ドラゴンズ・アンド・フェアリーズ

村上 雅

第一章 - その一


           ドラゴンズ・アンド・フェアリーズ


                第一章

            その一


 ついに来た。嫌、俺は来てしまったんだ……もう。

 今更いまさらな後悔なんかしったて無意味なのは分かっている。しかし、何も頭には浮かばない。なんも計画なんてなく、ただ怒りに駆られアイツのあとを追ってきてしまった。

 今、俺の足元の土は乾燥しきっていて、トレッキングシューズの厚底の下の少し膨らんだ土の塊は硬そうにみえても、軽く踏むと砂のようにつぶれる。

 俺の目に見えるものは、ただ枯れた草が点在してはいるが、見渡す限り荒野ってところだろうか。どこに行けばいいのだろうか、まるで見当もつかない。

 本当に頭真っ白で唯々ただただ立ちすくむ、そんな俺は仕方なく絶望気味に空を仰いだ。やはりここは異世界なのだろうか、もしくは俺の住む地球とは違う惑星だろうか? 俺の目には太陽がふたつそんなに大きくはないが空にある。太陽がふたつもあるのに地球とそれほど変わらない気温だ。ふたつある太陽がそれほど大きくないのは、この地からかなり離れたところにあるからだろうか?。

 空の色もなんだか真っ青ではなく、なんとなく赤みのあるっていうか、少し紫がっかてみえるが、まあ、そんなことどうでもいい。

 俺はこれからどうすればいい? どこに向かえばいい? まったく分らん。

 周囲を見渡すと、少し離れたところに木の枝のようなものが目にとまり、それを拾いにそこに行き、その枝を手に取てみた。しかし、その枝は、枝というより棒に近い太さがあって、野球のバットより少しだけ長く、少し湾曲わんきょくしていた。

 俺はとりあえず、その棒を空にむかいクルクルとこうえがくように高くぶん投げ、落ちた棒のとがった方の示した先を眺め、そこに行くこととした。

 行く当てもおぼろげな俺の足は、希望など見えない方へと向かうが、手に取った棒を見ると、思いのほか先はかなり尖っている。反対側の方へ目をやると、かなり太い、長さとしては俺の片腕の幅より少し大きい。質感と少し湾曲った形状からしても何か大きな生き物の牙という感じに見えるのだが、持ってみての感想は何だか軽い。かなり時が経ちすぎてて中身はスカスカの骨って感じで、牙にしては情けない代物しろものに感じてしまうほどだ。

しかし、これが牙だとしたら、こんなものを持っているヤツがいるとなれば、俺が来たこの地はとてつもなく恐ろしい、俺はその瞬間背中に冷たいもの感じ、まわりを見渡し確認をし、少しでもその場から離れたい、と行く当てもなく歩き始めた。


一時間ほど歩いただろうか、何だか俺はヤツの計略にのってしまいここで死ぬのではと時折かすめる思いに、仕方のないこと、と半分は俺自身が招いたこと、と自身の覚悟のなさをおさえつけた。しかし、照りつける太陽は、長袖のジージャンのおかげで直接肌を焼かないまでも、この地を照らす二つの太陽は荒野の地表をじっくりと温め、俺は蒸し焼きにされる思いだ。ちなみに、不運なことに俺の着ているジージャンにジーパンは両方ともに黒い。

さらに歩いていると、生命感のないところへと来た思いだったが、動物の朽ちた死骸とたまに骨や牙などが目に入ることが多くなってきた。如何どうやらその動物らの生存競争となるテリトリーに足を踏み入れてきたようだ。五体まんまの死骸を見てみると、生存のままの体格を想像するに大きな豚やシェパード犬くらいだろうか、だが大きな牙があるっていうことは、どうやら好戦的な種類のようで、これからはまわりや周囲に気を配ってなければいけない。そう思っていた矢先に足を向けていたかなり先でこちらににらみをきかせる影が陽炎かげろうの向こうでゆらついて見えた。そいつは戦闘態勢に入ろうとしているのか、後ろ足で地を蹴って土煙を出し、そこから凄い勢いでこちらへと猛進してくる。辺りを見てもどこにも逃げ隠れをする場所はない。仕方なく俺は持っていた牙を握りしめ腰を屈め、迎え撃つ構えをとった。

ヤツは猪のように土煙を上げながら突進をしてくる。近づいて来ると次第に風貌ふうぼうがハッキリしてるが、まるで狼のような毛と俊敏そうな体格をしいている。俺はひるむ暇などなく、ヤツが目の前にきて大きく口を開け大きな牙で俺のど元を狙い跳んできたと同時に左に身を交わし、ヤツが過ぎた直後、俺は渾身こんしんの力で持っていた牙の細いほうを両の手で持ち、太いほうをヤツの後頭部へと打ち込んだ。

打った瞬間、手ごたえは十分あった。振り下ろした牙はヤツの後頭部を打ちながら同時に脊髄せきずいにも入りクリティカルヒットで、ヤツの脊髄は断切されキァウーンと甲高く泣き後ろに落ちていった。

ヤツの第二の攻撃に用心し振り返るが、ヤツは倒れもう立てないようだ。足が大きく痙攣けいれんをし、口には泡を吹かせている。

倒れたヤツをじっくり見ようと近づき、泡を吹く口元に持っていた牙の細い先で触れた刹那、バシッと音を立て電気回路がショートしたかにように一瞬火花が散り煙が立ち上がった。

もしや、この獣に咬まれると痛いだけではなく同時に俺の肉は焼きただれる、ってことだろうか。試しにもう一度もう死に絶えた獣の口に牙をやると、またバシッと火花が立ち上がった。

またこの獣に出会うことがあればかなり用心をし、あまり接近戦はひかえないといけない、少し咬まれただけでもけっこうなダメージをうけるのかもしれない。

だが、そのような心配をよそに、また倒した獣と同じヤツが現れた。気を落ち着かせる暇もなくまたの危機に臨戦態勢をとり、やってきそうにグルグルと呻る敵に向かい先ほどのヤツを倒した時と同様にやってしまう戦法で立ち向かおうと、牙の細いほうを両の手で強く握りかまえたが、右端の視野に三頭の獣の姿が見え、更に左のほうからも二頭出てきた。

クオゥーと正面のヤツがほええると、それを聞いた左右の獣たちはゆっくりと歩を進めてきた。逃げようにも先ほどの獣の突進してきた時の速度を思えば到底逃げきることは不可能だろう。今はやって来る敵に隙をあたえず、じりじりとゆっくりと後ずさりをしながら、まわりかこまれないようにあいつらを一つの固まりにしたほうが、攻撃にも標的を一方へと集中ができる。

あとはこの軽い牙を思う存分振り立ち向かうだけだ。持つ手にも汗を感じる。その刹那、なぜか脳内にアドレナリンが噴き出したかのように、俺の中に戦場の神アレスの息吹きを受けたかのように戦意が全身を駆け巡るのを覚える。不思議な感覚だ、何者かが俺の中にいる。どうしようもなくそれを感じる。俺の中にいるヤツは、多分笑っている。戦いを真近にし、やって来る恐怖を目の前にし、悦びに似た咆哮ほうこうとどろがせたい思いで身を振るわせる。

俺は、そいつのそのいようもない奮起ふんきたまらず呼応し、武者震いとともに獣たちにむかい、大きくうなりを上げた。

これは果たして俺なのか、俺自身からの声なのか、まるで周りの空気を振るわせるほどの図太く低い呻りに、出した俺もひるんだが、歩を進めていた獣たちも一瞬に身を屈め、情けない声を出し動けずにいたのを後ろにいたリーダーらしきヤツが、グオゥーと吠え早く俺を襲えと命じる声に、また立ち上がり自信を鼓舞こぶするかのようにクオォーンとけたたましく吠え出した。それを聞いた俺になぜか不意に笑いがこみあがってきた。

視線を前にしていた俺だったが、左端の一頭が駆け出してきて、それを合図に他のヤツらも駆け出した。最初の左端の一頭が来ると思いきや、フェイントをかけピッタと止まると、そこを見ていた俺の目の右端から猛然と跳んでくる影があり、それを両手では間に合わず、すかさず右手一本で顔面をぎ払った。打ち込まれた獣は、声を出す間もなく軽く吹っ飛んでいくのが見えたが、真ん中のヤツも続けとばかりに、跳びかかって来るのを待っていたかのように左の二頭も一斉に襲いかかてきた。俺は無意識に薙ぎ払った右手を後ろから前に上段の構えに左手を添え獣の脳天に振り下ろし、下ろした牙を右手の獣にアッパーカット気味に振り上げ、左手に跳びかかてくる二頭に、左足を一歩出し真横にバットをスイングするかのごとく一発で次々と打ち込んでやった。

それは一瞬の出来事で、手に振り下ろした牙をとおして一頭ごとに結構な衝撃が確かにあった。軽かった牙は折れてはいないかと心配で目をやると、血で赤くなった太いほうはまるで血を吸い込むように血はフェードアウトしていき、拾った時のままの牙の状態になっていた。それと同時に、手に持つ牙が少し重くなったような気がした。

少し離れたとこにいたリーダー的獣に目をやると、そいつは大きく空に向かい遠吠えを二度長くして、こちらに来る気配なく、なぜか自分の周りをただグルグルと回ている。もしや、あいつは他の獣たちを呼び待っているのでは、と気になり、それはまずい、それなら早めにあいつをやらなければ、と思いそいつのもとへ走り出そうとしたところ、あいつの後ろから続々と獣たちが土煙を出しながらこちらへと駆けてくる。

一歩遅かったか、と一瞬ためらったが、そのあと不思議なことにまた笑みがこぼれた。この俺が、戦いを望んでいるのか? おかしい? 格闘技や口喧嘩にしても余計なことなど敬遠してきた俺が? ましてやキャンプ関係の情報誌のライターの俺が、戦いなど好むはずはない。しかし、そうは思っても体の血はうずいている。なんとも抑えきれない衝動に駆られ、戦場のワルキューレが俺に戦いのもとラグナロクへの招待者候補になり得るのか、問いただし戦うことを望み、それを俺の中の血は応えようと、その戦うことを渇望かつぼうしている。

訳も分からず俺は、疼く血に突っつかれ衝動に駆られ奇声を上げながら笑いとともに突っ走っていた。

 だがこちらへやってくる獣の群れは、狩りや戦いに慣れているのか、初めにブイの字に陣形を取り俺を間近にしてダブルの字に陣形を作りながら、両翼が速度を一気に上げ俺を左右から挟み込むようだ。

戦略などこれまで考えたことなどない俺だったが、本能的に片方の俺から見て右翼のほうから先ずは蹴散らせば獣たちの陣は崩れる、と俺はそうみ、その考えが浮かぶと同時に俺は右へと走り出していた。俺の考えはまとを得ていたようで、左翼の中腹へ突っ込みながら牙を左右前方と烈火のごとく縦横武人じゅうおうぶじんに薙ぎ払い突き進みながら、逆に獣たちの横から中心へと向かうと、獣たちは戦うことを忘れ向かうことなく近づけば身をかわし逃げるのに必死となり、それでも更に追いかけていた俺の耳にリーダーの大きく吠える遠吠えが長く三度聞こえ、それを合図に獣たちは一気にリーダーの下に逃げていった。

それからしばらく獣たちの鳴き声が始まり、その中をリーダーがあいだくようにしてこちらへとやって来るのがみえた。

なんだ、と首をひねる俺のもとにリーダーはきて、伏せた。目はきりっと見張り俺を凝視ぎょうししている。如何やらこいつは、なにごとかの覚悟がついた眼をしている。

俺は何だか哀れな感情を持っているのに、なぜか血はまだ血をほっしているいるかのように、牙をゆっくりと上段へと持ち構えようとする。俺は呻りながら、自身の魂の奥深くで沸々ふつふつと戦いを渇望する感情を撫で冷ますのがせいいっぱいで、二の足をえる獣のリーダーに「もう戦わなくていいのか?」と訊くと、答えなのか、心気なくキュイーンと犬のように鳴き、戦意を放棄した覚悟をみせ、その声に俺の中でくすぶっていた殺気も失せたみたいだ。

俺に生死をゆだねた哀れなリーダーに近づき頭を軽く叩き撫でると、リーダーはすくっと立ち上がり後ろの群れにかなり長い遠吠えを送た。それは群れに長い別れを告げているよだった。

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