第5話 シャンプー



 怖いな……。

 あたしは頭を泡だらけにしたまま、つぎの動作をためらっていた。


 シャンプーが苦手なのだ。

 正確には、シャンプーで泡だらけになった頭を洗いながす時が怖いのである。


 シャンプーが好きな女の子はたくさんいるけれども、怖がる女の子ってのは、あたしぐらいではないだろうか。


 でも、せまい密室で、目を閉じて頭の泡を洗い流していると、怖くて、怖くてたまらなくなる。

 目を閉じている間に、天井から大きなムカデが落ちてくるような気がする。

 真後ろに長い髪の幽霊が、現れるような気がする。

 小さな換気窓から、異様に長い鬼の手が、入り込んでくるような気がしてしまう。


 いやいや、もっと恐ろしい、あたしの想像を超えてしまうような、とんでもないことが、いつか起こるような気がするのだ。

 そして、あたしは毎回、短距離ランナーのようなスピードで、頭の泡を洗い流すことになるのだ。


 今回も、あたしはシャワーを片手に、頭の中でクラウチングスタートの体勢をとった。

 3、2、1、スタート! 

 かたく目を閉じて、シャワーから勢いよく飛びだす温水で頭を流す。


 怖くない。怖くない。

 ムカデなんかいない。

 幽霊なんかいない。

 鬼なんかいない。

 ヘンなことなんか、絶対に起こらない!


 あと少しでゴールだ。

 髪を洗いながす手を早め、心の中で呪文のように繰り返していた。

 怖くない。

 怖くない。

 怖くないぞ。

 怖いわけがねえぞ。

 ヘンなことなんか、起こるわけねえよ!


 シャワーをとめると、髪についた滴をふり払い、オレは苦い顔になった。

 まったく、シャワーが怖いなんて、オレも男のくせに情けねえな……。

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