第3話 自己紹介

 女は窃盗事件と超能力について一通り話し終えると、忘れていた自己紹介を始めた。

「私はドロシー・ガーランド。仕事は占い師…みたいなものをやっている。特技は失せもの探し」

「オリバー…、10歳。母さんは1年ちょっと前に病気で死んだ」

 残りのサンドウィッチを齧りながら、その生い立ちを語った。


 彼は父親も親戚もなく孤児院に送られたが、そこは躾と称した暴力が横行し、終日こき使われるだけの場所だった。また、母親が残したなけなしの金も管理すると奪われたのだ。

 そこで1年を生き延びる頃、孤児院の柵越しに仲良くなった5歳年上の少年の計画と手引きで脱走したのであった。


 ここまで話すと、ちょうどサンドウィッチを食べ終えたようだ。

「それで、その友人はどうしたの?」

 オリバーは弾かれた様に周囲を見回しながら、空のボトルを掴み立ち上がった。そのままドロシーを振り返って言った。

「食べるもん食べたし、此処にいる用はない」

 彼女はそのまま駆けだそうとする彼を大きな声で呼び止めた。

「もし困ったことがあれば、またこのベンチへ来ると良い。行くべき道が分かる」

「占い師さんが道でも示してくれるのか?」

 彼はありがとうと言い残して去っていった。

 それからオリバーが今日の寝床を定めたのは、日がとっぷりと暮れてからであった。

 彼は毎日、居場所を転転と変えていた。孤児院脱走劇の監督兼裏方である年上の少年、ドジャに見つからない為である。


 ドジャは記憶の殆どを失くしており、常に色の抜けきった元橙色のハンチング帽をトレードマークにしている。

 ある町外れの小屋に住み、食べ物を自分の分までオリバーに分けてくれる面倒見の良い兄貴分であった。

 それも脱走から2日後までのことであった。その日、ドジャは朝から用事があると何処かへ出かけると、帰宅したのは夜になってからだった。そして、帰宅するなり愕然とし、オリバーの腕を掴むと、力任せに小屋から連れ出した。

 彼は行き倒れを無視する赤の他人の冷酷さで、弟分の声も聴かず、グイグイと足早に引っ張っていった。


 オリバーは暗闇で場所も分からず、しばらく連れられていると、彼らはどこか木木に囲まれた所で立ち止まった。

 ドジャが大きな声で呼びかけると、初老の男が歩み寄ってきた。彼は外套のフードを被り、浮浪者然としている。

 その鷲鼻と態度だけは立派そうに、労いの言葉を述べた。

「ご苦労ご苦労」

 オリバーは彼の前に投げ出された。

「これこれ、優しく扱わないか。友達だろうて」

 男は至って穏やかにドジャを注意し、少し離れているように言った。

「彼が申し訳ない、こんな手荒に連れてくるとは。私は彼に仕事を紹介しているフェイガンと申します。身寄りの無い子が居るから仕事を紹介してくれと言うんで、適した仕事を見極める為に連れてきて貰いましてな。私の都合で夜になったんだが」

そう話しながら、オリバーを立たせると、形式的にうんうん唸りながら彼をじろじろ眺め回した。

「君は足が速そうだ。違うかね?」

「見て分かるんですか?」

「色んな人を見てきたもんでな。それで、どうなんだね」

「多分。人よりは」

 実際、5歳上のドジャが本気で走っても良い勝負にならない程に彼は足が速い。

 フェイガンは嬉しそうだった。

「それなら明日仕事があるんだがどうだね、やってみる気はないかね。報酬の内から少おしばかり手数料はもらうが」

「仕事が出来るならやりたい…です」

生きる為には勿論だが、この数日、恩人のドジャに何もしてやれない事が気がかりだった。

「なあに、至極簡単な事だから、気負わんで良い。ドジャを含めて4人に声を掛けてある。明朝、待ち合わせて取り掛かるんだ。君は店に入って物を盗って逃げるんだ。わざと目立つようにな」

そこまで聞くと、オリバーは目を剥いた。

「盗みのおとりじゃないか」

「如何にもそうだが」

「犯罪なんて…そんなんで食って行きたくねぇ」

 彼は恩人に報いたかったが、犯罪に手を染めれば、母親が残していったものを失う気がしていたのだ。

「乗り気でないかな?」

オリバーはゆっくり頷いた。


 不意にフェイガンの左手が彼の髪を鷲掴むと、右手は林檎の様な果実を彼の口に押し込もうとし始めた。

 先程まられたって変わり、まるで野蛮人だ。

「ふざけやがって。ガキは大人の言う事、うんうん聞いてりゃいいんだ。排泄されたまま風化していくだけの野糞のテメェに選択の余地なんてねぇんだよ」

 続けて大声でドジャを呼ぶと、口を開けさせるように命令した。

 オリバーは抵抗も虚しく、一口分を飲み込まされた。それは何処か悪意めいた、嫌悪を覚える味だった。

 初老の野蛮人は嬉しそうだ。

「食ったなぁ。大人しく手伝っていれば、優しくお口に運んでやったのになぁ。犯罪で食って行きたくないだのと、ドジャから盗品を貰って食ってた癖によぉ」

 オリバーはドジャをちらと見た。

「盗品って、本当に?」

「俺の分け前を勝手に食っていたのか」

 話が噛み合わないが、否定されなかった。


 オリバーは胃酸が上がってくるのを感じた。消化した盗品を全て吐き出せる訳はないが、身体が拒絶しているのだ。

 また、フェイガンが残りも食べさせようとしてくる為、彼は限界を迎えた。喪失感と裏切られた事、異様な果物、それらのストレスで嘔吐した。

 吐瀉物が目前の男にはしっかりと、口元を押さえていた少年の手にも幾らか浴びせられた。殆ど水分と胃酸であったが、2人が怯むには十分だった。

 彼らが離れたと同時に、オリバーは嘔吐の苦しさと酸っぱい唾液を飲み込み、駆け出した。

 そこから無我夢中で逃げる内に、石畳みの敷かれる隣町に辿り着いたのだった。

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