狙撃していく。

 命中させた7人中2人を気絶させた。意識がある限り負傷しようとも彼らは止まらない。

 ドロシーは痛みで鈍くなった1人の足を払い転倒させると、その頭に蛙を置いた。

 それが舌を伸ばしたのを確かめて、更に順順に少年達の隙を突いては蛙がくっ付けられていった。

 彼らの元にそれぞれフェイガンの能力で生み出された果実が引き寄せられてきた。

 各々それを迷わずに食らい始めた。そして、食べ終えた傍から錯乱し、たちまちち阿鼻叫喚の様相を呈した。

 それ以上、敵は彼女に襲い掛からなかった。


 再びオリバーの元に爆竹が投げ込まれた。

 彼はそれが飛んで来た方向へ砂を投げると、草むらの中からドジャの短い悲鳴が上がった。

 一瞬遅れて迫って来た1人が敢え無く砂に吹き飛ばされると、その陰から中折れ帽を被った少年がまた1人が飛び出して来た。

 オリバーの手には次の攻撃分の砂も蛙も残っていなかった。急いで砂のボトルを開けた。

 その少年は彼に掴み掛かる寸前で、鳩尾に会心の一撃を受け呼吸を失った。


 透かさず、爆竹の音をつんざいて、ドジャの声が響いた。

「掛かれ」

 それを合図に残りの2人が飛び出した。オリバーは辛うじて1人の動きを止める事は出来たが、それが限界だった。ボトルからもう1発分の砂を出して投げる時間は無く、両腕を掴まれた。

 ドジャが草むらから現れ、砂入りのボトルを取り上げると、もう片手でナイフを突き付けた。そして、未だ残る爆竹の音を掻き消す様に叫んだ。

「動くな」

 そこからほんの数mの所まで戻っていたドロシーはぴたりと止まった。


 爆竹が鳴り終えてから、ドジャは脅しの文句を口にした。

「動いたらぶすりと行くぜ」

 オリバーの腕を押さえていた少年に耳打ちされ、彼は言葉を続けた。

「フェイガンさんの所にこいつを連れて行く。邪魔したら、間違ってこいつを神様の元に送っちまうかもなあ」

「邪魔はしない。この状況では出来ないよ」

「よし。ずっと見てたぜ。砂を高速で投げる所を。したら、連続で投げてたのに急にその間隔が長くなって対応が遅れ始めたし、俺のやられ声で油断してたし。チャンスは巧く使うもんだぜ」

 ドジャは勝ち誇った様子で話し続ける。

「何か未知に遭っても、人間は知恵と勇気で乗り越えられるってマジに実感したよ。犠牲は大分大きかったが、いい勉強代だ。生き残る側に居られれば大した問題じゃない。今回は得られるものもでかいしな。砂であれだけのパワーを出せるんだ。こいつを利用すれば、これから楽になるぜ」

 ドロシーは、よく喋るなと思いつつ、その間違いを指摘した。

「君の洞察力と時機を逃さない判断力は素晴らしい。敬意を表する。しかし、勘違いしているかも知れない事がある」

「あ?勘違い?これは俺の実感なんだぜ。少なくとも俺にとっては事実だ」

 勝利の余韻に水を差された彼は苛ついた。

 彼女は構わず続けた。

「オリバー、今の状態を脱したいでしょう。私は今手を出せない。彼が砂のボトルを持っているから、それを利用して自力で何とかして欲しい」

「てめぇ馬鹿なのか?こいつに砂を与えるわけねぇだろ」

「君が午前中にドジャと遭遇した時に砂のボトルを落としたと言っていたね。そして、私の能力でそのボトルを取り戻し、ベンチに来る事を思い出したと思っていたようだ。しかしながら、蛙はベンチに1匹置いた切りだ。砂を引き寄せたのは君自身じゃないか?」

オリバーはその出来事を思い出した。

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