ショートショートの小袋

七倉イルカ

第1話 害虫退治

 「この、この、この!」

 玄関を背にしたオレは、モソモソと近づいてくる芋虫の大群に、何度もホウキを叩きつけた。


 ただの芋虫ではない。

 一匹一匹がダイコンほどもある巨大な芋虫である。

 その芋虫の大群が、我が家の小さな庭に侵入し、玄関に向かってじわじわと押し寄せてくるのだ。

 時折、芋虫と芋虫の間から、サンダルほどもあるゲジゲジが、素早い奇襲攻撃をかけてくる。


 「あなたー! こっちも手伝ってよ!」

 庭の一角にある、ルーフつきの駐車場から、妻が助けを求める声をあげた。

 オレと同じくホウキを振り回す妻に対し、拳ほどもある黄緑色のアブラムシが、整然と列をなし、波状攻撃を仕掛けている。


 「無理! こっちも手一杯だ」

 足元の芋虫を蹴り飛ばし、妻の援軍要請を却下した。


 オレが守る玄関前を突破されたら、害虫どもが屋内に侵入してしまう。

 まだローンが十五年も残っているのだ。それだけは防ぎたい。


 「ママ! パパ!」

 そこに小学三年生の息子が、長いホースを手に、駆けつけてきた。

 今まで、裏庭から侵入を図ろうとしていた、ダンゴムシやナメクジを撃退していた息子である。

 頼もしい。裏庭の害虫軍団を撃退したのであろう。


 「高圧ジェット!」

 息子の手にしたホースの先端から、高圧の水流が噴射された。

 妻に迫っていたアブラムシの軍団を、激しい水流が次々と蹴散らしていく。


 すべては、園芸用殺虫剤『キルキル・バグバグ』が原因であった。

 この殺虫剤は無味無臭、噴霧された害虫は、自ら大人しく遠くへと移動し、そこで静かに衰弱死するとの触れこみであった。

 宣伝文句は、後始末のいらない殺虫剤。


 ところが、どんな副作用か知らないが、一端は遠くへ移動したものの、害虫たちは、凶暴かつ巨大化して戻ってきたのだ。

 製造会社が、連日記者会見で謝罪しているが、被害はあちこちで発生している。


 息子の活躍で数を減らした害虫軍団は、ようやく撤退を開始したようであった。

 玄関前から、芋虫たちがモソモソと引き上げていく。


 「おおーい。パパにも水をかけてくれ」

 座り込んだオレは、息子に水を要求した。

 戦いの最中、芋虫から臭い体液をたっぷりとかけられたのだ。


 きゃあああああああ!


 そのとき、右隣の家から悲鳴が響いた。

 隣の若奥さんの声である。


 オレはホウキを手に、再び立ち上がった。

 近所のよしみである。

 なにより、隣の若奥さんは、妻より十歳も若く、無垢で可憐な笑顔が、オレのタイプであった。

 それに加えて、今、旦那は出張中のはずである。


 ステテオクワケニワイカヌ。


 「奥さん、だいじょうぶですか!」

 我が家を守る以上の意気込みで、オレは隣の家へと駆け込んだ。

 庭先で、若奥さんは腰を抜かしたように座り込んでいる。

 若奥さんの前では、長期の湯治旅行に出かけたと聞いていた姑さんが、帰宅していた。

 姑さんは、身の丈三メートルに巨大化し、凶暴な形相で暴れまわっていた……。

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