第一章 - その七


                 その七



 俺たちは、砂の上を飛ぶように疾走していた。俺は中学の頃、学校の牧場体験学習で少し乗馬体験をしたことがあるが、馬は走るたびに俺の体を上下に震わせあまりいい乗り心地はしなかった感じだった。しかし、今俺の乗るトカゲの背は快適だ。四つ足を使っての歩行は多少の振動はあるものの、まるで絨毯じゅうたんが地表を滑るように飛んでる感じだ。

俺は、このトカゲをサンドワームから隊を救ったお礼にと、あの左頬から肩にかけて火傷を負った隊長から感謝の気持ちとして、もらったものだ。その時、なぜ彼らはここを通ったのか訊くと、隊長の話だと、ゼーラン国の町界隈かいわいで幽霊のような魔物が出没していて、国の教会の聖教隊と協力し合って退治をしているが、消滅させても魔物の数は減るどころか、更にまた姿を現し際限がなく、国王代理のバーリル殿下より、教皇の進言で砂漠の彼方のオアシスにいるという女神、メージュ様の加護をいただきに行くようめいを受け、そこに行く途中なのだ、と言っていた。でも、そこに行ってもメージュというのは、もう伝説でこの世にいない存在なのでは? っと俺が尋ねると、隊長の云うことではそんな伝説にでも頼らねばならぬ今の我が国はそれほどに国の存亡にひんしての国王陛下のご決断なのだと言う。

俺はその話を聞き、すぐに隊の姿が見えないところに行き、メルにそのことを、どおする? と訊いたら彼女は嫌だとつっぱねた。

「ダーリン、私と貴方はもう離れられない運命を持ているのよ。それに、日頃オアシスにいる私たちに対しての心がなく、五百年前に天魔を若き勇者様とメージュ様が倒して、それ以来ほんの数十年はたくさんの人々がもうでに来てはいたが、今では忘れ去られた存在で、今となっては一向に彼らからの感謝のおもいは感じられないのに、なんで今は国の存亡の危機だから、と私に頼って来て、虫がよすぎなのよ。それに私はダーリンの傍を絶対離れないからね」

 と言って、国がなくなっても自分には全く関係がないことだ、と言い彼らたちへの協力は少しもする気はないようだった。

俺はそのゼーラン国がどういった国なのかまったく分からないから、余り口を挟むのをひかえた。っで、そんなこんなで、メルのことは隊長にはまったく話さないでおいた。彼は「我ら隊を救ってくれてありがとう」と云いこのトカゲをいただいた、ということだ。

トカゲの走るスピードは速く風も頬にあたり気持ちい……頬にあたり? って、俺の前で風を受け、楽しそうにトカゲに乗るメルの青い髪の毛が俺の頬にあたり、たまにむちのようにしばいてくるから痛い。彼女は飛べるはずなのに、なぜか俺が隊を見送りトカゲにまたがり手綱を持った瞬間、メルは俺の前にいた。

「さあ行くわよ、ダーリン、レッツゴー」と楽しそうに、トカゲの首あたりにはチーたち精霊がいて、彼女らも楽し気にはしゃいでいた。

「メル様、こんなのもたまにはいいすねぇ。最近ずっとメル様のダーリンのやろうの臭い胸元の石の中でジッとしてましたが、こんなふうに風を感じながらの旅も、なかなかいきな気分でいいすねぇ」

「そうねぇ、私もこんな風にダーリンとハネムーンに砂漠を行くとはねぇ。早く暮れないのかしら、こんな砂漠を月に照らされダーリンとふたりだけ……アア、なんてロマンティックなの? アア、もうどうしましょう? 私たちこれから初夜を迎えるの? アア、もういやーん、ダーリン、やさしくしてね。お・ね・が・い」

 って、なんでだよ。俺の心にはリーンがいるんだから、そんなことにはならないのは分かっているはずなのに……しかし、そん風に考えるが、前にいるメルがやたらと腰を振って俺に尻をあててくる。なんだか俺の理性っていうか、貞操意識の危機感がムクムクと頭を持ち上げる。俺は何のためにここに来たのか、俺の運命のひとのかたきを討ちに来たのではないか、と自分に言い聞かせ理性を保とうと必死になるが、その時イヤーンとメルが変な声を出し、ふっと姿が見えなくなった。

「オイ、どうしたんだ、メルどこにいったんだ」

 すると、胸のポケットの中からメルの声がした。

「ねえダーリン、私のお尻に当たってたのって、貴方のナニよね? 私まだその準備が出来ていないの、って言うか、私ね、本当は怖いの。だから今は待って、せめて陽が暮れて月が出て、とてもロマンティックな気分になれたら少しは出来るような……たぶん。だから、ダーリン、今は待ってね。貴方もそんな風に私への気持ちを形にして伝えてきたんだから、それに私はこたえたいの、だから今は待っていてね、ダーリン」

 何か、訳わかんないことになってるようで、またおかしなことになりつつある。俺のメルへの気持ちを形に、って俺がメルの尻での妙な刺激で硬くしたもので、一般成人の健康男子なら、つまりそうなるよね。って、それを愛の形にはならないけど、不覚にもそれをメルに感じ取らせてしまったのはやばい。やっぱメルも誤解しちゃうよね。って、もんで陽が暮れるのが、複雑な心境だ。

「オイ、メル様のダーリンやろう。なんで辛気しんき|臭そうな顔してんだ。この世で一番うつくしい妖精メル様と一夜を伴にできるというのに、なんでそんな顔をしてんだよ」

「ほんとよね~。このひとバカなんじゃあないの? それにしても、とうとうメル様も女神に転身されるのかなぁ?」

「エッ、それどうこと? あちしはしらないんだけど」

「アア、やっぱ知らないんだ? チィーはまだお子ちゃまだからね~」

「なに言ってんだ。あちしはれっきとした一端いっぱしの女だよ。だから早く教えてよ、その転身って話」

「まあいいわ、教えてあげる。あたいたち伝説の女神、メージュ様は、オアシスを出って行かれる寸前まではまだ今のメル様と同じ妖精だったらしいよ。でも、あの若い勇者と戦いに行かれる前の夜に女神に転身なされたそうだから、それはやはり……エヘヘ、ちぎりって言うか、やっぱそうなんじゃあない。一晩で女が変わる、ってやっぱし男がいて、女を変えたってことは……」

「フムフム、なるほどね。それも有りかもしれんな。ってことは、ムフフ……オイ、ダーリンやろう、メル様を女に変えたら、次はあちしと契りを交わせ。そして、あちしを立派な女にしてくれ」

「アア、やだ、チィー、あんたバカ? それに女になるんじゃあなく、あたいらが目指すのは最終的には女神だからね」

 俺には到底わかることなんてないことだが、ようは妖精が人と結ばれれば女神に格上げってこと? そうなんだろうか、それでメルも俺と結ばれて早く女神になりたい、とそういうことか。手綱を握りながらそんなことを考えていたら、トカゲの前を走っていたシェリーが吠えながら立ち止っていた。そして、走っていたトカゲも止まった。また敵襲かと辺りを見回したが、何も見えなく、シェリーにどうした、と訊くとシェリーはしきりに前を見ろと首を振りうながしている。よく目をらして前を見るとかなり離れたところに緑がかった色彩が砂漠の向こうに陽炎かげろうのように立ち揺らめいている。これでメルとの契りのことなど考えなくてもいいこととなりそうだ。

やっと俺たちは、賢者の森に辿り着いたようだ。トカゲの足をまた歩みださせると、段々その森が近づいてきた。そしてその森の入り口には何やら人影のような黒いものがたっている。


その人影を目印に向かっていくと、そこには黒髪の長いおだやかでやさしい目をした細面の男がったっていた。

「よくぞ、いらっしゃいました。貴方がマサキ様という勇者様ですね。さあさあ、こちらへどうぞ、それにお乗りなられているトカゲの方もどうぞ一緒に、こちらに置いておかれると夜のうちには骨になっておりますから。それとオアシスの妖精メル様もご一緒なのでしょう? そう隠れてないでお姿をお見せになられては下されませんか」

「エッ、なぜそれを知っているのですか。それに俺がここに来ることも知っていたようですけど」

「アア、それは、そのことでしたら、つい先ほど、ゼラス卿からの使い鷲が文を持ってきて、それを賢者様がお読みになられて、私に出迎えるようにと云われたものですから」

「でもまさかそれには妖精も同行しているとは書いてはいないはず。それをどうして、貴方は知っているのでしょうか」

「エエ、それは長い話になりますが、端的たんてきに申しますと、私がこの地の伝説や伝承をみ、読んでの推察すいさつなのですが、やはりメル様もお連れになられての行動なのですね」

「それがどうしたというのですか。貴方は伝説から読み知ったということは、俺にはどうしても分かり兼ねないのですが」

「アッ、エエ、そうでしょうね。実を申せば、私は貴方の来ることをずっと待っていたのです。私がこの森、賢者様に引き取られそれ以来五百年前の勇者と女神メージュ様の伝説を賢者様と語らいながら世の流れとこの地のマナの流れを読む勉強をしていまして、そこで賢者様と私の考えが一致いっちを見せて、近くこの世に勇者が姿を現すとの見解でした。それならば、と私はメージュ様を送り出したメル様は勇者のご帰還を目にした時は、メル様もきっとご一緒のはず、と私は考え楽しみに待っておりました。それではっきりと言ってもらえるとうれしいのですが、メル様はおいでのはず、それはいなか?」

 彼の言うことをにわかに信じることが出来ずに考えていると、メルがポケットから飛び出し姿を現した。

「そうです、私はダーリン、いえ、この方が勇者かどうか知りませんが、彼に付いてきました」

「アア、やはりそうでしたか、この方が勇者ということなど考えずに付いて参られた。それで十分でございます。なぜなら、私の考えでは勇者となられる方と妖精メル様は互いにかれ合う運命さだめなのですから」

 それを聞いたメルは何かご機嫌となり俺の腰に手をまわしてきた。

「ネッ、ダーリン、やはり運命なのよ。私、貴方を見た時ビビッと感じたもの、この方がおっしゃったことは真実よ。私もそう思うの……」

「ありがとうございます、メル様、私を信じてもらえてとても光栄です。マサキ様、それと貴方は知らないことと思いますが、貴方の傍にいるその長牙狼ロング・タスク・ウルフのことをご存知ぞんじありますか、そのものは昔、勇者が最後の戦いのおもむく際に深い傷を負いオアシスで傷の手当てをし、オアシスの地を護るように、とそこにおいていった狼です。そしてこの狼はずっと勇者の帰還を待ち、それでも願いは叶わず、その意思は子孫へと代々受け伝わってきて、やっとその時が来たのでしょう、そんなにも貴方をいとおしそうにし、傍にいますから。アッ、それと、これはどうしようもなく決定的な証拠です。その貴方が持っておられるその牙です。その牙は、女神メージュ様だけが召喚のできる水の竜の牙です。それは誰も触れることをこばみ、たとえ触れたとしてもケガや大火傷を負うこととなるものです。それを貴方は手に持っておられる、ということはそうです。それが紛れもなく貴方が勇者の生まれ変わりということのあかしなのです。それでもお疑いの余地があると言えますか?」

 俺はそのことを聞いて、反論できずにただ黙っているしかなかった。

「ああ、そのことについては俄かには信じられようもないことでしょう。さあ、後の詳しいことなどは、賢者様のところへゆき、お話を聞かれるがいいと思います。ささ、さぁー、中へと参りましょう、賢者様も首を長くしてお待ちのことでしょう」

 そう言い、俺たちを森の奥へと誘っていく。


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