第2話 種明かし

 品性のある女と貧相な少年は精肉店から少し離れた公園まで逃げてきた。

 そこはかなりの広さで、一面に芝生が張られ、公園の北側には手入れの行き届いた林もある。中央には円形の石畳の広場のようになっており、さらに中心には噴水が1つある。その円形広場から同様の石張りで道が四方に伸びている。園内に遊具の類は無く、所々にベンチが置かれている。


 女は中年男が追って来ないのを確認すると、広場近くのベンチに少年を座らせて、自分も隣に座った。

 彼はしばらく糸が切れた様に椅子の背にもたれるのみだったが、ふと隣の女を見た。彼女はそれに気が付くと話し出した。

「大丈夫かい?」

 その問いに彼は自分の身体を確認すると、肘を擦り剥いていることに気が付いた。その怪我と頭の混乱はあるが大丈夫と返す。

「少し落ち着いてきたようだね」

 彼女はそう言うと少し表情が明るくなった。そして、何処にあったのか、水の入った500mlペットボトルを2本と消毒液、絆創膏を取り出した。ペットボトルを1本カチリと開け、彼の傷を洗うと、さっさと手当てした。

 彼女はもう一方のペットボトルを少年に差し出して言った。

「ゆっくり飲むといい」

 彼が水を一口飲むのを待って続けた。

「のっぴきならない状況だったんだろう」

 彼女は少年が生きることに困窮していることに気が付いていた。枝に襤褸ぼろが引っ掛かったような彼の姿を見れば、誰が見ても察する所だ。


 そんな事よりと、彼は先の出来事について尋ねた。

「何がどうなってんだ?」

「ああ。君が店から盗んだものが、実は盗まれてなかったことかい?」

「なんで全部並んでたんだ。俺が店に忍び込んだ時はいくらか売られたやつも、品切れもあったのに」

 入ったではなく、忍び込んだと口を滑らせたことに、あっと気が付いた。その様子に、女は吹き出した。大笑いする表情は10歳そこらの様だ。

「いやあ、言質を取って、警察にでも突き出そうなんて気はないよ、ははは。そんなに気にしなくていい」

 また何処からか弁当箱を取り出すと、長くなるからとサンドウィッチを勧めてきた。

 しばらくして、彼はようやく恐恐とサンドウィッチの一口目を食べた。それはさながら毒味の様であった。


 ここでめ話すつもりがなかったと前置きして話し出した。

「店を訪れるとちょうど君が商品を盗んで行って、暴力的と噂の店主が追いかけていった。捕まったらただでは済まないだろうし、いっそのこと元通りにしようと思ったという訳さ」

「元通りって、出来るわけないだろ」

 彼は怪訝な顔で、サンドウィッチを齧った。

「私はそれが出来る。人智を超えた能力とでも言うのか。詳細は省くけど、元の場所や在るべき場所に物を戻せる。しかし、君が何を盗んだのか不明だし、君に追いつく必要もあったからあまり時間がなくてね。手っ取り早く、今朝あったであろう物を片端から戻るようにして、君らを追ったという訳さ」

 にわかには信じがたいが、少年は特殊能力でもないと出来ない状況を目の当たりにしそして、商品が元に戻ったことは一先ず納得した。

「なぜ俺の盗んだ物は砂になったんだ?」

「君が砂とよくよくえんがあるからだよ。 もしくはコレクションでもしているか。縁の有るものか、所有物しか君の手元に戻せない。その中で代わりに詰めて誤魔化せそうな物を中に引き寄せた。肉が店に戻るのと同時にね」


 少年は次のサンドウィッチに手をまた一口齧ると興味なさげにモゴモゴと返した。

「縁もコレクションもねぇって。砂は砂だろ」

「私が非常識的な話をしているのも、そこなのだ。さっき砂を投げたでしょう」

 そう言った女の真剣な顔に、彼の食事の手が止まった。

「反射的に身体が動いていたんだ。あんなになるなんて…」

「人が砂を投げたとて出しえない力と速度だった。砂で目潰しどころか、軽く吹き飛ばしそうな勢いだ。それで砂に縁があるのも合点がいった。おそらく君には砂に関する何か非常識的な力がある」

「俺に?そんなのあったら、もっとマシな生活できてるさ」

「知らないから使ってこなかっただけだよ。それに怪我をさせる気はなかっただろう?」

 彼は俯いた。

 頭に浮かんだ餓死の文字と思考錯乱の為に、衝動的に初めて窃盗した事も、男を怪我させた事も彼にとって後悔でしかない。それが、非常識な能力を自覚していれば、せずに済んだかも知れないと信じたくなかった。

「それに能力があったからと言って、それで食べていけるとも限らない。奇術のタネにでも使えば別だけど」

 ここで彼女の語気が少し強まった。

「能力の存在と使い方もそう。知っていれば意思に反して他者を傷つけることはないし、君も傷つく事もない」

 加えて、子供を守れる十分な仕組みを作れていないのは大人の怠慢でもあると謝罪した。  


 謝罪を受けると思っていなかった彼は面食らって、隣を見た。

 女は少年を責めることは出来ないと落ち込んだ顔をしていた。彼は助けてくれた人が自分のせいで不必要に罪の意識を感じている様で居心地が悪かった。

「あんたが謝る所じゃないだろ。悪い事をしたのは全部、俺なんだから」

「いや、私も悪い事をした」

「社会の仕組みだのは、1人でどうこう出来るもんじゃないだろ」

「そう言ってくれるのは有難い。しかし、それを抜きにしてもだよ」


 まもなく、どの家々でも夕食の準備が始まる頃だが、そのいくつかはメニューに難儀することになる。彼女は件の精肉店で今日売れた肉を、全て元に戻してしまっていたのだから。

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