第一章 - その九



                その九



 遥か彼方、四方の空の向こうより光がひとつの方向へと向かっている。その光を見た人々は、神々こうごうしさをおぼえみな両手を胸元におき祈った。

ヴォーナは、その光の気配を感じとり感嘆かんたんの声をげた。

「おおぅ、来るか。やっと、この男を救いに、そして我の前へと姿を現すか……なんともいようのないマナを感じる。それほど離れたとこより、あのように我の十二使徒の足を止めさせるとは、うーん、待ちきれんな」

 ヴォーナの目の前では、彼女の率いる十二使徒たちがキールを護るため水と土で防御された壁へと進もうとするが、風と炎の攻撃にあい思うように近づけず、わずかにその攻撃をかわし近づけた者は、キールを護る土のかたまりが鉱物、鉄となりその者を打ち、その者の着ているものを打ちこわし、その鎧はバラバラに弾き飛ばされた。

「ふん、やるではないか、なれど我が十二使徒を甘く見るな。どこまで持ちこたえるか楽しみだ」

 崩れ落ちた十二使徒の鎧は元の形を作りなおし立ち上がり、再度戦いに参戦していった。

「ふーん、なれどやはり低級の十二使徒などでは相手不足で、相手の力量などし量るなどできんようだな。ギヴァン、そなたの軍兵をこっちに召喚させろ……なかなかやるではないかフェアリーズども、もう我は武者震いがしてたまらん」

 ヴォーナはそう言い、震える肩に両手で抱きしめもだえ、その中で彼女の目はうつろとなりえつの喜びにひたった。その喜びは、幾数千人のもの男たちでも今のヴォーナを悦ばせるものではなかった。そして彼女は、 なにを思ったのか傍にいたレンの体を手繰たぐり寄せ、レンの唇を奪った。唇を奪われたレンは最初ヴォーナから離れようと藻掻もがいたが、いずれレンは目を閉じ両手をだらんとさせヴォーナに身をまかせた。そこにギヴァンが、ヴォーナの後ろにまわり込み、彼女の髪を一気に引っ張った。

「ヴォーナ様、お気を確かに、戦いを前にし、またですよ。このままではレン殿がまたセイレム殿同様に再起不能になり迷宮の療養所送りとなってしまいます。ですからその手を、レン殿から放してやってくださいませ」

 髪を引っ張られて正気にもどったヴォーナがレンを見ると、レンはぐったりとしヴォーナに抱きかかえらていた。

「おお、レンよ、すまぬ。我としたことが、また……」

 レンは閉じていた眼を薄くあけ消えいる声でぽつりと声をもらした。

「いいえ、ヴォーナ様、私の精気をお吸いになられ、私自身がヴォーナ様の一部になった気がしてうれしいです……」

 そう言い、また目を閉じた。幾分ヴォーナの腕の中でやつれたレンをヴォーナはどさっとその場に落とし、空をあおぎぎ見、うれしそうに言葉を発した。

「来るぞ。やつらがそこまで来ている。ギヴァン、そなたの軍はもう用意してあるんだろうな」

かれたギヴァンは、ヴォーナの足元で瀕死ひんしのレンを介抱かいほうしていて、うれしそうに答えた。

「はい、ヴォーナ様、見てやってください。あのように先進気鋭せんしんきえいの私の軍は先ほどから後方にてヴォーナ様の号令を待ち望んでおります」

 ギヴァンの示す手の向こうで、くすんだ鎧のような黄金こがね色を発した昆虫のような兵たちが異様な動きをしながら待機していた。それを見たヴォーナは、ふんふんとうなずき「よかろう」と言った刹那、空に目をやった。

「おお、やっと来たか……十二使徒は、ギヴァン兵にその場をゆずり、後ろへ一時退却だ。ギヴァン兵は、ギヴァンの指揮のもと指示が出るまで動くな」

 ヴォーナは、これから始まる戦いに目を輝かせ空を見ていたが、空の四方のから光がり飛んでくると、キースの頭上にあつまり、光はヴォーナの目の前に降りてくるのと当時に人の形となった。薄いベールのようなころもをまとい涼やかな表情でヴォーナに視線をおくっていた。

「うぅん、あのようなました顔が、我は気にくわん、嫌いだ。されど、その顔がどうにもいかん、とあきらめの極致きょくちおちいっての恐怖を覚える顔を見るのが我は好きだ。さあ、ダームとエイムのつかわし者よ、戦いの前口上まえこうじょうを許してやろう。思う存分に我に悪態あくたいくがいい」

 四人の妖精たちは、ヴォーナの声が耳に入らないのか、呼びかけにはなにも反応を示さず、その中の淡い水色の衣と淡い黄色の妖精が、なにやらかすかに口元を動かせている。

「うっ、うぬ、さすがだ。我を目の前にし、怖気おじけることなく、そなたらへと課された使命を成しげようとする、その心意気、我は気に入った。そこに焼けてくすぶる男がダームとエイムのせがれなのかは知らぬが、我はダームとエイムの子と同じくそなたらを我は頂くことを、ここに宣言しよう。そなたらは、ここで命をとすとも我はそならの魂を持ち帰り、我が国にて蘇生してやろう。さぁ、ダームとエイムの使徒らよ。その命、存分に燃やし尽くせ。我の前にその命の輝きを魅せる戦いを見せるのだ」

 それでもヴォーナの声に反応はなく、淡い水色と黄色の衣を着た妖精ふたりの口元は動き続ける。それに呼応し焼け炭と化したキールの体に地中より土がせせり出てきて、キールの身を足元から包みはじめてきて、それを追うようにして水が更に幕を覆うようにし包みこみ、キールの全身を包み込むとひとつの塊とした。

「さあ、我に挑む者たちよ。これで済んだようだ。それでは始めようか……さあ、ギヴァンよ、そなたらの兵の見せどころだ。そなたも恥じぬよう心して我にその武魂もののふだましいを見せい。さあ、号令をせよ」

 ギヴァンはヴォーナの言葉を聞き、介抱かいほうしていたレンをその場にどさっと落し、にやにやとした表情で一歩前に出て、兵に向かう時に顔を上げると眉間に力をめ声をおのれの兵士にげた。

「私のかわいい兵士たちよ。いや、私の同胞たちよ。己らは生まれながらにして戦闘が好きなその身に、様々な鉱物を使いどのような鎧にも引けを取らないほどの強度をまとわせた。これより、そなたらは二つの階級を飛び越え、最上級へ近づくような兵士になる時がきたのだ」

 ギヴァンは、一呼吸し、右手を大きく振りかざし号令を兵にかけた。

「さあ、私の兵士たちよ、今こそ我らがあるじヴォーナ様にその力を見せてください。そうすれば、この地の住人どもを好きな分だけ食べさせてあげますよ。さあ、行っちゃってください」

 その声を聞いた昆虫のような兵士たちは、ギャーギャーと騒がしく土煙と共にいたるところで声を挙げ、広場の中心へと歩を進めていった。

ヴォーナは嫌そうに顔をそむけ、ギヴァンに声をおとし苦言をいた。

「あの騒音のような声をいつ聞いても、毎回ほんとに虫唾むしずが走るわ。それに、誰がここの住民を喰ろうていいと言ったんだ……まあ、そこそこの戦いを我に見せてくれたのならば、褒美ほうびとして十分の一くらいは目をつぶろう」

 それを聞きギヴァンは、嬉しそうに礼を言い。さあ私のかわいい兵士たちよ。やってください、と楽しそうに声をかけた。しかし、妖精たちとの半分の距離まできた時に、黄色い衣を着た妖精の手は前へと素早く動くと、石の飛礫つぶてが虫の兵士にむかい飛んでゆき、兵士に当たるころにはこの地でとても硬い鉱物と化し穴をあけた。白い衣を着た妖精が手を前にかざしすと、一陣の風が数か所で起こり兵士のもとに向かってゆくが、かざした手の指は巧みに風をあやつり硬そうな鎧のつなぎ目を狙い音もなく切り落としてゆき、その風は縦横無尽じゅうおうむじんに兵士たちを面白ように切り刻んでいった。

それを見てヴォーナは、楽し気にギヴァンに声をかけた。

「ギヴァンよ、どうした。お前は昨夜、己の兵はこれまでになく鎧の装甲には手間をかけ無双の域までになった、と我に豪語ごうごしておったではないか、どうする? これより二階級上の者たちを召喚し手助けをうか?」

「いえいえ、ヴォーナ様、まだまだこれからで御座います。見てやってください。私目はこれも予想済みで、更に後方に一万の兵を布陣しております」

 ギヴァンのかざす後方をヴォーナは目をやり、にやりと笑みを作った。

「そなたは根比べで勝機を作れると思ってか……でもいい、あの妖精らの力量もこれで見ることができるし、今回の戦いはこれでいい。そなたは、本当に我の思いをよくぞみ取ってくれるな。一応はめておこう」

 ギヴァンは、その言葉を聞き、にやりと笑い。戦いの場の後方へ手で合図を送り、総攻撃へとフェーズを変えた。しかし、その光景を目の当たりをしても妖精たちは表情をいっさい変えなかった。

水色の衣を着た妖精が手を頭上の少し前にかざすと、戦う敵の頭上に大きな水の塊ができ、手のひらをひろげ降り下ろすと、水はいくつにも分かれ、散らばる敵にむかい水は落ちてくると鎧の中やら口の中に入り込みその後、敵の体もろとも炸裂を起こし、いたるところで敵兵の鎧の残骸ざんがいやら肉片が飛び散った。更にやられていく味方や襲ってくる様々な凶器の間隙かんげきを縫って近づく敵を、今度は淡く赤い衣の妖精が手を下したが、かざす両の手の先には、敵兵らの頭上に大きな火の玉を作りその火を方々へとまき散らし敵の鎧もろとも炎が包み、鎧の中身は一瞬にし燃えカスへと変えた。それを見てヴォーナは、ギヴァンに撤退命令を下すように言った。

「もういい、あれを見いぃ、あの妖精らはギヴァン、己らの兵の半分以上をこのわずかな時間に、こうも易々やすやすと……ギヴァンよ、やつらの顔を見てみぃ、ここへと来た時と表情は一切変わってはおらぬではないか。あのましきった顔、忌々いまいましい。我とてこのままでは、と思い、更なる上級の精鋭せいえい軍をと考えはしたが、昨夜はなした計画どおりにことを進めねばならんことにはな? ここは我慢がまんのしどころで、我がこうも堪えているのだ。ギヴァンよ、解るな? レンを連れ、このまま撤退の用意をしろ」

 ヴォーナは、そう言いまだ戦いの続く戦場へと飛んで行った。それを見たギヴァンは、「何がこらえろだ。バトル・ジャンキィ・マイ・ロードにもあきれる」と愚痴ぐちらし、笑みを浮かべた。

空高く飛んでくる大きな気を感じとった妖精たちは、攻撃の手を止めヴォーナが目の前に降りるのを待った。

「ふーん、こうも近くで見ればなおにそなたらはきれいな顔をしている。どうしても欲しくなった。どうだ、そなたらの考えは改めなくともよく、ただ我の傍に居てはくれぬか……やはりか、やはりそなたらはダームとエイムとの誓いか? いずれはあやつらを我はこの手でほうり去ることとなる。それに、今となってもあやつら消息など不明でその他の情報も一切入らぬことを思えば、もうあやつらはいないものと考えるのが妥当だとうと我は思うのだが、どうだ」

 ヴォーナは、そう言うと妖精たちの顔をしげしげと見まわし、「やはりなぁ」とぼやきながらも笑みを作った。妖精たちはヴォーナになにを言われても彼女に、無表情なままでただ視線をおくっていた。

ヴォーナは、後ろでギヴァン兵が後退してゆく足音を聞きながら更に大きく笑った。

「さあ、このまま我は帰るのが惜しい。そなたらの顔をずうと見ておりたく、名残惜しいのだ。されば、少しのいとまに我の相手をしてはくれぬか。先ずはそなたらの攻撃から見せよ……我に少しでも思い出となるような傷をひとつでも作ることができるかな。楽しみだ。さあ、来い」

 妖精たちは互いに顔を見回し頷くと、一斉に前に手を突き出し攻撃をし出した。くりり出される渦を巻きながらその先には鋭どく尖った剣先のような水流がくるが、その後ろから鉱物からなる飛礫つぶてに無数の火の玉、更にその攻撃の両脇から宙を舞い飛んでくる風の刃、ヴォーナは眉ひとつうごかさず口元に微笑を浮かべ妖精たちの攻撃が当たるころ合いに、一瞬だけ気を張った。妖精たちの目の前には、大きな爆音と炸裂からなるけたたましい炎と煙があがった。しかし、煙がなくなり、その場に姿を現したヴォーナは、腰に片手をあて右足を少しだしポーズを決め、先ほどと同じく口元の笑みをつくって、妖精たちに余裕をみせた。

「どうした。それがうぬらの力か、我がしびれるほどのものを、我にくれぬか……さあ、今一度、さあ参られよ。そなたらの渾身こんしんを込めたものを我に……さあ、来い」

 ヴォーナは、れったそうに妖精たちに次の一手をせがみ、我は本気だ、とばかりに気を張ってみせた。その刹那、妖精たちは何かを感じ覚ったのか互いに顔を見合い、頷きをみせ、水魔法の妖精が一歩前に出て手をヴォーナにむけかざしながら口元に呪文を呟きはじめ、その後ろでのこりの妖精たちは目を閉じ、大きく手を宙に向けひろげ気をため込みはじめ、水の妖精のつぶやきが終わるのが合図とし同時に目を開き、そして両手を前へと振り下ろし、ため込んだ気を一気に解放した。先にヴォーナに向かったのは、水魔法の聖水で作ったベールのようなミストの壁が瞬時にヴォーナの体に当たった。ヴォーナは、そのミストの壁を受け、ヴォーナも瞬時に何かを感じとり「うっ」とうめくとともに、その一瞬で気を変え次に来る物理攻撃に対抗たいこうした。ヴォーナに向かった第二の攻撃は、土魔法の幾数弾の大小入り混じった鉱物の塊がヴォーナへと向かい、その後を火の魔法の炎がその塊をのみ込むと瞬時に紅蓮ぐれんの溶岩と化し、更にその塊をブーストさせるかのように、風の魔法のトルネードと化した一陣の突風は生き物のようにうねりを加えくねくねと動き回りヴォーナの逃る先を封じさせながら、速さを上げながらヴォーナの体へと打ち込んできた。しかし、ヴォーナは鼻から交わす気などなく紅蓮の溶岩と化した塊が体に当たる寸前にため込んだ気を一気に放出したが、当たった時の衝撃は凄まじくダダッダと幾重にも鳴り響く轟音は、それなりに離れていたこの国の王たちのほうへもソニックブームとなって周りの者たちは長いテーブルもろとも吹き飛ばされ被害にまみれになるほどである。

妖精たちからの目をとおして見たヴォーナは、炸裂してくる塊に被弾した体には幾つものスパークした炎と煙で見えずらく、当たった個所には途轍もないほどの爆風でそこにあった空気もなく、一時は真空状態となり、そのぽっかりと空いた無の空間を埋めつくそうと空気やチリなどが吸い寄せられるが、空気の中でも重い物質の水素は素早く引き寄せられぶつかり合い水蒸気の塊を作りまた大きな爆発おこした。その後、ヴォーナの姿を隠していた爆炎は消え、妖精たちの目に見えたものは、煙の中でヴォーナが笑っているであろう嬉々ききとした目であった。体はどうなの、と風の妖精は魔法でヴォーナにまとわりつく邪魔な煙を追い払うと、ハッキリと見えたのは首から膝上まであらわになったヴォーナのむきき出しとなり、ぷっくりと大きな乳房の先は午後の傾いた陽にむかい突き出している。ヴォーナは妖精たちの視線を感じ、右手で胸を隠し、左手でへその下に手をもってゆき身をよじらせ「イヤ~ン」とおどけて見せた。

「お嬢様たち、過ぎたオイタはいけませんわ」

 右手をだらりとたらし、左手を腰にあて頬に笑みを作り、言葉ととみに右手で妖精たちにむけ彼女たちへの称賛しょうさんをおくった。

「なかなかのものだ。そなたらは知らぬであろう。我の着ているものが、第九惑星に住む、そこに住む生き物どもの最強の頂点に君臨する邪竜と呼ばれている生き物を……そのものは恐怖をマナとし、その皮は鉄なら厚さ十センチほどの強度をもち、大概たいがいの魔法に対しても邪のマナによってかためられたシールドにより効かぬほどの効力をも持っていて、我はそれを我にあうよう我の選りすぐりの技術者たちが丹精たんせいめ作った代物しろものよ……じゃが、それもこれからそなたらは自慢の出来ぬ代物しろものとなしてまったようだ。しかし、我はうれしいのだ。そなたらの強さは我のこの胸を強く叩き刺激をくれ、これまでになく胸がときめいているのだ」

 そう言うと、ヴォーナは空を仰ぐとともにため息を吐いた。

「ところで、多分うぬらは良しとはしないだろうが、ひとつ提案なのだが、我とそなたらでの賭けをしようではないか、そなたらはその瀕死となっておるその男、キールというものをでも護り、戦いにおいて我に勝てば我はその時をもって一切手を出さぬと誓おう。ついでに、我の一切合切いっさいがっさいあるものをそなたらその男にやろうではないか……」その言葉を聞いていたギヴァンがすかさず口をはさんだ。

「それはまたヴォーナ様、随分ずいぶんなおたわむれを、私にそこにおられるとてもお美しいお嬢さん方に、その時はつかえろおしゃっているのでしょうか……まあ、それもよいですね。あのお嬢様がたは、見るからにとてもお優しそうですから、それも良いかと」

 そう言うと、なにやらにやにやとヴォーナに一瞥いちべつをおくり、またヴォーナのもとを離れていった。ギヴァンの表情から察するに、ヴォーナ様があのような小娘などに負けようなどあり得んこと、ギヴァンはヴォーナこそが絶対的無二の最強の存在という思いがあっての彼なりの戯れのことであったように思える。

「して、フェアリーたちよ、我は賭けと申したからには、こちら我にも得るものがあることは知っておろうが、それは納得してくれような。我の望むものは、もちろんその男キールだ。そしてそなたら全員だ。そのことをうぬら承知しようとしなであろうと我はそなたらを倒し、そのむくろを我のもとで蘇生をほどこしたうえで我の従者じゅうしゃとしてそばにおくつもりだ」

 ヴォーナはそう言うと、楽しそうに目をほそめ四人の顔をなめめるように見ていたのだが、ふとした瞬間に眉間みけんにしわをつくり「まあ、それもよかろう」とまた余裕の笑みをつくった。その表情の変わりようは、ヴォーナの見た、四人の顔にはどこにもヴォーナによって我と戦いにおいてそなたらの運命がかかっている、というおどしにも誰ひとり色を変えることなく、この戦いの前に見せた涼しげな表情が変わっていなかったことにヴォーナの心情においては、歯ぎしりをしたかったことだろうが、それにはこやつらまだ我に奥の手を隠し持ってのことだろう、という思いが出て、稀代きだいのバトルジャンキーのヴォーナにとって心底わくわくが止まらない思いをしずめるために彼女なりの抑えての無理やりな余裕の作り笑いだった、ということがいえよう。

「さてフェアリーたちよ。そなたらどうするかな、まあどっちにしろそなたらは我と戦うことをけては通れぬことなれば、その判断を我がくのは愚問ぐもんだったか……なれど、安心するがいい、我のもとにそなたらが来たとしても、そなたらはそこにおるキールの世話係としての使命はなせるよう我は誓おう。そして、これから話すことが一番肝心なことで、心して答えてくれ。これから我は自国へと帰還をするが、どれくらいの時を与えればそこの瀕死のキールの体は万全となるのだ。それに我には解っておるぞ。あのダームとエイムのことだ、やつらはそなたらと自身の子でこの国を、嫌、この星の支配を目的としてのそなたらの使命とダームとエイムにおいての我が子に課せた運命なのだということをな。なれば、そこにおるキールもまたそれなりの力を秘めておると我は踏んでおる。まして我が知る限りダーム以上のおとこはおらぬ。なにせ、この我を一度は倒しそれ以降一度は我の心から思い焦がれやまぬ男だっただけに、そのことを思えばダームはキールにこの星を平らげるだけの力は存分に与えておることは容易に考えつくことだけにな。なればキールの体がが完全となりその上本来の力までを身につけ我と戦えるまでにはどれくらいの期間が必要なのだ。十年か、二十年か嫌、我は百年でも待つことはいとわぬぞ。エイムにあと一矢いっしでやつをほおむれたものをダームにその場ははばまれ我はその一手を出せずその期をのがしてしまった。それ以降我はあやつらを探し様々な星々を巡り渡り、その都度そこの猛者もしゃたちと相まみれ、その度に我は以前より強くなりダームにさえ勝てるよう、今は思えるほどだ。なればこそ、ダームの落胤らくいんを持つキールと戦い、そのキールを倒してこそ我の伴侶はんりょに相応しいのかを見定めたいのだ」

 ヴォーナは話しながら、余程ダームやエイムに対しての積年の思いは強かったのだろう、忌々いまいましそうに語気をつよめに語った。

「さあ、どうなのだほんの少しだけ考える時間をあたえよう」

 その言葉に四人は、同時に頷きをみせ、四人は顔をちかづけなにやら話し合った。それを眺めながら、ヴォーナはオヤッと何かを見つけたのか片頬をつりあげ微かな笑みをつくった。ヴォーナが見たものは、四人の話し合いのなかで水の妖精だけがたまに感情を微かだったが表に出て、何度か首を横に振り異見いけんだと話をこばんだのが見えた。ヴォーナの中では、あの四人のなかで突破口を開くとしたらあの水の妖精を突っつけば容易いなことだと思えたことだろう。そのことを考えヴォーナほくそ笑むヴォーナのほうに四人の妖精たちは顔をむけ、代表として黄色い服を着た妖精が一歩前に足を進めヴォーナに先ほどの返答をしてきた。

「私たちも元々貴方のような方がくることは使命の中で想定内のこと、なれどまさかダーム様とエイム様を知っておらる方が来るとは思ってもおりませんでした。そこで二十年という思いをしておりましたが、三十年という時間を下されば、貴方様も少しは存分に満足のいく戦いを楽しめると思います……如何でしょうか」

 ヴォーナはその答えに満足をしたのか、満面の笑みをつくり、ぷっくりとした胸の下で腕を組みながら胸とともに大きく頷きを見せた。

「よかろう。これから三十年という時が待ち遠しいくも楽しみだ……おっ、そうだ。あのな、そなたらのその顔はとても涼しげで余裕のあるように見受けるが、だが忠告をしておくが、先にも言ったが我はダームより強いと我は自負じふしておる。ゆえにおのれら死ぬ気でその時を迎えるがよい。してその答えは……」

 ヴォーナは最後の答えを言うのと同時に動いた。その姿は妖精たちにも見えはするが、駆けてくるのを目で追うのがやっとで、常人なら一瞬で目の前にヴォーナがいるという感じだろう。水の妖精の前にヴォーナは顔を近づけ右腕で妖精の首にまきつけ頬に軽くキスをし、左手で妖精の胸を鷲掴わしづかみ感触を楽しんだ。

「おう、なんと見た目に似合わずなものを持っておるな。そう固くなるでない、我はただそなたらに、我とそなたらとは次元が違うということを見せたかっただけだから、安心せい我はこれで帰るとするが、そなたらへの我の言う三十年というのはただの目安だ。三十年といわずそなたらの準備の出来ようで我にもわかるように合図を送れ。我も合図もなくその頃には気分次第ではまたそなたらの前に顔を出すやもしれぬ。その時はお互い旧友を迎えるような顔で笑えることを期待しておくぞ……それではな」

 そう言うと、ヴォーナは残っていたギヴァンと後ろにひかえるレンを両腕(両前足?)で抱えているギヴァン配下の黄金虫らしき兵士と更にその後ろの数兵に「さあ、これでこの星での用事も大体がが終わった。それでは帰るとするか、お前たちも我のわがままに付き合わせてしまい、すまぬな」そ言うと、その声を聞いて目が覚めたのか、レンがヴォーナのあらわとなった胸を見て虫の兵士の腕の中で騒ぎ出し、更に自分が虫の腕の中にいることを知り「これギヴァン、そなたの指金さしがねか、かような下等な気色の悪い兵士の腕に我を預けるとは、いよいよそなたもこの日を命日としたいようだな……嫌々、今はこんな我一人の恥に構っている時ではない。この居心地の悪い腕から我を早う降ろせ。そしてギヴァンよ、そなたの持っているヴォーナ様のそのマントを早う我に持ってこい」そう言うと、地に降りたレンのもとにギヴァンは、やれやれ本当にこの卵のからがまだ尻についたままのわがままなおてんばお嬢にも困ったものだ。口の利き方も知らぬのだからね~、っと愚痴りながらレンにマントを手渡し、そのマントを受け取るなりレンはまだ覚束おぼつかない足でヴォーナのもとにゆき、ヴォーナにマントを後ろから肩にはわせ、ヴォーナの胸を隠した。ヴォーナの肩越しから見える四人の妖精たちをにらみつけた。

「うぬらか? うぬらが我の至高しこうの美しきヴォーナ様にはずかしめをやる狼藉ろうぜきを働くやからは……」

 レンの目には炎が見えるほどに妖精たちへの憎悪ぞうおを宿した眼光は鋭く恐ろしい……だが、レンは「うっ」一息をきその場に気絶と共に倒れてしまった。ヴォーナが、レンの血眼ちまなこ悪態あくたいを吐くのに夢中な間に、レンの背後にすかさず廻りこみ、レンの後頭部へと手刀を一発くらわしたのだった。

「フェアリーたちよ。我は帰り際にはいさぎよくきれいな形で、華麗に引きたかったが、我の者がかようににごしてしまい、すまなかった。我の不徳といたすことだ。許されよ……さればだ、またの邂逅かいこうの時を楽しみに我は後にしよう。さらばだ」

 そう言い、ヴォーナはきびすを返し、地に横たわるレンを拾い上げ両腕で抱き、すたすたともう後を振り返らず歩いて行ったが、遅れてギヴァンが付いていく足を止め、妖精たちへ腕を胸元にもってゆき無言で軽くお辞儀じぎをしその後、ヴォーナと供にどこか時空へと消えて行った。

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