元伝説の戦士が敵対組織に転職したようです。

吉岡 我龍

過去の栄光

 「お、おのれぇぇぇえええプリピュア!!!!我が野望の前に立ちはだかるかっ?!?!」


人々を絶望へと導く組織ダークネスホープの首魁ホープレスエンペラーが巨大な姿となり街を覆いつくす。その足元には赤、青、黄、緑、紫の希望を持つ少女達が迫りくる負の怨念を小さな手足からは想像もつかない力で跳ね返しながら対峙していた。

「レッド!!ここはあたしが食い止めるから先に行けっ!!」

ピュアパープルが自慢の剛腕を紫色に光らせると無数の巨大な拳がロケットパンチとなって周囲の黒い鞭をはじき返す。

「駄目です!!5人で力を合わせてあの技を叩きこまねば勝ち目はありません!!」

プリピュア達の頭脳ピュアブルーが冷静に分析すると力を溜めていたピュアグリーンが頷いて目一杯のウィッシュパワーを解き放つ。すると地面から無数の大木が一気に伸びあがりホープレスエンペラーの動きを一瞬だけ食い止めた。

「い、今だよぉ!!」

普段おどおどしているピュアイエローが必死で声を上げると5人は生成された木々を一気に駆け上って首魁ホープレスエンペラーの眼前へと姿を現した。

「貴様ら人間に希望などいらぬぅぅっ!!!プリピュアと共に全てを消し去ってくれるわ~~ぁぁっ!!!」

巨大な体躯とおどろおどろしい表情から鼓膜が破れそうなほど大声でこちらに叫ぶが既に間合いは彼女達のものだ。


「皆の希望を奪うなんて!!例えどんな理由があっても!!私達が許さないっ!!!」


ピュアレッドが普段見せない怒りを爆発させると各々が持つミラクルウィッシュステッキが眩い光を放って暗黒の塊だったホープレスエンペラーを激しく照らす。

「「「「「全ての人に輝く未来を!!!プリピュア!!エターナルブレイブハーートシューーーティンンンッグ!!!!」」」」」

5人のプリキュアが希望を一つに最後の超必殺技を繰り出すと一気に空が虹色へと変化し、七色の光に包まれたホープレスエンペラーの体はみるみる内に浄化されていく。


「ば、馬鹿な・・・・この、私がぁぁ・・・・ぁぁぁ・・・・・・・」


プリピュア達の最後の力は見事ホープレスエンペラーを打ち破り、その組織ダークネスホープも壊滅。人々は彼女達を大いに称えて世界が希望に満ち溢れた。



これが14年前の話である。




「ごめん翔子!君は魅力的だと思うけど恋人とは思えないんだ。だからさ、これからも良い友達でいてくれないか?」

そして現在。ピュアレッドとして活躍した5人のリーダー的存在、真宝使 翔子(28)は大学時代から思いを寄せていた同級生に告白し、見事振られていた。






 「何で・・・何でなのよぉぉぉぉ!!!!」

既に片手では数えきれない程振られてきた翔子はいつもの4人に連絡をしてからいつもの居酒屋で先に出来上がるまで飲み続けていた。

皆が揃った頃にはテーブルの上に振られてきた数と同じだけのビールジョッキが並んでいる。

「またか~翔子ちゃんは昔から要領が悪いよね~。」

ピュアイエローだった黄崎愛美はあざとい可愛さをそのままに当時と同じような口調で翔子をからかう。

現在はその容姿と男性受けのよい性格から夜の街では彼女を知らない者はいないと言われる程有名人になっていたがこの5人の前では当時のままの姿で接してくれる。

「翔子は確かにもう少し女性らしさというか可愛げ?みたいなのを身に着けた方がいいわよ。服装とかさ?」

ピュアブルーだった氷山美麗だけは既婚者であり現在は三つ年上の旦那と高層マンションに暮らす若奥様だ。

彼女は大学卒業後就職した大企業の先輩に見初められ3年前に寿退社、現在は専業主婦として自分の家と美貌を守る暮らしをしている。

「でも翔子はすごいと思うよ。7人目だっけ?あたしは今度振られたら生きていける自信ないな。」

ピュアパープルだった紫堂司は昔からボーイッシュな容姿と立ち居振る舞いをしていたがここにいる誰よりも恋にあこがれを抱いてきた。

高校時代に1つ年上の先輩に告白したもののそいつが彼女と寝る事しか考えていないチンパン野郎だった為他の4人がそれぞれのやり方で司を守ったのも懐かしい思い出だ。

しかしそれ以降彼女が恋愛を口にすることはなく、心の傷が原因でこれからも誰かを好きになる事はないのかもしれない。

「・・・・・」

ピュアグリーンだった三森来夢は昔から大人しい性格だったがそれは今も変わらない。翔子からすればこうやって会ってくれるだけでも嬉しいのだが彼女はプリピュア時代から怒らせると一番怖かった。

なのでむしろ静かなままが安心する。

「そもそも告白前にまだアレを言ってるんでしょ?もういい歳なんだしアレは止めれば?」

黄崎愛美が小悪魔じみた表情で冷やかしてくるも翔子からすればそれを止めるなんてとんでもない話だ。

「だって!!結婚するまでは清らかでいたいんだもん!!」

「・・・翔子らしいけどそれを納得してくれる男性ってなっかなかいないわよ?」

氷山美麗も呆れ顔だが人から言われて己の信念を曲げられる程融通の利く性格ならピュアレッドはしていない。

誰よりも純粋でまっすぐで、それでいて可愛かったからこそ当時ウィッシュフェアリーに選ばれてプリピュアになれたのだ。

「・・・あたしは翔子らしくていいと思う。むしろ変な男に引っかからないようそのままでいてほしいね。」

少し寂しそうな表情でおちょこにあった清酒をくいっと飲み干す紫堂司は本心そのものなのだろう。

それぞれが同情と共に各々の目線で翔子を慰める会。

出来る事ならもう二度と開催したくはないがこの先も着飾ることを知らない彼女が結婚までの純潔を約束してくれる男性など果たして現れるのだろうか?


「・・・昔に戻りたい・・・」


テーブルに突っ伏した彼女がそういうと周囲は雰囲気を変える。またか、という感情と同時に皆が多かれ少なかれ思っている願望だからだ。

当時14歳だった彼女らはウィッシュフェアリーに担ぎ上げられ可愛くて純粋なプリピュアとして一世を風靡していた。

ただ翔子達にとって戦いは常に真剣だったし周囲から必要以上に持て囃されていたのに気が付いたのは全てが終わった後だった。


それらを全て理解した時が人生の最高潮でありそれからは少しずつ忘れ去られて行き一般人の海に沈んでいく。


変身能力はフェアリー達がウィッシュワールドに帰って以来完全に失われていたし、未だにこうやって5人が揃うとつい誰かが昔の回顧録を持ち出すのもお決まりだ。

その中でもピュアレッドだった翔子の精神はあの頃のままで止まっている。まだ28歳という若さなのに過去の栄光に縋る彼女は同じプリピュアだった4人から見てもやっぱり痛々しさを感じずにはいられない。

「・・・あの頃は輝いてたわよね。毎日が・・・」

だが今日は彼女を慰める会でもある。氷山美麗は敢えてその意見に同意するとこの後5人は堰を切ったかのように昔の思い出話に花を咲かせていくのだった。






 結局酩酊状態になった翔子はいつも通り紫堂司にマンションの前まで送ってもらうとそこからは千鳥足で自身の住む8階を目指す。


「お帰りなさいませ。」


すると部屋の前にいたくせ毛と長身という見たことのないスーツを着た男がこちらに向かって挨拶を交わしてきた。

3人とは言わないがそれでも輪郭がぼやけて見えるのでよくわからない。声からすると男性なのは間違いないが。

「た、たらいま~?」

両隣に住んでいる人物でないのは確かだが真っ直ぐな彼女は酔いつぶれながらも返事はしっかりと返す。そして彼が傍にいるのを不思議には思いつつも鍵を開けて中に入ろうとすると。

「真宝使翔子様、実は貴女に折り入ってお話しがあります。少しお時間をいただけませんか?」

既に夜も更けて0時前だ。そんな時間に酩酊した独身女性の部屋へ上がり込もうとしているだけで警察を呼ぶには十分だろう。

しかし人とは少しずれた貞操観念と回らない頭、何より挨拶を交わした事が彼女の中でその人物に悪印象を持つことはなかった。

「どうじょ~。でももうおそいし少しらけれすよ~?」

半分寝ながらそう言うと男も静かに頷いて部屋の中へと入っていく。

現在公立中学校の教師をしている彼女は普段からしゃれっ気がなく部屋の中も綺麗にはしているものの若い女性が住んでいる風には見えない。

しかし机の上に立てかけてあるプリピュアメンバーとの記念写真だけは何故か妙な雰囲気を醸し出している。

男の為に座布団を用意すると彼は静かに正座で座り、こちらは自身の酔い醒ましも含めて冷蔵庫からウーロン茶を取り出すと震える手で何とかグラスに注いだ後テーブルにことんと置いた。


「ごっきゅごっきゅ・・・ぷはぁ!あ、ごめんなさい。で、お話しって?」


それを一気に飲み干した翔子はおっさん顔負けの動きを見せつけるとやや冷静さを取り戻しつつ男に尋ねてみる。

(・・・・・あれ?何でこんな時間に知らない男を部屋に上げたんだろ?)

だがそんな思考を他所に男は静かに名刺ケースを取り出してからまずは自己紹介を始めた。

「初めまして。私、秘密結社『ダイエンジョウ』の人事を務めているネクライトと申します。」

「・・・・・」

あまりにもふざけた社名とまるで漫画のキャラクターのような名前に彼女の酔いは一気に醒めていく。

「・・・色々と突っ込みたい部分はあるけど、まず秘密結社?って何?」

「はい。前期の組織がプリピュアに壊滅させられた為、来期からは我々が世界征服を企む事になりました。よろしくお願いします。」

「・・・・・いやいやいやいや。そんなご丁寧に挨拶されても?!」

5人のメンバー間以外で久しぶりにプリピュアの話題が出てきた事に思わず嬉しさが込み上げるも相手は敵対組織だ。

もしかするともう一度プリピュアとなって彼と戦えるのか?14年前全てのウィッシュパワーを使い切ってフェアリー達とも別れを告げたのに?


いや、心の中ではずっとあの頃の記憶が反芻されていた。


いつでも、今でもだ。自分達の青春時代は他の子達とは全く違う。アイドル以上にもてはやされ、核戦争以上に重大な責務を負って仲間達と戦い抜いてきた。


その眩しすぎる過去の栄光をひと時も忘れた事などない。そしていつでも思い、願ってきた。またあの日のように、輝かしい時代へと戻れたらと。


(・・・まさか・・・まさか本当に?!)


酔いは完全に醒めた。にも拘わらず来期?にはこの男が敵となるのか・・・などと己の年齢も忘れて脳内に大輪の花を咲かせていると。


「ええ。来期のプリピュアは手強いそうなので今回我々は元プリピュアであるピュアレッドを正式に幹部へと迎え入れたく参上致しました。」






 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私が幹部?」

「はい。ピュアレッドであった翔子様でしたら必ずや素晴らしい戦果を挙げて下さるかと。」

おかしい。相手は日本語を話しているはずなのに理解が追い付かない。元とはいえ私はプリピュアだ。プリティでピュア、純粋で可愛い存在のはずだ。

なのに何故敵対組織からお声を掛けられねばならないのだ??

「何かの間違いですよね?私がスカウトされるべきはプリピュア側からであって貴方達とは相容れぬ存在といいますか・・・」

「28歳にもなってプリティとかピュアとか自分で言ってて恥ずかしくないですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

世の中には事実を陳列するだけで罪と言われる事があるらしい。この男は正にその罪を犯した。ここは昔取った杵柄でいっちょレッドパンチをお見舞いすべきだろう。

無言で拳を作りすわった双眸で睨みつけるとネクライトは目に見えて冷や汗を流しながら弁明を開始した。

「い、いいですか?貴方達は・・・特に貴方は昔の輝かしい記憶に縛られています。しかし先程もお伝えしたように年齢・・・諸事情によりもうプリピュアとして戦うのは不可能でしょう。」

「・・・・・」

「で、ですので我々と致しましては誰よりもあの時代へ思いを馳せる貴女に、プリピュアサイドとして参加するのは不可能だとしてもこちら側で是非その経験を活かして頂ければと思った次第です。」

そう言われると弱い。何なら授業中だって、今日の告白時にだって勇気を出そうとあの時を回想していた程だ。


自分はプリピュア。誰よりも可愛く純粋で、そして強かった。


なのに14年という歳月がその記憶をどんどんと遠ざけていったのだ。あの頃には戻れない。どんどんと戻れなくなっていく。


「悩んでおられますね?では翔子様に耳よりの情報を1つ。プリピュアのブームと申し上げますか、最近では『光落ち』というものが存在します。」

「?!?!」

聞いた事がなくてもそのニュアンスでわかる。それは敵対組織にいる女の子が光に憧れてプリピュアとして生まれ変わる的なあれだろう!!

「こればかりはあちら側のさじ加減ですので我々がお約束する事は出来ませんがそれでも・・・もし可能なら・・・と、思われませんか?」

(な、何て美味しい話なの・・・こ、これは・・・)

醒めていると思っていたらまだまだ酩酊状態だったらしい。先程年齢の話で怒髪は天を衝いていたにも関わらず翔子の関心はすでに『光落ち』でいっぱいだ。

「いかがでしょう?もちろん幹部としてお迎え致しますのでお給金の方も今の3倍は固いですよ?」

「?!?!?!?!」

声にならない驚きに脳内は次々と悪魔のささやきを素直に受け入れた。現在手取りで20万強、その3倍となれば70万はいくはずだ。ということは月100万・・・執着があるわけではないが社会人として既に5年。

お金があった方が良いのは心身で理解している。そしてそれが全身に表れていたのかネクライトは満足そうに頷きながら鞄からタブレットと黒いブレスレットを取り出した。


「契約は成立のようですね。では我々からこれらを貸与させて頂きます。」


勝手に話を進められているが冷静な判断力を失っている翔子にもはや断る選択はなかった。それを手に取り静かに眺めていると。

「まずは腕に嵌めてみて下さい。そして『チェンジジェネラル』と仰っていただけたら変身出来ます。」


「チェンジジェネラル!!!」


もはやプリピュアがどうこうの話ではない。久しぶりに自身が変身出来ると告げられた翔子は疑いもなく瞬時にそう叫ぶと自身の衣装は見事な軍服へと変わっていた。






 「・・・ちょっとこれは・・・少し過激な・・・うん・・・」

体を捻らせて全身を確認しつつ今度は姿見で再度チェックを入れるとまず目に飛び込んでくるのは間違いなく動けば見える短いスカートと絶対領域を作り出しているニーブーツだ。

だが顔を隠すような大きな帽子と全体的には可愛さを感じる為気恥ずかしささえ除けば非常に満足だ。

「とてもよくお似合いです。あと武器はジェネラルウィップがあります。基本はそれで戦って下さい。」

「ジェネラルウィップ・・・」

呟きだけでもブレスレットが反応したのか右腕にはいかにもな長い鞭が蛇のような形となって右手に握られている。

(・・・今度屋外で試そう!)

「そしてこのタブレットでは業務報告などが行えます。初期設定は翔子様のよく使われているメアドで登録させて頂きました。」

「ちょっと?!私の個人情報駄々洩れなの?!」

「我々はそういう組織ですから。」

言われてみれば当然か。何せプリピュアと敵対するのだ。悪事の1つや2つは当たり前・・・・・


「・・・私も悪事に手を染めるの?」


「悪・・・ですか。それはどの角度から見ての言葉でしょう?」

やっと自分の犯そうとしていた罪に気が付いた翔子は先程までの高揚感を一気に霧散させるとネクライトは不思議そうに小首を傾げる。

「我々の仕事も社会には必要なのです。特に今回の『ダイエンジョウ』は翔子様が戦われた時と違い人々に熱い熱を分け与える事が目的なのですから。」

「熱・・・熱か。」

自分が戦った相手ダークネスホープは人々から希望を奪い世の中を絶望で満たそうとしていた。現代では冷めた人間が多いとも聞くしそう考えると『ダイエンジョウ』の掲げる企業理念は悪くないのかもしれない。

「不正やら事故やら後ろ向きなニュースが世間をにぎわせている今の世の中を一緒に変えていこうじゃありませんか!」

最後にネクライトが今日一の声でこちらに握手を求めてきたので翔子もついその手を取る。


(・・・・・まぁ嫌なら辞めればいいか。)


完全に副業だと勘違いしていた彼女はその夜そそくさと出て行ったネクライトを見送った後、大きなあくびをしてから軍服姿でベッドに飛び込むと懐かしいプリピュア時代の夢を見ながらお昼過ぎまで爆睡した。

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