第8話 奪われたもの

 オリバーは痛みで砂入りのボトルを落とした時を思い返した。それが戻った事にドロシーは関係ないと言う。

 彼は砂を強く投げる事しか出来ないと思い込んでいたが、彼女が嘘を吐くとも思えなかった。


 オリバーはボトルの砂に何とかしてくれと切望しながら、片手に残った砂を握りしめた。すると、ドジャの手から勢いよく飛び出したボトルの吞口が彼の下顎を遠慮なく打ち上げた。

 その勢いにまき散らされた砂が一塊になり、もう1人の少年に襲い掛かった。


 オリバーは肩で息をしながら、倒れた彼らを愕然と見下ろしていた。

 彼は視界の端からヌッと出てきたドロシーに思わず砂をぶつけそうになるのを踏み止まり、声を絞り出した。

吃驚びっくりしたあ」

「いや、本当に出来るとはね」

「それもそうなんだけど…。まあ、良いや。てか、もし出来なかったらどうしてたの?」

「その時はその時。頑張るしかないよ」

 オリバーは言葉を失った。


 彼女は今倒れた2人にそれぞれ林檎の様な果実を引き寄せた。ドジャのそれは一際大きかった。

 オリバーは果実を指して尋ねた。

「これ何?」

「おそらくフェイガンの能力だよ。果物の形で物質化しているが、これは間違いなく彼らの記憶だよ。蛙は記憶を引き寄せたつもりだった」

「俺が食わされそうになったのも、これか」

「うん、おそらく。食べた人物の記憶にでも出来るのだと思う。これで少年達は記憶を奪われ、奴に従う様に都合の良い記憶を植え付けられたのでしょう」

「なるほどお。それじゃ、あれは何?」

 彼は向こうで頭を抱えて泣き続ける少年達を指した。

「おそらく植え付けられた記憶が自分達本来のそれと混じり錯乱している。自分が嫌な事を何重にも、自分の意思として考えさせられている。彼らの記憶が保管されていたのは幸いだったが、早く彼らからフェイガンの記憶を取り出す必要がある」

 急がなくてはと、ドロシーは蛙を出した。その舌は彼女が認めた伝言へと伸びていた。


 フェイガンは逃げる最中、先ほど回収した果実を一瞬で全て失った。彼は嫌な予感を覚え、運動不足の身体に鞭を打ち、記憶の隠し場所に急いでいた。


 少年達の記憶は石畳の町の西側、その外れにある空き家の床下収納に保管されていた。フェイガンが隣町から来る時に、共に持って来たのだった。

 彼の予感は的中していた。

「私の記憶は何処だ」

 鷲鼻をふんふんと鳴らして探し回ったが、家内に果実はなかった。


 フェイガンは記憶の果実や奴僕に限らず、自分の所有物を奪われる事に耐えられなかった。

 彼は嘗て職に就いていた時、仕事や手柄、他人の恋人まで誰かを陥れては奪っていた。金品を騙し取る事もあった。

 それは奪取する事で、生活が豊かになる上に、その相手に対する優越感が得られ、自分が成長出来たと思えるからであった。

 しかし、フェイガンが幾ら奪っても、周囲の人は何かを成し遂げて評価もされていった。対して、彼はその高慢な態度や悪評により、次第に居場所を失っていった。

 詐欺や窃盗で逮捕された際に、略奪婚した女にも離婚され、財産のほとんどと好きでもない息子を失った。

 フェイガンは自分の積み上げてきた一切を、奪われるだけの格下共に奪われたと思った。また、自分を犯罪者と見下す世間も許せなかった。


 フェイガンはほんの少し頭を冷やし、外套に何か無いかまさぐると、さっき受け取った布をポケットに入れていた事に気が付いた。その文言を読むと、床に投げ捨て、力任せに踏みつけた。

「保護だと、引換券だと。私の物を勝手に…」

「何が私のもんだ。果物老人」

 オリバーはその部屋の入口から、言葉と共に砂の塊を投げ付けた。そこは彼が居る所が唯一の出入り口で、他は窓しかない。

 不意の出来事にフェイガンは受け身も取れず、部屋の壁に叩き付けられた。

「さっさと植え付けた記憶を元に戻せ。お前のもんだろうよ」

 男は呼吸を整えて、ようやく返した。

「そんな事をしても、私に特がない」

「やらないって事か?」

 そう言うオリバーの足元に砂の山が出来上がっていた。

 阿鼻叫喚の少年達を想うと、彼は本能的に行動していた。砂の塊がフェイガンの右手を砕いた。

 痛みに叫ぶ男は再度質問された。

「あいつらを解放するか?」

「絶対嫌だ……。拷問しようが……無駄だ」

「どうだろうな」


 2発目の砂が繰り出される前に、遅れてドロシーが到着した。

「オリバー、先に乗り込むなと注意したでしょう」

 彼女は右手を負傷した男の方へ話しながら近づいていった。

「彼に迷いはありません。もし、貴方が凶器を出したり、私の頭に木が生えたりしたなら、透かさず攻撃が叩き込まれます。どうか大人しくしていてください」

そして、彼女は男が被るフードを掴んだ。

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