第9話 選択肢
フェイガンのフードが脱がされると、その下から薄くなった頭頂部と少年達と同様の木が現れた。
それと同時にドロシーが言った。
「やはり、少年達に植えられた記憶は元に戻せない」
彼女の能力では物質化されていない記憶を元に戻すことが出来なかった。オリバーは心配そうに言った。
「あいつらを助けてやれないの?」
「フェイガン自身が記憶を果実にしない限りは不可能だ」
男はしたり顔で話し出した。
「私が記憶を実にしなければ、下っ端共は奪われないらしいな。残念ながら私が気絶した所で記憶はそのままだぞ。いっそ俺を殺してみるか?奪われて、下に見られて、惨めな思いをする。こんな理不尽な世界に縋る意味もねぇ」
「貴方は暗に自分を殺したら記憶を戻す術が無くなるかも知れないと脅したいのでしょう」
「御名答ぉ。話が分かるね、姉ちゃん。でも、もしかすると俺を殺せば解放される可能性もあるが」
フェイガンは少年達を自分の物にしたまま死ねるなら、それでも良かった。
男は勿体ぶって、ねっとりと話し出した。
「殺人なんて犯罪を犯せるのかなぁ?砂の能力なら私を殺すのは容易い事だ。そうすれば、幼気な少年達は私の意思と記憶から解放されるかもだぞ。そうかもだ。だがぁ、彼らが救われても救われなくても、お優しーいオリバー君は殺人の罪を背負って生きる事になる。これだけは間違いない。絶対にだ」
ドロシーは、ほくそ笑むフェイガンの左手を躊躇なく踏ん付けた。それと対照的に優しい口調で言う。
「君は何もしなくて良い」
オリバーは男への不快感を露わにすると共に、少年達と亡き母親が思い出された。
彼らを助けられるかも知れない選択をする事は、人を殺してはならないという教えに反する事になるのだ。
フェイガンはあわよくば自分を殺させ、彼の母親が残したものさえも奪い去ろうというのだ。
「このフェイガンを殺すのかね。我が身可愛さに彼らを見捨てるのかね」
オリバーは自分の所為でドロシーが殺人を犯すのも許せなかった。
覚悟を決めた瞬間、彼の肩が背後から叩かれた。
「オリバー、充分頑張ったな」
それは、紛れもなくオリバーの兄貴分であるドジャだった。
彼は歩くのがやっとではあるが、錯乱は他の子に比べ軽いものだった。無理を言ってドロシーの肩を借りて来ていたのだ。
ただし、それも弟分が記憶の隠し場所に突撃するまでの話であった。
「ドロシーさん、記憶は?」
「やはり果物にしてもらわないと駄目だ。しかし、親分はこのまま死ぬ覚悟まである様だ」
それを聞くと、彼は混乱する頭を働かせた。
その思考にフェイガンの横槍が入れられる。
「ドジャ、助けに来てくれたのか。今更何だとは思うが、1番に目を掛けてやっただけはあるな。他の糞ガキ共はまるで役に立たん。私は最悪死んでも構わんが、この猛猛しい盗人に相応以上の報いを受けさせてやれ」
男の言葉を無視して、ドジャは会話を再開した。
「もしかすると僕らの頭の木を抜けば助かるかもしれません。これ、奴自身から実った果物を食べたから生えたんです。それに食べる度に少しずつ太くなる」
「フェイガンの記憶が植え付けられると木が生えるなら、それを抜けば元に戻るかもという事だね」
「はい。根の辺りに奴の記憶が在るのかも」
フェイガンは自分の記憶を種として、木を寄生させていたのだ。
男はそれが分かったから何だという様子で声を張り上げた。
「私の木を抜けば助かるかも知れないなぁ。なるほど。砂で吹き飛ばすか?深く植わった、脳に絡み付く根っこを、脳みそ傷つけずに綺麗に引っこ抜くなんて良いかも知れないなぁ。それに植物は土の栄養を奪ってよく育つ生命力がある。根っこをすべて取らないとまた再生するぞ」
それはただの虚勢であった。彼は木が簡単に抜けない事は知っていたが、その根が脳に絡み付いている事も、再生する事も確認していなかったのだ。
その異常な執着心だけが虚勢に説得力を持たせていた。
ドロシーはフェイガンの頭に蛙を置いた。
「ドジャ、良いかな?」
「覚悟は出来てます。やってください」
フェイガンはようやく察して喚き出した。
「私の実がなくなったのは、この女の所為か。お前が私の物を奪ったのか。ガキから記憶を直接取り出せないから、木を無理矢理引っこ抜いて記憶を取り出そうってんだな。皆の脳みそをずたずたに、ぶち撒けて殺すんだな」
それは誰の耳にも届かなかった。
ドジャの頭頂部から木が引っ張られていく。木は根を含めて全て実体を失い、彼の身体を抜け出すと、フェイガンへと引き寄せられていく。そのまま男の顔を貫通し、脳内に根が侵入し終えると実体が戻った。
フェイガンの頭に2本目の木が植わった。
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