第5話 黄色い道

 瞬間、公園の北側から、人の頭大の黄色い砂の塊が彼を目掛けて低く飛んできたのだ。それは彼を砂塗れにし、地面にどさっと落ちて巻き散らかされた。

 この光景に、彼から10m程に迫っていた帽子の少年2人は唖然とした。目前の自称に危うく巻き込まれていた事以外、理解できなかった。

 唯一の被害者であるオリバーはゲホゲホと周囲を舞う砂を手で払う動作をした。すると、手の動きに合わせて砂が固まり、四方八方に乱射された。

 今度は帽子の少年達が、砂の被害者となった。幸い、他に被害者は出なかった。


 砂を払い終えると、オリバーはようやく周囲を見渡した。倒れた少年達は一旦無視し、公園広場から北へ伸びる通路に目をやると、その真ん中が一筋黄色に塗られていた。

 それは今さっきの砂が飛んで来る最中に零れた跡だった。

 彼はドロシーの言う進むべき道に気が付いた。

 倒れた少年の帽子を拝借すると、それを目深に被り少年達の仲間に扮した。

「きっと返すから、ちょっとの間だけ貸してくれな」

そう済まなそうに言い残すと、オリバーは砂入りのボトルを携え、黄色い石畳を進んだ。

 彼はドジャ達は引き下がらないと確信していた。


 黄色い道は公園から北方向に1㎞程離れた住宅地まで続いていた。

 そこはどの家も平屋で、前庭にこぢんまりと芝生が敷かれている。白を基調とした景観であった。

 黄色い道はその内の一軒に通じていた。その扉脇の足元に蛙の置物が在り、それはおどけた様子で来客を喜んでいた。


 オリバーは覚悟を決め、呼び鈴を鳴らした。はいと言う声に、彼は自分が何者か名乗った。

「入りなよ」

 それはドロシーの声だった。

 オリバーは帽子を脱ぎ、おずおずと中に入ると、彼女は玄関掃除に追われていた。

 家の中は過剰な装飾は無く、偶に蛙等の置物がある程度で、整理整頓が行き届いていた。対して、玄関だけが砂塗れで、床に1つだけ置かれた蛙が被害を受けていた。

「いや、済まない。今、散らかっている。少し置き場所を工夫するべきだった」

 彼は呆気に取られた。

 ドロシーはちらと彼を見るなり、掃除を放り、洗面所へ通した。


 彼女は持って来た救急箱で、またさっさと切り傷手当てをした。

「ナイフの傷だね。躊躇もない。推測していたより、危機的な状況だね」

 オリバーは泣き出しそうな顔で呟いた。

「ごめんなさい。ほんとは頼るつもりは無かったんだ。迷惑かけたくないし」

「迷惑ではないよ。心配していた」

「ほとぼりが冷めるのを待ってれば良いと思ってた。それまでの辛抱だって。でも、駄目だった。ドジャに……殺されるかと思った」

 そこまで聴くとドロシーは彼を居間に誘導し、ソファに座らせた。そして、台所から温かな野菜のスープを持って来た。

「今朝の残りで済まないが、如何かな」


 オリバーが飲み終えるのを待って、彼女は話を切り出した。

「何が起きたのか、話せるかい?」

 彼は頷くと、孤児院を脱走した後から、この家に辿り着くまでの全てを語った。それを聴いた上で彼女が手を貸すつもりなのか、確めたかったのだ。


 ドロシーは話を聞き終えると、スープをもう一杯勧めた。

 それを取って来て再び手渡してから、質問をした。

「君の持っている帽子は、ドジャの仲間の物だね?」

 オリバーは一瞬ビクッとしたが、そうだと返した。彼女はお気に入りの玩具を見つけた子供の様に嬉しそうに言った。

「良い物を借りて来てくれた。うん、実に良い」

「良い物なのか?かなりくたびれてる…」

「今や値は付かないだろうけど、今はきんより有難い」

 ドロシーは奥から掌大の布を1枚持って来ると、油性ペンで文字を書き、安全ピンでそれを帽子に留めた。

 彼は気になって何を書いたのか尋ねた。彼女は控え目に咳一咳して読み上げた。

「金を糞と見間違えるフンコロガシもどきのフェイガン様。オリバーを保護した者です。こちらは引換券となりますので、必ずお持ちになっていてください」

 それは敵を煽ると共に、この手紙と引き換えに自分が渡される様な内容だった。


「ねえ、ドロシー。確認なんだけどさ、それどうするの?」

「うん、公園に置いてくるのだよ。話を聴くにフェイガンが親玉だろうし、まだ手下達が居るかもしれないから、きっと持って行ってくれる」

これにオリバーは声を荒らげずには居られなかった。

「味方してくれるんじゃないのかよお」

「君を助けさせて欲しい。出来る事はする」

「うん…」

「戻ってくるまで、家の中に隠れていなさい。裏口もある。私を信用できない時は、遠慮なく攻撃してくれて構わない」


 オリバーは彼女の後ろ姿を見送る時、片付いた玄関に大きな砂の山を見つけた。それは黄色い道を元通りにしたものであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る