3-10 分かれ道



 岩壁に囲まれた要塞、光焔こうえんを後にした無明むみょうたちは、次の目的地である金華きんかへと向かうことになる。


 途中までは崖の細い道を進み、ぐるぐると螺旋のように下っていく足場の悪い道を一列に並んで歩く。時折、岩の隙間から覗く小さな花に癒されながら、前を歩く伯父である虎斗ことの背中を追う。


「伯父上、金華きんかまではどのくらいかかりますか?」


 金華きんかの地で行われる仙術大会に、金虎きんこの一族の代表のひとりとして出場することが決まっている竜虎りゅうこは、いつもと違ってどこか落ち着きがないように見える。各地から集まってくる術士たちとの力比べに、今からわくわくしているのだろう。


「この崖を下って、森を抜けてだから····早ければ二日くらいかな?」


「二日ならすぐですね!」


 そんな竜虎りゅうこの五歩くらい後ろにいる清婉せいえんの足取りは非常に重い。それもそのはずで、この崖の道はまあまあ高い位置にある。そのため、下をなるべく見ないように崖の壁側にしがみ付きながら恐る恐る歩いているせいで、どんどん前のふたりが遠のいてしまうのだ。


「ねえ、大丈夫? どんどん離れていってる気がするけど、」


 さらに後ろを歩く逢魔おうまが半笑いで清婉せいえんに訊ねる。すると清婉せいえんは引きつりながらも逢魔おうまの方をゆっくりと振り向き、真っ青な顔で訴えるような眼差しで見上げてきた。かなり腰が引けていて逆に危ないと思うのだが、本人はそれに気付いていないようだ。


「すみません、私、高い所が本当に苦手で····あ、でも紅鏡こうきょう碧水へきすいの間の吊り橋よりは幾分かマシ····なんですが! やっぱり無理なものは無理なんです!」


「あ、だから欄干の上で遊んでた時に真っ青な顔してたんだぁ。おもしろ~」


「ひ、ひどいです····」


 涙目で清婉せいえんが口を尖らせる。逢魔おうまはふふんと鼻で笑って、じゃあ俺が抱っこしてあげようか? と飛び切りのキメ顔でふざけ始めたので、呆れた様子で白笶びゃくやが止めに入った。


「いい加減にしろ。抱き上げたらますます高い位置になる」


「あ、バレたか」


「どっちにしてもひどいです!」


逢魔おうま清婉せいえんをイジメちゃ駄目だよ?」


 無明むみょうはくすくすと笑いながら、優しい口調で逢魔おうまに形だけの注意をした。


「じゃあ、荷物半分持ってあげる。ひとりじゃ大変でしょ?」


 はいともいいえともいう暇もなく、ひょい、と清婉せいえんが背負っている荷物を奪い、逢魔おうまはそのまま追い越していった。


「え····ええっと、私はどうしたら?」


逢魔おうまが好きでやってるんだから、甘えていいと思うよ」


 ぽかんとしている清婉せいえんに、無明むみょうが手を差し伸べる。手持ちの荷物だけになった清婉せいえんは、おずおずと自分よりひとまわり小さい主の手を取った。こうしている間にも、どんどんと竜虎りゅうこたちは先に行ってしまう。


 最後尾は白笶びゃくやだが、特に急がせるような素振りもなく、清婉せいえんはほっとした表情で無明むみょうに視線を戻す。じっと見つめすぎたせいか首を傾げて見上げてくる無明むみょうは、どこか大人びた感じがした。


無明むみょう様、本当に一緒に行かないんです? 寄り道はすぐに終わりますか? あとでちゃんと合流するんですよね?」


 途中で二手に分かれることを聞いていたが、今までずっと一緒に行動してきたこともあり、なんだか不安になる。虎斗こと竜虎りゅうこと一緒に先に金華きんかの地に向かうことになっている清婉せいえんは、白笶びゃくや逢魔おうまがついているとはいえ、やはり心配だった。


「大丈夫だよ。ちょっと遅れるだけ。どちらにしても青龍との契約もあるから、金華きんかの地には行かないとだし。それに、清婉せいえん竜虎りゅうこたちと一緒の方が安全だもん」


 この先、烏哭うこくに神子として命を狙われる可能性もある。四天してんたちがいつ現れてもおかしくない。それを考えれば、離れていた方が安全なのだ。それに伯父であり白獅子である虎斗こともいる。金華きんかに入れば術士たちも大勢集まっていることだろう。


 清婉せいえんはそれに対して頷くことはせず、静かにゆっくりと歩き出す。無明むみょう白笶びゃくやがそれに合わせるように後ろからついて来る。聞こえてくる会話はほとんど無明むみょうの声だが、時折それに応える白笶びゃくやの声は低いがどこまでも穏やかで優しい声音だった。


「仙術大会ってことは、虎宇こう兄上と顔を合わせることになるかも」


「私、あの方苦手なんですよね」


「え? そうなの? 面白いのに~」


無明むみょう様····それはなにか違う気が、」


 あの奉納祭の時の様子を見た限り、かなり険悪な関係だったはず。元々従者たちの間でも不人気な第二公子。彼の護衛兼従者であるてんには同情の声もあった。しかしながら、てん自身の口から第二公子への不平不満は一度も発せられたことはなく、それが清婉せいえんたちには不思議で····。


虎宇こう兄上はすごく真っすぐで素直なひとだから、揶揄うと楽しいんだよ? 頭も良いから、ふざけるとすぐに全力のツッコミで返してくれるし」


 かなり言葉は辛辣だけど、と呑気な口調で無明むみょうは鼻歌を歌い出す。清婉せいえんはそれを聞いてますます不安になる。ふたりが顔を合わせたら、なにか起きそうな予感が····いや、今は考えないようにしよう。


 話している内に気が紛れたのか、気付けば崖を下り久々の平地に辿り着く。崖の道を歩いていた時にはその先の景色を見ている余裕がなかったが、森の先に高い塔のようなものが見える。天にも届きそうな楼閣。富の象徴とも呼ばれる青龍が祀られているとされるその楼閣は、金華きんかの都の中心に存在する。


「あれが、蒼帝楼そうていろう····、」


 その天辺に四神の玉が封じられているらしい。竜虎りゅうこは口を半分開けてそれを見上げ、圧倒されている。近くで見たら、さらに首が痛くなることは間違いないだろう。


「じゃあ、俺たちはここで。数日後には合流できると思う」


「大会には間に合いそうか?」


「たぶん、大丈夫だと思う。あんまり張り切りすぎて怪我したら駄目だよ?」


「お前の方こそ、変なことに首を突っ込んで、事をややこしくするなよ?」


 竜虎りゅうこは自分で言っておいて、絶対になにかひと悶着起こしてきそうだな····と不安を覚える。白笶びゃくや逢魔おうまが一緒だが、無明むみょうのすることを止めるかと言えばそれは否。


金華きんかの都で逢おう」


 それでも自分たちの許へ帰って来ると信じているからこそ、それ以上の言葉は不要だった。


「気を付けて。光架こうかの民は色々と面倒なひとたちばかりだから、覚悟しておくんだよ?」


 虎斗ことはなにか嫌な思い出でもあるのだろうか、苦笑を浮かべている。


無明むみょう様、危ないことはしないでくださいね?」


「うん、じゃあ行くね」


 言って、無明むみょうたちは左側に聳える山の方へと向かって行く。


 竜虎りゅうこたちはそのまま真っすぐに金華きんかの地へと足を向けた。分かれた道のその先で待っているものがなんであれ、お互いに進むしかないのは同じ。


 灰色雲が集まってきた空模様に雨が降らないことを祈りつつ、一行はそれぞれの目的地へと歩み出すのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年11月24日 07:00

彩雲華胥〜轉合編〜 柚月なぎ @yuzuki02

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ