第一章 - その八

                その八



 厚い城壁に囲まれ城の内部は王族とその関係者たちはなにもうれうことなく、男たちは毎夜続くうたげに疲れ日中はこの日も惰眠だみんむさぼり、女たちは優雅に午後のひと時を様々な地域より取り寄せた菓子と香り高いお茶での取り留めのない会話に花を咲かせ、城下での町人たちは二束三文で仕入れてきた品に少し手を加え王宮への売り込むことに余念よねんがなく、王都から離れた村々に至っても、少量の種をけば数倍の植物が収穫ができ、家畜もその肥沃ひよくな大地よりの栄養豊富な餌を食べ、短期間で成長をなす。この地はまるで神より永久とこしえにに豊穣ほうじょうを約束され、この国に住む人々は、それがさも自然で当たり前なこととし誰もみな神のことなど頭に思い浮かべることなく、この幸せは当然かのごとく、身勝手なその幸せを謳歌おうかしていた。

その日も、誰もがみな長閑のどかに晴れ渡った青空に悠久ゆうきゅうを感じていた。その時、その上空より突然ラッパの音が甲高かんだかくパーンと長く鳴り響いた。その音を聴いた者たちが空を仰ぎみた。その刹那に、空にひとつの亀裂が走り、その亀裂は少しづつ広がりをみせ、漆黒しっこくの闇が顔を見せたかと思えば、そこから見たことのない恐ろしい形相の化け物たちが翼を使い降りてくる。また翼をもたない様々な形で、芋虫のようなていで裂け目からぽたぽたと落ちてくる。

その恐ろしい光景を目の当たりした者たちは、ただただ胸元に手を組み合わせぶるぶると身を震わせるだけであった。それは王につかえる兵士たちも同じにやりを抱きかかえ様々な建物の壁に隠れうずくまり、鎧をガチャガチャとせわしなく音を立てさせていた。

街中ではいたるところで絶望の悲鳴が鳴り響き、閉ざした窓や戸の内では外で鳴り響く阿鼻叫喚あびきょうかんの恐怖にそこの家族は身をよせあい悪夢と化したその時間の過ぎ去るのを神に願うばかりだった。

そんな恐ろしい時間は、夕暮れとともにぴたっと止み静けさが訪れた。この国を統治とうちしていた王は、自室にきさきとともにこもり、誰が来ようとも固く扉を閉めベッドの陰に隠れ出てこなかったが、その部屋の窓際にトンっと微かな音に気付き目をそこにやると、王は自分と年齢のかわらない老紳士を目にした。

「これはこれは、この国の王、お初にお目にかかる、我はヴォーナ様の使者として参りました」

 そのたたずまいは、どう視ても由緒のある格式たかいどこぞの貴族の召使めしつかいに思え、王は隠れたベットから身を乗り出し、ベッドの縁に腰を置いた。

 目先の男に、日中の恐怖を忘れたのか、王はその男に声をかけた。

「して、そなたはなに用で、我の前に現れた」

 王のその問いに、その男はかるく笑い、受け流すような素振りで王を見据みすえる。そのような時間がわずかにおいて続き、王はいようもない思いを感じ、ベッドのシーツを握りしめた時、男は声を出した。

「ここに来るまでにけっこうな時間をついやし、何かのどをうるおすものを、私は所望しょもうするが、如何いかがかな?」

 と言い、その言葉を聞き王は、やっと聞けた使者の声にすぐさまベッド脇の天井からぶら下がっているロープを引き、部屋の外に待機している近衛兵このえへいを呼び、自身の愛飲しているワインを持ってくるように言い、程なくしてワインは后の若い従事者じゅうじしゃのメイドによって、丁重に銀のトレイにのせられて持ってこさせられ、男の前に愛想のいい笑みとともに差し出された。

ワインを目の前にし、男もメイドに笑みを返した。

「ほう、これはまた、とても美味そうな、遠慮えんりょなく頂くとしますか、それでは、いただきます」

 そう言うと、男はメイドの両肩に手を置いた。メイドは急なことに戸惑いの表情をみせたが、男がまた「いただきま~す」と言い、目の前で穏やかだった顔を一変させ、顔だけがまるでカマキリの頭のような形を作り、大きく口を左右に広げ、恐怖におののき怪物に両肩をつかまれ、身動きできずたたずみ、部屋中に響くメイドの悲鳴とともに怪物は頭からがぶりと一気に口の中に入れ、咀嚼そしゃくとともにちゅうちゅうとメイドの血までも美味そうに喰らいついている。

ベッドの縁に腰かけている王は、目の前で起きている惨状さんじょうが信じられず目をひんいて、怪物の食事のようすを見ていたが、体はがたがたと自制が効かず逃げようにも思考さえ止まったまま失禁し放心状態でいた。

先ほどまで若くぷっくりとすべすべとしていたメイドの手はからびた枯れ枝のようにすべての血と体液を化け物に奪われだらりとぶら下がり、怪物はもう吸い尽くし、美味かったメイドの体を未練がましく見た後、その場に落とし王のそばにゆっくりと近寄って行った。

「さあ私がヴォーナ様の名代みょうだいとして来た本題についてお話いたしましょう」

 なにやらガサガサと変なノイズまじりの声で近づく化け物に王は次は自分がこれに喰われるのか、と怪物を視ることができずただ震えていたが「この国の王よ。昼間のこの国においての惨劇については、お耳に入られていると思われますが、如何で?」と、聞こえてきた穏やかな声に震えは止まり顔を上げると、そこには先ほどの紳士然とした男が立っており、口についたメイドの血をハンカチで拭いていた。


 王はただ首を縦にふりうなずくのやっとで、目の前の男の次の声を待った。

「はい、それならこれより交渉に入りましょう。よろしいですか、そちらの返答次第では、明日もまた今日のようなことが起きかねないので、お答えになるときにはくれぐれも慎重しんちょうになさるよう、ひとつ忠告を言っておきます」

 王の頷くのをみて、男は少し笑みを見せ、話を続けた。

「話は簡単なこと、ヴォーナ様はただある男を探して差し出して欲しい、ということだけ。どうでしょうとても簡単なことでしょう?……アッ、その男というのは黒々とした漆黒の目をして背中には四つの玉のようなあざがあってとても特徴的とくちょうてきですからすぐにも見つかることでしょうね」

 それを言い、男は王の返事など聴く気などないかのようにすたすたとバルコニーへとつながる扉へと歩を進め始め、王はやっとこの時、災難から逃れることができると安心をしきった時、男はぴたっと歩みを止め振り返り思い出したかのように喋りはじめた。

「ああ、私としたことが、そういえば男を差し出すのをいつまでなのか、を言うのを忘れていました。期限は一ヶ月としましょう。これでも私は努力をしましたよ。ヴォーナ様はどうしても三日以内と言い張って、それでもう私は大変でしたよ。分かりますね? くれぐれも期限はきっちりとお忘れなく。さもなくば、ヴォーナ様は空より天空の扉を開け、腹をすかせた魔物たちを寄こすこととなるでしょから、それだけはきもに命じておかれるよう。それでは、私は一ヶ月後に参りますので、善い結果を出されることを祈っております。それでは私はこれにて……」

 男はそう言い、バルコニーに出てばたばたと音と共に消え去った。

それから国中の男たちの素性調べが始まり、ほんの一週間内にある村の男が城内に連れてこられ王への謁見えっけんをすることとなったが、王はなぜにこのような男にヴォーナとうものは欲しがるのか首をかしげた。それというのも、目の前の男の風体は背中が異様にもりあがっていて、そのせいで男は常にうつむき顔を見せない。王はその顔を上げるよう命じ、その顔を見た刹那、虫唾むしずが走り男を城の隅にある塔に幽閉ゆうへいするよう命じた。王が見た男の顔は、髪が黒く長くちじれしらみでもいるのでは、と思わされる。肌の色は浅黒く歯並びも悪く、そのせいで王が何を聞いてももごもごとし聞き取れないほどだった。なぜこの男探しがこのようにいとも簡単に出来たかというと、男は村の子供たちに背むし男と下げすまされ、いつも石などを投げられていて、いじめで男のその背中が見たいと服を脱がされ村ではその男の背中の奇妙な痣は誰もが知っていた。城から男探しのお触書ふれがきに村では賞金が入るから、とすぐ城には男の情報が行った。

 王としても男の処遇しょぐうに困った。ボゥーナといものはこの男に恨みを持っているのか、それともこの男を寵愛ちょうあいしているのか、いずれもヴォーナの真意が判らぬことにはどう仕様もないことで、一応は王よりくらいの低いものの食事を与えることとした。しかし男は、出されたものには一切手を付けず、鉄の格子のついた窓から見える空となにやら話をしていた。翌日には城にその男の母と名乗る女が来て、息子にどうしても会いたい、と言ってきたが、王は罪人ではないから、と一日に一度の面会を許した。

三日目にはなぜかヴォーナのあの使者が現れ、王に丁重ていちょうに礼を言い、明日にはヴォーナ様が直々にお越しになられる。よって出迎えの日には粗相そそうのないよう、と念を押された。王はすぐに男の衣服を町人の中での上流の服に着せ替え、男にくれぐれも粗相のないように振舞え、としつけの講師をつけ立ち居振る舞いを男に教え込んだ。そんなさなか、王は余程に心配だったのか、男のところにやってきて少し話をしたが、まったく会話にならず、たまたま面会に来ていたその男の母と話をした。その話はまた難解、不思議すぎて、この母も狂っていて、とても常人とは思えなかった。

そんな母の話の内容では、その女がひとり村のはずれの森にまきを拾いに行くと、女の耳に美しい声がし、その声にみちびかれついていくと、森のその奥に大きな木があり、その木は自分のたけの胸のあたりの方がぷっくり膨らんでいて、声は女に「なにがあってもこの子を大切に育てる意思は、貴女にはありますか」とたずねられ、結婚をし所帯をもったが二十年が経っても子には恵まれず、村では肩身の狭い思いをしていただけに女は、はい、とすぐさま返事をし姿の見えぬ声に誓いをたてた。すると、不思議なことに膨らんだ木の腹に、ひとつの切れ目がしてきて、そこから男の子が出てきて、その子を女は両の腕で受け、そのまま家へ持ち帰った。そして、その子が大きくなるにつれ、最初は子ができたと喜んでいた父となった男も、その子の背中が成長とともに膨らんできて、顔の容姿しだいに醜くなってきて、その頃には家では夫婦の間には喧嘩けんかが絶えず、結局は男は家を出て行った。その話を聞き、王の近衛兵たちは笑いをこらえるのにひっしだったが、王には笑えなかった。ヴォーナがこの男を欲しがるのにはこのような奇想天外な話はなんら不思議なことではないのかも、と思いもするが、やはりこの女は狂っていてただ世迷言よまいごとを言っているのでは、とも思う。


そして、ヴォーナが来るという、その当日がきてまだ夜が明けて間もない時間だったが、城の広い中庭においてヴォーナを迎えるための場所がもうけられ、ヴォーナの来るのを待った。長いテーブルに真っ白な布がかけられ、テーブルの中央より少しはずれ右側に王を筆頭に座り、その後に后、重臣たちが並んだが、その後ろにはりすぐった近衛兵が、王の火急の折にはとひかえていた。そして、庭を取り囲むように城内兵が二重の列に槍をたずさえ立っていった。

王は、その客として来るはずのヴォーナのために来賓席らいひんせきをつくったのだが、これまで様々な客を迎え入れもてなしをしてきたが、この国の王は私で、私は常に中央の席に腰を下ろし威厳いげんを保ってきた。それが、訳も分からず空から災厄さいやくが降りてきて、その客を主賓として迎え入れねばならず、王としての威厳の象徴であった中央の席をその客に開けることとなり、自らの地位を落としねることになったが、これもこの国、この地に住まう民を思えばのこと、と王は沈みがちな心を我はこの国の王としてなすことをなす、と今は風前の灯火ともしびのような崇高すうこうな意気込みで自身を保とうと鼓舞こぶしていた。

王は、ヴォーナのために中央の席を空け自分はその隣の右の席に座り、もう時間としては一時間は経っているだろうか、朝の風は涼しく冷ややかだったが、いつしか王の額には汗がにじみはじめ客はいつになれば姿を現すのだろう、と思いがよぎった刹那、空からばたばたと音がしてグリフォンのような怪物の背に乗った先日のヴォーナの使者が現れた。

 使者は、乗物から飛び降り気楽に声をかけてきた。

「これはこれは、王よ、よい出迎えであるな。さぞかしボゥーナ様もご機嫌をよくされるであろう」

 王は、使者の言葉に安堵あんどし、自然と笑みがこぼれた。

「して、使者殿、そなたの主人のヴォーナ様はいつ頃こちらへお顔を出してもらえるのかな」

「はい、もちろんヴォーナ様は昨日さくじつよりそちらで探し出してくれた者の顔が見たい、としきりにおっしゃっていて、王に対してはいくら礼をのべべても言い尽くせない、とことほか大層たいそう大喜びで、昨夜も目を閉じても寝つけない、と仰られ、私めに酒を何度も持ってくるようお言つけにならておりました。されば、そうここは、あまり待つこともないか、と思われますが……アッ、ヴォーナ様、お疲れ様にございます」

 使者は、王の肩越しに深々と頭を下げた。その様子を見、王はまさか、と後ろを振り返ると、そこに全身黒ずくめの薄い革の胸の大きく開いた服に、そのままつながったパンツ姿で、また服と同じ素材のものが頭にへばりつくようにあり、そのかぶった後頭部の途中までしかなく、切れ目からは長い髪が黒々としっとりと風をうけていた。その姿を見て王は思わず「おっおう」と声をもらし初めて見る完璧な美しいものに目を奪われたが、ちらりとのぞくヴォーナという女の鋭い眼光に威圧いあつされ、萎縮いしゅくを覚えたが、王の目はその美しい顔とスタイルのよい立ち姿に心奪われつづけた。しかし、そのヴォーナの後ろで空間のひずみのようなねじじれが起きた、と思った瞬間、そこから黒服のメイドのような格好の女が出てきた。王はその女を見た刹那、また「おっおう」と声をもらした。この女もヴォーナと肩を並べればヴォーナには及ばないが、肌が透きとおるように白く顔立ちは若くこの国のどの女よりも美しかった。

「ヴォーナ様、いては私が困りまする。まだお召替めしかえの途中でございました、のに……このようにマントをお忘れでございます」

 ボゥーナは、その言葉に返事もせず、ただ付き添いの女に目をやり、早く着させろとうかのごとく肩をふんっと女に一度向け、マントを着させてもらった。

「さて、王よ、さぞ待たせたであろう。我が城を離れると言うとなんだかんだとまわりがこのようにわずらわしくて面倒だ」

 彼女の声は特徴とくちょうなどないが、微かにかすれ。王にとって甘美かんびな響きで耳に心地よかった。出来ればその声を毎夜我のとぎをさせ、腕の中で是非ぜひにも聴きたいものだ、と妄想はふくらむ。ヴォーナを視ようとすれば、自然と彼女の大きく開いた胸元の深い谷間に視線はいってしまう。

「王よ、そなたは我のどこに目をやっておるのだ。我にとって今日は大事な日で、幾百年ものあいだ待ちかねた願望の叶う時が来たのだ。そなたのよこしまな思いに付き合う余裕などない」

 ボゥーナのその声を聞いた瞬時に、付き添いのメイドの女はどこに隠し持っていたのか目にも見えぬ速さで短剣を手にして王ののど元に切っ先を当てていた。

「おのれ下郎が、うぬはヴォーナ様にはずかしめをつける気か」

「まあレン、そう早まるでない。今日は、こちらの王によって我の愛しき者がこの手に来るのだ。それくらいの粗相そそうは大目に見てやらんか」

 ボゥーナはそう言い、レンという女の王に向けていた短剣を握る手をおさえた。

「さあ王よ、もうなにも余興よきょうとなどの余計なものなど時間の無駄だ。さあ、会わせてくれ、我の待ち望んでいた愛しき者と」

 ヴォーナは、大きく手を広げた。その時、王は何をヴォーナという女は……ヴォーナと付き添いのレンという女の美しさを視れば、我らのこの国と美に関しての感覚は同じなように思えるのだが、なにもあんな薄汚い男など幾百年からなる思いなど笑わせるわ、とのにわかに立ち上がる侮蔑ぶべつと疑問で思考は止まる寸前でいたが、見るでもなく前を向けば、昨日の使者が「さあ、早くされよ」と急かす言葉を言ってくる。王は、傍に付き添える近衛兵に、早くあの男をここへ連れてくるよう、言い、ヴォーナへ目をやれば、彼女は付き添いのレンと昨日の使者をまじえひそひそとなにやら話をしていて、王は蚊帳かやの外状態で、連れてこられる男をじりじりとしびれを切らしこの場には居ずらいが、待つだけであった。

そして、男はやっと兵士によって丁重に連れてこられ、庭の中央に設けられたひざ丈の高さと四方三メーター程の木でこしらえたスクエアなステージに立たされ、王たちの前で相変わらず背を曲げ俯き、黒い長い髪で顔は見えずにいたが、ヴォーナたちは話し込んでいたが、レンが男に気付きいぶかし気に男に視線を向け、それにヴォーナもつられ男を見た。

男を見たヴォーナは怪訝けげんな顔となり、ぎりぎりと苦虫を噛み男をにらんだ。

「王よ、なんだこれは……これは、なんなのだ? もしや、我が望んだ者はこの男ということなのか? 我は、そなたらの尽力にたいすることをどんなにうれしく思ったことか、それには我はどんな風に報えばいいのか、をそこにおるレンとギヴァンと共にこれからのこの国をどのような形で同盟国としてやっていこうか、を話していたとこだったのに、それをそなたらは、そのような我らの思いに泥を……嗚呼、もうよい。これよりはこの国を皮切りにこの星を我が手中に収めるため、第一の血祭りの生贄いけにえ国として他国への見せしめにするのだ」

「おおう、ヴォーナ様、それはなにとぞ……なにとぞ、お許しください。我たちは、ヴォーナ様に望まれたとおり、そのめいに報いるよう我らはやってきたつもりです。ですから今一度そのお考えを再考されては下されぬか」

 王は、ヴォーナのその話を聞き終えた瞬間、眩暈めまいとともに椅子から崩れ落ち両ひざをつき、ヴォーナの足元でそのように懇願こんがんした。そのさまを見下ろしみていたヴォーナは、昨日の使者のギヴァンにどうすればよいものか、と視線を送るとギヴァンは両手を肩ほどにひらいて「まあ、私めにも分かりかねます」と言ったように首を横にふったが、長いテーブルの末席に座っていた若い男が、我の仕える城主の窮地きゅうちを救うため椅子を後ろに弾き飛ばす勢いで立ち上がり。

「この星のあるじになられる皇帝陛下、ヴォーナ様、この国においても若輩者じゃくはいもののわたくしめの話しにもお耳をおかしになられては下されませんか、なにとぞ、そこにいる男についてお話したいことがございます」

 ヴォーナは向こう端で緊張のあまり声を震わせていた男に目を向けていたが、少し笑みをつくり、そこに声をかけた。

「うむ、よいぞ。なれば、そのほうもう少し我の前に近づき、その男について我に話してもらおうか、そのほうに、弁明べんめいの機会をあたえよう」

 ヴォーナのもとへ近づく若い男は、名をアレンといい后の実兄の息子で、財務大臣より下の城での備蓄品を管理などを任されていた者で、日頃よりこの国をうれい嘆くものであった。

「ヴォーナ様、この若輩者じゃくはいものにこの場を作ってくださり、ありがとうございます」

「うむ、そなたのこの国を憂う忠義心に免じ許してやろう。心ゆくまで己の丈を述べるがよい。この国には、この者のように忠義の心を持つやからがいるとは、我としてうらやましい限りじゃ」

 ヴォーナは、片手のひらを見せ、さあと若者に発言をうながした。それから、忠義心のかたまりの男、アレンはしばしの沈黙の後、大きな庭の中央のステージに立たされている男のこれまでの経緯いきさつ端的たんてきに話し、ヴォーナがもっとも知りたがるであろうその男の生まれる場面を自分が聞き及んだものと若干じゃっかんの自分なりの脚色をまじえヴォーナが聞き飽きぬよう話を進めてゆき、そして終えた。

「おお、それは誠の話か? なれば、この我は一時の怒りのあまり取り返しのつかぬことをするところであった。それから、その男の母と申す者に話を聞きたい。今すぐここへ連れてくるのだ」

 男の母は、この日も城門近くにいて、ヴォーナの前に差し出された。その母は、うつむきただ立たされている男を見て、「キール」と我が子の名を叫び近寄ろうと走り出したのを兵士よってはばまれ、行くことはできなかったが、そこにヴォーナが近くへとゆき、男の誕生の話の真意を正し、その時の姿なき声の存在について事細かに聞き出し、その女を下がらせた。

「おお、まさしくだ。まさしくそこにいる男は、我の探しもめとめる者に由縁のあることは確かなようだ。ダームとエイムよ、そなたらの隠したものは我が探し出し手に入れようぞ。ところで王よ、この場よりもっと広いとこはないか? そこにキールとかいわれるその男をそこの真っただ中へ連れてゆき、手足を縛り、どこからも見えるようはりつけようぞ」

 それから数時間後、城から離れ、町の中央にこの国の威厳を示すためにと噴水を中心と置いた配置の公園計画に着手し始めた大きな平地のところへの真ん中に成人の背丈で胸元の高さに土を四メーター四方に固めた上に二本の木をクロスしてそこに打ち込まれた高台にキールを手には縄で磔にし立たせていた。国王たちはヴォーナたちが一時帰ったのを待っていた。時間は、日が昇り傾きかけていたころである。王たちは、朝と同様に真っ白な布をかけた長いテーブルに座り大きなテントで日差しをかわしていて、目の前には中心のステージから五十メーター離れていたが、その配置もヴォーナによる指示のままなのだが、それを王たちの周りには町の大衆の人々がこれからなにが始まるのか、サプライズイベントに大いに興味を持って集まってきていた。しかし、中央のステージに立つ男に、何をこの醜い男を立たせているのだ、という思惑に、これは側の二本のクロスされた棒からしてこれから公開処刑がが始まるのだ、と口々に好き勝手に話しだしていた。

王は、額に汗を浮かばせ側近に冷やさせておいた白ワインをグラスにいれ、そのワインを一口大きく口に入れ飲み込もうとした時、予期せね「またせたな」というヴォーナの声にどぎまりしながらも口のものをどうにかして飲み干した。

「おおよくぞやってくれた。大儀であるな、して我にもその冷たいものをくれないか。こから始まる大一番の見物だ。我もなにが始まるか楽しみにゆるりとことを視たいものだ」

 ヴォーナの前にも王と同じワインが用意され、その傍ではレンが王に睨みを利かせ王と目の前のテーブルを交互に見ていて、王はまたも側近に早くそのお嬢様にも同じものを、と言い、いつの間にかギヴァンも座っていることに気づき二つを言い渡した。

ヴォーナは、グラスの中の冷たいワインを一気に飲み干し、席を立ちテーブルとステージの間までいき、それを見た聴衆たち、とくに男たちから「おお」という大きなどよめきとため息がその場でうずまいた。ヴォーナは大きく手をかかしずまるよう制しが、ところどころから卑猥ひわいなヴォーナを嘲笑ちょうしょうする声がし、すかさずレンが声を発した者のところにそれぞれへゆき、短剣でその者たちの首を切り飛ばした。まわりから恐怖と悲鳴が沸き起こり、その場は水を打ったように静まり返った。

「我に無駄口を使うものはそうなる。しかし我も無駄に殺生などはしない。ただみなはことのなりゆきだけを観ていただこう」

 そうしてヴォーナは空に目をやり、四方を眺め、天に向け大きな声を発した。

「ダームとエイムにより、その子を守るよう命を受けたしこの地の者よ、聞いておるか? これよりそこにおる男を我は手にかける。救いたくばそなたらの姿を見せ、命乞いをせい。少しの猶予ゆうよを与えるが、我のしびれが切れれば、その時はこの男の命はないものと思うのだ」

 その声は、とても大きく空の彼方へも響き渡った。ヴォーナは、元の席に戻りながらギヴァンにそっと耳打ちした。

「これよりあの男を守るためこの地の使者たちが姿を現し、でもあの男を連れ戻そうと我らと一戦交えることとなろう。我とってもあれらの素性など知らぬ、ましてどのようにして我らの手を焼かせるか、ましてどのようにして挑んでくるか、その手の内も知らぬことなれば、そなたは急ぎ十二使徒をこの場に召喚しょうかんし、さらにあの民衆の後ろ我が兵団で囲ませておくよう手配しておけ」

「はっ、判りました。我はみなヴォーナ様の仰せのままに」

 ギヴァンは立ち上がり、右手を腹に持っていき、深々とお辞儀をした後、姿をけした。ヴォーナが席につくとレンがよく冷やさていたワインのデキャンターを手にしてヴォーナのグラスにそれを注ぎ、ねぎらいの言葉を言った。

「ヴォーナ様、お疲れさまににございます。この地の使者らは、そのように用心のいる奴らなのでしょうか? 私にはまだ妖精などのようなたぐいなどとの一戦を交えたことなどないので、なればどうかわたくしめにも戦いの場を与えては下されませんか?」

 ヴォーナを一心に見るレンの頭をで、ヴォーナは少し笑い「頃合いを見つけ、その時は大いに試すとよいが、しかしレンは我の傍におるのだ。あの十二使徒らが手を焼くこともないとも思うが、いざともなればレンは我とともにこの場を逃れるため、我を守護しゅごするのだ。我としてもまだ見ぬ者で、この世には己の知れぬもの、ましてダームとエイムによりそこの男を護るよう命ぜられたものだ。くれぐれも用心にこしたことはないであろう。なあレンよ、それはそなたもわかってもらえるであろう?」そう言い、グラスの中を一気に飲み干し、テーブルにおくと、それを見てレンがまたワインを注ぎ込んだ。ヴォーナは、テーブルに両手を軽くたたくようにし、立ち上がり「我としたことが、ひとつやっておかねばならぬことを忘れておった」そう言い、先ほど立っていたところへと戻り、長テーブルの末席へと声をかけた。

「アランと申したか、そのほうこちらへ参られ」

 名指しされたアランは、なにごとか、と急いでヴォーナの前に片膝をついたが「アランよ。とりあえず、立て」そう言われすくっと立つと、アランの視線がヴォーナをとらえるより早く、彼の首筋に鋭い閃光せんこうが走り、アランの頭はヴォーナの足元に転がった。それを見ていた后は、おいのアランが、と目を白くさせ椅子から崩れた。

レンがヴォーナのもとに駆け寄り「ヴォーナ様、なぜにこの男をおほめめになられていたはずなのに、なぜなのでしょうか?……」

「おやまあ、レン殿はまださなぎの皮が抜け落ちてはおられぬようですなぁ」

 レンの後ろでいつ戻ってきていたのか、ギヴァンが、レンに声をかけてきた。

「ぬっ、ギヴァン、なにをそなたは、我を愚弄ぐろうするか、返答次第ではそなた、その命なきものと知れ」

「やれやれ、戦闘属の獣族の短気な気性は本当に私も手に負えないですが、わたしめも戦闘属に片足をおいた昆虫族のはしくれ、ひと手合わせを望まれるのであれば、いつでもお声をかければよいでしょう。しかし……」

 ギヴァンは、急に声を低くしてレンの耳元に片手をつけ、ヴォーナがなぜアランを手にかけるようなことしたか説明をした。

「よいですかレン殿、この国にはこのような聡明そうめいな若き男がいる、とお褒めになられましたね。ヴォーナ様はこの国はいずれ我らが手中にはいるところ、ならばこのように若く聡明なやからがおれば、いずれは障害になる恐れがなきにしもあらずで、レン殿も聡明ですから、そのことはお分かりくださる、と思いますが……」

「そうであったか、なればそやつを殺さず我らが仲間にしたが得策であろうに……」

 レンのつぶやくようなぼやきは、ヴォーナの耳に入り。

「おお、その手があったか、我も血気けっきなものであやめることに不甲斐ふがいなく先走ってしておったようじゃ。ギヴァンよ、そのほう帰ってきたばかりで悪いが、冥界めいかいの医師、なんという名であったか、その者のところへここに転がるこのむくろを送り届けてくれ。我の意思は、そなたならば分かりおりょう、そのことを我に代わりそのように取り計らってくれ……ギヴァンよ、わるいが頼んだぞ」

ギヴァンは先ほどと同じように腹に手をおき、先ほどと同じセリフを言い、アランの骸と共に消えた。ヴォーナが目をあげ、聴衆に目をやると、そこには聴衆の前には背丈が三メーターを優に超える鎧を着た者たち、十二機が広場を中心に居並んでいた。

「ほんに、ギヴァンは頼りになるやつよ。速やかに我の言うことを成し遂げ……んっ、レンよ、そなたも我は日頃より頼りにしておるぞ」

 ヴォーナとレンは席に戻り、王にあの男、キールをこれから磔にした足元に火あぶりのためのたきぎを積めよ、と命じた。そのさまを静観していたヴォーナは、さあもうこれにて頃合いなのだ、と立ち上がり、キールの近くへといき空に向かい言葉をいた。

「さあ、フェアリーズよ。もう時はきた、時効だ。これよりこの男に火を掛ける。救いたくば、その者が灰になる前に助けに来ることだ」

 そう言うと王にあごで合図を促すと、王は側近にこれよりあの男に火をかけよ、と命じ、キールのところに火を持った兵士が近づき足元の薪に火をつけた。

それを民衆の中で見ていたキールの母が、キールの命乞いの言葉を叫びながら、キールのもとに駆け寄ってきた。それを見たヴォーナは、王にまた目配せをし、この女をやれと命じ、母の近くにいた兵士が、母の背中に剣を振りおろし切った。母は、地にふれ伏しそれでも必死の思いでキールの元へ行こうと地をいながら近づく背中に兵士無情にもは大きく剣を両の手で頭上に持ってゆき、母の背に肺のあたりに剣を突き立てた。キールは、それを炎で焼ける自身の痛みの中、煙る向こうでこれまで自分を育ててきた母の殺される姿を見て初めてもがいた。生まれてこの方、すべてにおいてこの世の無情を味ってきて、キールにとって初めての無情へのあらがいだった。

「さあ、フェアリーズよ。これでもまだ来ぬか。この男のは肌はもうほとんどただれ、もうすぐ内臓もぐつぐつときあがることだろう。そなたらの力ならば、再生のすべなどは持ち合わせておることだろう。したが、もう時期それも叶わぬことだ」

 その時、空から一陣の突風が吹きこんできて、キールの火を一瞬にして消し去った。ヴォーナはそれを見て大きく笑い。レンとそこに居並ぶ十二使徒に号令をかけた。

「さあ、来るぞ。この地とこの男の守護のための妖精たちが、気をゆるめるな。来れば存分にそなたらの力を発揮をし、我にその気概きがいを示すがよい」

 キールの足元でくすぶる燃え残りを空から水の帯がくるくると舞い降りてきて火を消し、キールのまわりを取り囲むようにくるくる回りはじめ、そして水の壁をつくった。十二使徒の一機がキールの側へ近づこうと歩き出した刹那、空より火の玉が振ってきた。それを辛うじて大きなたてで防いだ。その情勢にヴォーナはにやりと片頬を吊上げ、十二使徒に一斉にその男に矢を放てと号令をだしたが、その表情はたのしげであり、やはりこの者は戦うことが好きなようだ。

十二使徒にたちが、きりきりと弓を満身を込め引くと同時に、キールを取り囲む水の壁の外に今度は地中から土がせせり出てきてさらに壁を作り十二使徒の放った矢を食い止めた。

「ふーん、やるな。しかし、所詮しょせんそなたらはまもりの者のようだな。それ、十二使徒よ、一気に攻め込め、その体でその障壁しょうへきを壊すのだ」

 その言葉を聞き十二使徒は、走りだそうとした時、ヴォーナはその者たちに待て、と言い「来るぞ。やつらがこの場に姿をやっと現す。その容姿、拝む余裕をつくっても遅くはなかろう。しかし、なかなかなものだ。我に気配を感知できぬところよりこのような壁など作るのだから、是非にもその雄姿を早く見たものだ」言い終わるや否や空の四方からその者たちは飛んできて、キールのまわりに降り立った。



「ああ、もう本当に長い話じゃ、聞くのも疲れたじゃろう。しかし、この話には、まだまだ先があって、まだ序章というところか? それでも、まだ聞きたいかのう? その顔ではもっと話せ、といういう顔かのう?」

 目の前にいる黒いローブをまとい、髪は黒々とし黒いローブと同化していた。顔にはいくつものしわが深くあり、俺からの印象は七十歳の年寄りに見えるが、先ほどから話す物語の中で時折みせる眼光は鋭く、声にも張りを感じられる。俺の目の前にいて話をしていた老人が賢者で、この国に伝わる幾つもある勇者伝説は、読み物として更に数々の舞台演劇などがあり、それすべて見たり聞いたりし、賢者自身が余分な脚色のたぐいなどを取り除き、それをまとめ推察すいさつして話してくれたのだ。さっきの話の内容で賢者はこと細かく話のもれれがないよう慎重に話してくれた。それは、俺がその勇者の生まれ変わりで、どうしてもこれから話す妖精たちの悲運な死を無駄にはしないで欲しい、とのことで、俺も聞く身にともなれ責任重大ってとこだろう、けど俺にはまだ自分が勇者の生まれ変わりという自覚は湧かないが、目の前の賢者の話は、十分俺を引き込むほどに、面白く俺自身の中に物語の情景までも映し出されるほどに……って、それでもこのじいさん、凄いことに二時間以上は話し続けている。って、やっぱり疲れた。

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