新たなる一歩へ―①―

 普段から逃避の為に大量の酒を摂取している翔子は二日酔いなどと縁がない。

『ダイエンジョウ』の幹部となった朝、そのコスチュームに身を包んだまま寝ていた彼女はゆっくりと体を起こして再度姿見でそれを確認する。

「・・・・・うへへへへ。」

寝起きのデンションから可笑しな笑い声を漏らしていたがその理由は確かに感じる作りの良さからだ。彼女はあれ以降ずっと過去の栄光に囚われていた。

それは趣味であるコスプレが如実に物語っている。部屋のクローゼットには毎年のように作ってきたピュアレッドの衣装がずらりと並び、最近のものだとほぼオリジナルに近い質感と造形を表現出来ていたがそれはあくまでただの衣装に過ぎない。

「ジェネラルウィップ!!」

しゅいんっ!という音と共に幹部用の鞭が手の平に納まると嬉しくて何度か飛び跳ねる。どういった原理かわからないがこの浮世離れしたシステムが自分の過去を強く想起させるのだ。

再びあの世界に足を踏み入れたのだと。形は違えどあの日に戻れたのだと思うと嬉しくて仕方がない。

(どうしよう?皆にも教えたいな・・・)

しかしプリピュアだった頃はその正体を明かしてはいけないという決まりがあった。それは自身の家族や大事な人を巻き込みかねないといった理由からだが、では敵対組織の幹部だとどうなのだろう?

昨夜貰ったタブレットで秘密結社『ダイエンジョウ』のアプリを開いてみるとまず眼に飛び込んできたのは企業理念だ。

『冷え切った社会に熱い魂を!』

あまりの胡散臭さに言葉を失うがまずは目的の行動規定について調べよう。使い慣れているIDとパスワードを打ち込むと早速業務連絡のメールが確認出来た。

簡単な挨拶とこれからの予定、そして幹部という立場から今後気をつけてもらいたい内容等・・・と、そこに正体は必ず隠し通す旨が書かれている。

「まぁそうよね。これはどっちの立場でも同じか・・・・・」

そもそも自分が敵対組織に就職したと知って元プリピュアメンバーが喜んでくれるとは思えない。

この胡散臭い組織で自分はどういった立ち回りをしていくのだろうか。もしあまりにも非道な行動を強いられたらその時は黙って去ろう。そして金輪際この記憶は封印し墓場まで持っていく。

自分の中で今後の方針がまとまると寝覚めの一杯を冷蔵庫から取り出してそれを一気に飲み干す。と着心地のよい軍服の感触が翔子の思考をまたも昔の栄光に染め上げていく。


(・・・まずはこの衣装と武器を確かめに行こうかな!特に就業以外で使っちゃ駄目とも書いてないし!)


自分達が相手にしていた組織の幹部もプリピュアに劣らず超人的な力を身に着けていた。想定通りなら恐らくこの衣装にそういった力が備わっているはずだ。

目先の欲を満たすために渡されたタブレットで組織内の情報を閲覧しつつ軍服の解除方法と他の機能についてしっかりと知識を叩きこむ。

そして夜が更けると近場の公園に足を運び、そこで変身を終えた翔子は数十倍にもなった身体能力を使って夜の街を駆け抜けるとそのまま最寄りの海岸に到着した。


「・・・わ、私は・・・もう一度あの世界に戻ってきたぞーーーーーーーー!!!!」


ほんの少しの後ろめたさとそれ以上の悦びを胸に大声で海に向かって叫ぶとジェネラルウィップをぶんぶんと振り回す翔子。

ある程度戦闘を想定した動きを試しつつ、非常に満足のいく時間を過ごした後は再び建物を飛び越えつつ家に帰るとその日は酒の力を頼らずにぐっすりと熟睡出来た。






 (ジェネラル・・・ジェネラルか・・・)

教師という立場にも関わらず翔子は授業中も新たな名前についてずっと考えていた。というのもジェネラルはあくまで仮名であり新たな名前を申告する必要があるからだ。

こちらからの要望が無ければ向こうが勝手に決めてしまうそうなのでそれならばと何か良い名前はないものかとずっと頭を回転させているのだが。

「・・・先生。ジェネラルって何ですか?」

生徒の指摘から自分が黒板にジェネラルと10個くらい書いていたので慌ててそれを消す。

「何でもないの。気にしないで。」

頬を紅潮させつつも何とか平静を装いながら授業へと戻るもやはり翔子の頭の中は自身のコードネームでいっぱいだ。

「・・・・・先生?ジェネラルって何ですか??」

「・・・ひゃっ?!な、何でもないの!」

再度20個ほどジェネラルという文字を黒板に書いていたのを慌てて消しながら取り繕うもこの日は全く授業にならず、主任に少しだけ注意される始末だった。




(はぁ~・・・ジェネラル・・・そもそもジェネラルって入れようとするからいけないんだわ。)


放課後になっても頭の中はその事で一杯だった翔子が深いため息をつきながら廊下を歩いていると前からガラの悪そうな三人の生徒がこちらにむかって歩いてきた。

普通ならお互いが行き違うだけの場面だったはずだ。しかし校内でも問題児として扱われている彼女らはあえて上の空だった翔子に真正面からぶつかって来る。


どんっ!!


「あっ?!」

「ってぇな?!」

あまりにもどすの利いた声は女子中学生とは思えない。しかし平均身長よりも高くすらりと伸びた手足に赤みがかったストレートヘア、そして険しい顔の作りではあるものの確かな可愛さを持つ彼女、紅蓮ほむら(13)が声を荒げて睨みつけてくる。

彼女としては凄みをきかせているのだろうがこういった人種はガンを飛ばす際必要以上に顔を近づけてくる。

(・・・相変わらず可愛い顔してるなぁ。)

そして相手は一般的な女性よりも少しずれている翔子だ。これにはプリピュアとして戦い抜いてきた経験も大いに関わっているのだがそんな自己分析など出来るはずもなく、彼女の関心は凄みに触れる事無く単純にその容姿へと向けられていた。

「よしなさいほむら。その人変わってるから絡んでも面白くないわよ。」

そんな彼女の悪友である1人、名前は蒼炎りんか(13)という。彼女は学年でもトップに近い成績を納める秀才なのに何故かほむら達とつるんでいるのは先生達の間でも噂になっている。

ただ家が裕福にも関わらず家庭訪問や三者面談で両親が顔を出した事がなかった為複雑な家庭環境がそうさせているのだろうと納得はしていた。

「ほむらちゃんが痛いって言ってる!!私、許さない!!」

そして一番身長が低くて元気な子が火橙あかね(13)だ。彼女はほむらの幼馴染らしいが時々見かける様子だと都合よくパシられている場面が目立つ。

これに関しては翔子もいじめでは?と何度も職員会議で提言していたが己の評価しか考えていない担任および同学年の先生、挙句教頭や校長も認めるどころか調査の話さえ出てこない。

「確かになぁ・・・もう少しきょどってるとこ見たいよなぁ?あたしの体が傷ついたんだしなぁ?おいあかね。」


ずむっ!


「はうっ?!」

まるでキスするかの距離まで迫っていたほむらが名前を呼んだ瞬間あかねの力強い拳が翔子の柔らかい腹部にめり込んだ。

14年ぶりに感じた体の痛みに思わずうめき声と共に懐かしさも込み上げてきたのだがそれが悪かったのか、こちらの表情を覗き込んだ3人は妙な顔でお互いを確認し合っている。

「・・・まさかМっ気があるなんて。これはこれで面白いわね。」

「げっ?!そうか?あたしはもう関わらないでおくよ。いこうぜあかね。」

「う、うん。」


これが2年生になる前の彼女らとの邂逅だった。

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