第104話 放電
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静電気の存在は紀元前より知られていたが、静電気を人工的に作り出す装置が作られたのは、17世紀末頃であったと言われる。
18世紀には、電気学という学問が誕生し、様々な方法で摩擦による静電気の実験が繰り返された。
どの機器も一時的に静電気を発生させるものであったが、1746年、オランダの科学者ミュッセンブルークは、発生した電気を貯めることができる画期的な蓄電装置、ライデン瓶を発明した。
静電気発生装置は、放電現象の物珍しさに見世物として扱われることが多かったが、医療機器としても使用された。
1770年(明和7年)、長崎に遊学した平賀源内は、通詞(通訳)西善三郎の家を通じて、ドイツ製の静電気発生装置を手に入れたと言われている。
しかし、この装置は壊れていた。
このころの源内は、荒川の河川工事、出羽国を始めとした各地での鉱山開発などの指導を行い、ときに蘭画や医学の授業に取り組むなど慌ただしい日々を過ごし、せっかく入手した静電気発生装置に取り組む充分な時間を持てなかった。
それでも、合間を見つけては、壊れていた静電気発生装置を分解し、その構造を調べると、6年の歳月をかけて模造品を完成させてしまった。
驚くべきことに、当時、日本には学問としての科学は伝わっておらず、「電気」という言葉すら存在しなかった。
すべてが手探りの状態で、静電気発生装置の模造品を作り上げたのだ。
異様な天才であった。
源内は、自身が作り上げた静電気発生装置の模造品をエレキテルと名付けた。
死ぬまでの間に、十数台のエレキテルを作り上げたと言われている。
構造は基本的に変わらない。
木箱の側面に、クランク型のハンドルが突き出ている。
このハンドルは、エレキテルの内部にある大きな木車に接続されており、大きな木車はベルトによって、小さな木車と連動している。
ハンドルを回せば、小さな木車が高速で回転を始める仕組みになっているのだ。
この小さな木車は、水平に設置された円筒形のガラス瓶の蓋と一体化している。
ガラス瓶の真ん中は軸が貫き、小さな木車が回転すると、それに同調してローラーのようにグルグルと回転するのだ。
回転するガラス瓶の外側には、金箔を貼った「枕」と呼ばれる革袋が密着している。
エレキテルの側面にあるハンドルを回すと、内部のガラス瓶が高速で回転をはじめ、密着した「枕」の金箔にこすれ合う仕組みである。
私たちの周囲にあるものは、すべて電気を有している。
それらの電気は、通常プラスの電気とマイナスの電気を同数持ち、安定した状態にある。(プラスの電気とは『陽子』。マイナスの電気とは『電子』。これに加えて電荷を持たない『中性子』で安定している)
しかし、これを擦り合わせると、マイナスの電気が分離してしまい、非常に不安定な状態になる。
この不安定な状態が静電気である。
エレキテルはこの原理を利用し、ガラス瓶を回転させ、金箔と擦り合わせることによって、静電気を生み出すのだ。
エレキテルの内部では、摩擦によって分離したマイナスの電気は、「枕」の金箔に引き寄せられた後、金箔に繋がった銀の支柱へと流れ、そのまま木箱、台座へと流れて逃げてしまう。
銀の支柱は、いわゆるアースの役割を果たしているのだ。
一方、プラスの電気は、ガラス瓶から繋がった銅線へと移動し、その銅線が繋がる鉄粉の入った蓄電瓶(ライデン瓶)に貯められる。
蓄電瓶は松脂で絶縁されているため、銀の支柱のように集めたプラスの電気を逃がすことはない。
蓄電瓶から伸びた、もうひとつの銅線は、エレキテルの外装の上部を突き抜けて外に突き出している。
この銅線は、蓄電器に繋がっているため、プラスの電気に帯電している。
ゲンノウは、この銅線に、マイナスの電気に帯電した銀の笄を近づけたのであった。
帯電したマイナスの電気は不安定な状態にあり、プラスの電気とマイナスの電気が同数になる、安定した状態へ戻ろうとする。
つまり、マイナスに帯電したものとプラスに帯電したものを近づけると、マイナスの電気がプラスに帯電した側へと飛び込むのだ。
このとき、青白い光が発生し、これを放電と呼ぶ。
ゲンノウが弥吉に見せた、小さな雷とは、この放電現象であった。
冬場、ドアノブなどを触ったときに、バチッという音と共に痛みが走るのは、同様の現象であり、急激な放電によって痛みが生じているのだ。
静電気は乾燥した状態ほど発生しやすく、冬場に多く体感するのはこのためである。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ゲンノウは、エレキテルの側面に並ぶ、幾つものツマミに指をふれた。
大江戸怪物合戦 ~禽獣人譜~ 七倉イルカ @nuts05
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