二人の行方―⑥―

 自分の事を『ピュアパープル』だと呼ばれるのは何年ぶりだろうか。

仲間で集まって飲んだりおしゃべりするときも昔のクセからか、絶対に秘密厳守だと心に刻み込まれているので具体的な固有名詞は使わず話してきた。

なのに燃滓 投冶は司に向かって『ピュアパープル』だと言って来たのだ。彼が最初からこちらの正体を知っていたという考えには全く至らず、不思議そうに見つめ返していたが不意に投冶が笑みを零した。

「もしこれが普通の事件なら是非君に検挙してもらいたかったんだがね。これもまた宿命なのだろう。」

その発言を聞いた司は元『ピュアパープル』であり警察官としての使命感からか、静かに立ち上がって彼の隣に近づくとその手首を掴む。

「投冶さん。あなたは一体・・・」

聞きたいことがありすぎて何を尋ねるべきか迷ってしまったがその手だけは絶対に離さないように強く握り締めた。

まず冷静に考えると何故自分が『ピュアパープル』だったのを知っているのか、を問いただすべきか。そして事件と検挙という言葉。これは彼が何か犯罪に手を染めているという事か?

わからない。わからないので直接答えが欲しいはずなのに事実を拒む心が声にならないのだ。


「私は『ダイエンジョウ』の長、『ネンリョウ=トウカ』だ。今でもTVやネットではプリピュアが戦う場面をライブで中継しているから聞いた事くらいはあるだろう?」


聞いた事があるも何も『ネンリョウ=トウカ』とは一番最近の映像で観た敵対組織のボスではないか。

今期のプリピュアは非常に弱く、いや、敵が強すぎるのか。『ブラッディジェネラル』には毎回やられっぱなしだし今は『ピュアクリムゾン』が攫われたような流れで終わっていたはずだ。

「これからの戦いは過去を含めて今までと比べ物にならないほど激しいものへと移り変わっていく。司君、今後は君と会うこともないだろう。」

何が何だかさっぱりわからない。理解出来ない。それでも会うことが無いなどと言われて「はい、そうですか」と素直に引き下がれる程司は大人ではないのだ。


3年前と同じように彼の膝の上に無理矢理腰を下ろすとあの時とは違う、お酒の力を借りても若干の震えを伴いながらその首に腕を回すと無理矢理唇を押し付ける。


ただ彼のほうがそれに答える素振りを見せてくれなかった。つまり本当に別れ話をする為の場を設けただけに過ぎないという事か。

内容の真偽はともかく彼と今後二度と会えない。それどころか彼こそが現在戦っている『プリピュア』のラスボス的存在なのだと考えるとこの場で逮捕くらいしてしまうべきなのかもしれない。

「さぁ話は終わりだ。帰ろうか。」

彼が司の肩を掴んで体を離すといよいよ後が無くなる。

「いいえ、まだ終わっていません。新しい恋人の話についてまだ・・・!!」

「ああ、あれは君を遠ざける為の嘘だよ。」

その言葉を聞いた瞬間司はまたしても感情を爆発させると今度は舌を絡めて無理矢理深い深いキスを交わす。と同時に両手は彼と自身の衣服を脱がそうと自然に動いていた。

それでも彼が積極的な動きを見せなかったので一度唇を離した後今度は司の方から睨み付ける様に視線を向けながら静かに口を開いた。


「でしたら尚更今夜は離しません。絶対に。」


「・・・君は正義感が強すぎる傾向がある。そこは直したほうがいいよ?」

「いいえ、これはそういう意味ではなく、ただあなたと離れたくない私の我侭です。最初にもお伝えしたでしょう?」

正義感は『ピュアパープル』時代に培われたもので今更どうこう出来る訳が無いのだ。それにそんなくだらない理由で彼と別れるなんてまっぴらごめんだった。


彼が本当に『ダイエンジョウ』の長『ネンリョウ=トウカ』だったとするならば、その彼女として、妻として添い遂げたい。


捕まえるとかどうでもいい。一緒にいたい。いや、むしろ彼の罪も共に背負っていきたい。それこそ夫婦になりたいと願う司の決断だった。








(最近翔子先輩と二人きりになれていないな・・・・・)

臨時講師の仕事もそつなくこなしていた燃滓 暗人は12月に入ると己の欲望からその事ばかりを考えるようになっていた。

わかっている。わかってはいるのだ。現在『ピュアクリムゾン』までもが『ダイエンジョウ』の洗脳下に置かれており彼らは真宝使 翔子の居場所を探している。

そしてその捜索は妖精ホップンの力によって遮られている為辛うじて戦況の均衡を保てている事も。


しかし初めての快感を覚えてしまった為彼女を求めたくて仕方が無い時があるのだ。25歳という若さも大きく影響しているのだろう。


妖精の力を借りたまま彼女のマンションで一晩だけでも明かせないだろうか、という邪な考えも過ぎるが逆に妖精に見られる中そういう行為に及ぶのは何か違う。というか翔子が絶対許さないはずだ。

いつの間にか復讐相手から身を守られる立場となり、叔父からも一切連絡が来ない所を見ると暗人に出来る事は本当に翔子の代わりとして教壇に立つ事くらいしかない。

「先生~。もんもんって何ですか?」

「もんもんとは刺青の事ですね。最近犯罪の低年齢化が進んでおりますが皆さんも決して間違った道に進まないようお願いしますね。特にもんもんは取り返しの付かないレベルで社会から爪弾きにされますから。」

具体的な言葉ではなく本当に心のもやもやを黒板に書き出してしまっていたらしいが何とか取り繕いつつも授業を終え、この状況を何とか打破出来ないかと考える暗人はふと疑問が浮かんだ。


自分はそれをどちらの立場で考えれば良いのだろうと。


父の仇でもある初代『プリピュア』達に絶望を与えるのであればここは『ダイエンジョウ』の組員としてしっかり動くべきだが今の暗人は蚊帳の外に扱われているようなのだ。

だったら『プリピュア』サイドに寝返るかというとそんな簡単な話ではない。何故なら敵対組織の長は自身の叔父であり従兄弟の追人もそちらにいるのだから。

間違っても彼らを裏切るような真似をするつもりはなく、かといって翔子を『ダイエンジョウ』に、特に五菱 助平に渡すつもりもない。彼女は自分のものだし自分以外の誰かに好きにされるなど考えただけでも怒りが込み上げる。


(・・・・・翔子先輩は俺のものなんだ。だから俺が好きにしていいはずだ。)


そんな独占欲は行動にも現れていた。顔が観たくて、声が聞きたくて、匂いを嗅ぎたくて時々三森 来夢のアパートへ向かう時はスマホの電源どころかそれを自宅に置いて向かう。

これは絶対に居場所がばれないよう、細心の注意を払っていたからだ。ただ自分の中では散々我慢して会う回数を抑えていたはずなのに向こうで再会した時は決まって同じ台詞を告げられてしまう。

「あれ?暗人君『また』来てくれたの?今日の差し入れは何かな~?」

まるでいつも足繁く通っているような言い方をされるのがどうしても納得いかなかったが彼はそっとケーキの入った箱をちらりと見せると三森 来夢や認識できていないホップンも喜んでいた。


「ところで愛美の捜査にはまだ進展がないの?」


家主が暖かい紅茶を用意してくれると3人と1匹は時間的に限られた中で夕食後のデザートを楽しむ中、初めて元『ピュアイエロー』の名前が出ると三森 来夢は少しだけ考え込んだ後こちらをちらりと見やる。

どうやら未だに若干の疑いを持たれているみたいだがこれは仕方ない。実際働いてはいないものの今も『ダイエンジョウ』の席は残っているはずだから。

「・・・あの娘もだいぶ無理して入り込んでるみたい。ちょっと危険かもって。」

黄崎 愛美は現在日本で最も有名なホステスと言ってもいいかもしれない。そんな彼女が今まで積み上げてきたコネクションを十全に利用して『ダイエンジョウ』の本部を洗い出そうとしているそうだがそれでも難しいという。

正直自分が働いていた時にはそこまで強力な力を持つ組織だとは夢にも思っていなかったのでこの長いこう着状態は予想外だったがそれでもいざとなれば叔父から無理矢理にでも聞き出せばいい。

無意識にそんな事を考えていた暗人を含め、その夜駅前の雑居ビルが並ぶ裏路地で蒼炎 りんかとパパ活JC達が相対していた事など誰も知らないでいた。








様々な理由があったが最初の因縁はほむらの為にりんかが父のお客様でもあった居酒屋『阿蘇山』を紹介したのが起因だ。

これによってほむらもある意味パパ活をしたのだと判断されたのでその斡旋役として木元 りんや小金井 しるばに目をつけられた事から始まっていた。

だが友人の事情を放っておけなかったから違法ぎりぎりの健全な方法を紹介したし、あかねも空手を習っている体で月謝をこっそり懐に入れ、それをほむらの為に使っていたのをりんかは知っていた。

なので少し変わってはいたがその道ではかなり有名な空手家の側面を持つ態蔵を紹介したのだ。そのせいかあかねの空手にも磨きがかかったのだが妙な冷酷さも生まれたのは想定外だった。

「またあたいらのシマに入り込みやがって・・・おい!今日こそギッタギタにしてやろうぜ?!」

「待ちなさいしるば。そんな事をしても何の得にもならないでしょ?ねぇりんか。上納金ってわかる?」

本当に自分と同い年とは思えない2人の態度に恐怖で心身が竦む中、震えを抑えるように自身の二の腕を強く握りながらりんかは強く突っぱねた。

「あなた達こそ婦警さん達に言われてたでしょ?もうそういう事は止めなさいって。その意味がまだわからないの?」

「何スカしてんだよゴラッ?!お前だって友人面して仲間を売りに出してるんだろっ?!」

これには恐怖よりも怒りが上回ったりんかが思わず眉を吊り上げて小金井 しるばを睨むが木元 りんは楽しそうにただ笑っているだけだ。


「いいのよ。そういうのはどうでもいい。ただ私達の狩場でうろちょろされると邪魔なのよ。だから・・・今夜はたっぷり痛めつけてあげなきゃね?」


それにしても彼女の生い立ちはどうなっているのだ。りんかと違って本当に人の心を持っていない木元 りんから漏れる気配にゴミを見るような双眸は同い年どころか同じ人間とは思えなかった。

それでも引かない理由と覚悟がこちらにもある。今までは友人の為と恐怖でそれを甘んじて受けて来た。

常に彼女の肌が見えない所にはかなりの頻度でいつも痣が残っていたのを誰も知らない。だがそれでいい。自分さえ我慢すれば友人達が楽しい学校生活を送れるのだからそれで・・・


「プリピュア!ブレイジングッ!!」


「「えっ?!」」

しかし今はそんな紅蓮 ほむらが敵対組織『ダイエンジョウ』へ『闇落ち』してしまっているのだ。プリピュアの任期も考えるとこれ以上無意味な時間を過ごす訳にはいかない。

彼女らの前でピュアフレイムに変身したりんかはより強い眼光で彼女らを見返すと静かに口を開く。

「・・・恐らくこの辺りは大きな戦いの場になる。だから親切心で忠告しておくわ。もう二度と、この辺りをうろつかないで。言っておくけど『私』から『あなた達』へ言っているのよ?意味はわかるわよね?」

決して正体をバラしてはいけないという禁忌を犯したのには自身の恐怖を払拭し、彼女達との力関係をわからせると同時にきっぱり関わりを断ち切りたいという公私混同も十分見て取れた。

「お、お前がプリピュア?!う、うそだろ?!」


どがんっ!!


更に信じさせるためにビルの壁を軽く叩くと大きなヒビと音が走った。まるで脅しているように見えるが実際これはピュアフレイムという特権を使った本気の脅しなのだ。

「敵対組織『ダイエンジョウ』はとても強いの。だから戦いの邪魔にならないようどっか行って。そして二度とここには来ないで。」

「・・・そ、それは今夜、ここで大きな戦いがあるという意味かしら?」

立場が逆転しても尚、強気な姿勢を貫こうと木元 りんが尋ねてくるがこれに答える義務はない。

「今夜じゃないかもしれないし今夜かもしれない。それは相手に聞いてもらえる?」

だが既に種は撒いてあるのだ。りんかもわざと思わせぶりな台詞を返したのにはある程度準備が整ったからに他ならない。


「それじゃさっさと消えてね。言っておくけどビルの瓦礫で下敷きになっても私の責任じゃないからね?」


今までの鬱憤も込めて最後はそう言い残すと呆気にとられる彼女らを放ってピュアフレイムは高く跳び、駅前に姿を現す。全ての決着と仲間や先輩が知りたがっている『ダイエンジョウ』の本部を突き止める為に。

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