第4話 実験と実践

 オリバーは人1人分の幅しかない路地裏の寝床で、今日の出来事を思い出していた。

 彼はドロシーに助けられ、非常識的な能力の存在も教わった。

 自分の能力が不明ならば、色々試せばいいと考えていた。しかし、これ以上彼女の手を借りる訳にはいかない。

 彼は再び裏切られる事を恐れており、また、恩人たる彼女に危険が及ぶ事を良しとしなかった。

 そして、1人で生きる決意を固めると、途中で拾った新聞紙を毛布代わりに眠るのだった。


 翌日、オリバー起きたのは日が高くなってからだった。

 彼は慌てながらも周囲を警戒し、最寄りのゴミ捨て場にやって来た。

 燃えるゴミの日だけは残飯を期待できるのだが、彼は前回寝過ごしてしまっていた。今回は幸いにもゴミは未回収だ。


 彼は生魚の頭と小袋に詰められた野菜屑を拾い、元の路地で腹ごしらえを済ませると、オリバーは表通りから延びるやや広い路地に吹き溜まりを見つけた。

 彼はその砂をそっと投げてみた。自分の能力を探ろうというのだ。

 しかし、砂が速く飛ぶようなことはなく、ただ放物線を描くのみだ。強く投げようが、砂に力を込める様に意識しようが、それはただ撒かれるのみだ。


 彼は吹き溜まった砂を撒き切ると、一度呆然と独り言ちた。

「駄目だあ」

 彼はその言葉に徒労感を皆混ぜて吐き出すと、砂を集めては工夫して投げ続けた。


 それを1時間以上も続けてから、オリバーは昨日の動きをなぞり始めた。

 呆然とし、砂をかき集め、それを両手で握ってまた呆然とし、そのまま助け起こされる動作まで1人忠実に再現した。

 そして、動揺する表情を作りながら、右手の砂を路地の奥に向かって思い切り投げた。すると、砂の塊は手を離れたと同時に目にも留まらぬ速さで飛び、建物にぶつかると壁を少し削った。

 彼は一瞬遅れて、おぉと息を吐いた。オリバーは砂を握っている間だけ、砂を高速で投げられる事に気が付いたのだ。


 オリバーが砂の投げ方を覚えてから3日が経った。彼が再びゴミを漁っていると、後ろから声を掛けられた。

「お前がオリバーか?」

 その声に振り返ると、オリバーと同じ年頃の少年が居た。

 彼は型崩れの酷い灰色の中折れ帽を被っており、振り返ったその顔をまじまじと眺めると声を張りあげた。

「居たぞ」

 オリバーは予め足元に盛っていた砂を両手で掴むと、右手の砂を少年の鳩尾みぞおちに加減して投げた。

 それは吹き飛ぶ程の勢いはないが、強烈な一撃だった。

 膝から崩れ落ちる少年を横目に、彼は砂を詰めておいたボトルを拾い上げて逃げだした。投げる度に次を拾わなくて済む様、ドロシーから貰ったボトルに砂を詰めておいたのだ。


 表通りを走るオリバーを少年2人が追いかけて来ており、逃げる先の路地から、1人飛び出して来て向かって来た。皆、それぞれに帽子を被っている。

 彼は砂ボトルを左脇に挟み、キャップを開けると中の砂を少し右手で握った。

 そして、向かってくる少年に投げた砂は胸部に命中し、相手の身体を1メートル程後ろに吹き飛ばした。

 その後、彼が数人の少年達を同様に倒して逃げる間に、追っ手2人は彼を見失った。


 ようやく逃げ延びたオリバーがぜいぜいと一安心した時だった。そのすぐ前の角からドジャが現れ、順手に持ったナイフで彼の左の二の腕を切りつけた。

「よお、久しぶり。砂集めが趣味になったか」

 橙帽の少年はそう言いつつ、また切り掛かる。

 砂のボトルは痛みで落としたものの、両手にはまだ砂がある。彼は迫る刃を右手で受け止める様に、勢い良く手を伸ばし、開いた。そのまま手を離れた砂は、ドジャのナイフと人差し指の皮膚を少し削り飛ばした。

 オリバーは時機を逃さず、再び逃げ出した。何処に居るか分からない、増して複数人を相手取るには態勢を立て直す必要があった。


 オリバーは走りながら、先のボトルが気になった。対抗手段として砂を入れられるボトルを失いたくなかったのだ。

 次の瞬間、彼の右手の中に落とした筈のボトルが飛び込んできた。驚きつつもそれを掴むと、そのまま路地に飛び込んだ。


 時折、表通りを走り回る足音がいくつも路地裏まで響いてくる。

 オリバーは呼吸を整えながら、砂入りのボトルを見つめていた。何故、それが手元に帰って来たのか、足りない酸素を使ってでも、考えずには居られなかった。

 酸素の供給が追い付いてくると、ドロシーの戻す能力を思い出したのだ。

 オリバーは彼女を巻き込みたくなかったが、何か許されたような気がした。

 彼は困った時に来るように示された、公園のベンチに行く事を決めた。


 公園は開けていて見通しが利く。

 オリバーは公園南側の傍まで来たものの、その中央付近にあるベンチに辿り着けるか不安だった。朝食を食べ損ね、逃げ回った疲労もあり、その快速はもう発揮できなかった。

 林のある北側に回るには時間が掛かる上、ドジャ達が盾に出来る木木はない方が良いと、覚悟を決めて公園へ早足で歩き出した。


 公園を歩く人はまばらだった。

 オリバーが入口からベンチまで半分程来ると、遠目に帽子の少年達を3人認めた。右手側に2人と、正面の噴水の傍に1人だ。

 彼は正面の少年を倒さんと駆け出した。噴水の傍から声が上がった。

「奴が居たぞ」

 オリバーは正面から来るその少年に砂を一投し、噴水の水場に押し込んだ。

 彼はベンチに着くと、そこに鎮座していた蛙を払いのけ、上も下も隈なく調べた。しかし、助けになりそうな物は無く、伝言さえも在りはしなかった。

 

 少年が2人、彼を捕えようとすぐそこまで来ている。

 それでも探し続けるオリバーの耳元で蛙が一声鳴いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る