第一章 - その六



                 その五




 俺のいるこの砂漠はかなり広いようだ。メルの言い分では、賢者の森へはこの方向であっていることのようだが、先の見えない広大な地を行くというのは、やはり心を細くしてしまうものだが、傍では、メルとチィーたちの賑やかな会話でセンチメンタルな想いにもならずにすんでいる。

うるさいと言えば、メルのキスして、とねだるのはとにかく、ほんとウザイ。メルは女神となったメージュからキスの話を聞いたそうだが、余計なことを教えたもんだ。あと、厄介なことがもうひとつ、俺とシェリーは、シェリーが獲ってきた獲物を俺が捌いて調理し食べ、腹は満たせるし、メルはこの地を漂う水分から生命の気となるものを取り込み、食事となるものは一切いらないらしい。問題なのはチィーたち妖精候補のやつらだ。あいつらは、メルとは違いまだ妖精にはなりきれていないから今はまだ樹とか花とかの精霊なのだという。そのせいで、昨夜もう寝ようとしたらメルがきてお願い事をいってきた。

「この子たちは、日頃は花や木から精気をもらっているのだけれど、この砂漠にはその花や木がなくて少し弱っているみたいなの、だから少しお願いできないかしら」

 と言ってきたので、俺もそれはかわいそうだ、と俺に出来ることならやってもいい、と言った。それが、厄介なことで一晩の間あまり眠れずに朝を迎え、今はだるくて歩くのも嫌になるほどだ。その厄介ごとは、チィーたち精霊のやつらは、メルがいいわ、という合図とともに飛んできて「ありがとう、いただきま~す」と言い、俺の服に潜り込むとペロペロなめたりチュチュ俺の肌を吸いはじめた。そのくせこいつらは、勝手なこと言い始め嫌になった。

「オイ、こいつあまりおいしくない。木だったらあちしらすぐお腹一杯になるのに……」

「あたいなら花がいい。花の香りでいっぱい幸せになるのに……」

 ほんと勝手にほざいていい気なもんだ。そのおかげ俺は一晩中もだえた。

「オイ、メル様のダーリン、昨日はありがとうな、あちしらお前のおかげでこのとおり、元気になったぜ」

 俺のところに飛んできてチィーが、礼を言ってきた。まあ、感謝の気持ちはあるみたいだ、仕方ないこつらもゆるしてやろうか。

「ダーリン、大丈夫? なんだか、きつそうだけど、もしだるいのなら私が元気にしてあげる?」

 そう言い、目をつぶり唇をとがらせ顔を近づかせてきた。背中をまるめうつ伏せ気味で歩く俺は、メルの相手をするのも嫌で、彼女に手で虫を追い払うようにふった。

「アァ、もうダーリン、私はダーリンの体を心配して言っているのよ……アッ、あら、何かしら……」

 メルが不思議がる方向を見てみると、右前方から砂埃すなぼこりを巻き上げながらこちらへと何かがやって来るのが目に入った。

「アッ、あれはゼーラン国の騎兵隊ね。私は見られると厄介だから、私たちはダーリンのポケットの石に隠れているね」

 そう言い、メルと精霊たちはフッ消えてしまった。その騎兵隊が、俺を見つけて進路をこっちへ向けてきた。近づいってくると分かるのは、騎士が乗っているはのかなり大きなトカゲのようで、全長は三メートルちかくはあるやつだ。俺の側まで来て、隊長らしきやつが、手で隊全体に止まるよう指示し、俺の前で兜の前のベール地のような布を取り、俺をしげしげと騎乗から見下ろし、質問をしてきた。

「お前はどこから来た? そんな風変わりな格好はこの国のものではないな……オイ、この者を捕らえよ。こやつはウリュ国の密偵やもしれぬ。早く捕らえよ。ンッ、そいつは長牙狼ロングタスクウルフではないか? しばし待て、用心をせよ。こいつがいるっていうことは、近くに群れが潜んでいるやもしれぬ。皆の者、対陣を作り迎撃用意」

 そう言うと、部下たちに隊長と俺を中心に円を描き陣形をとった。

「アッ、あのう、隊長さん、近くにこいつの仲間はいません。ここまで来たのは俺とこいつだけです。それに俺は、どこぞの密偵とか怪しいものではありません。ただ、賢者様に会いたくてその森に行こうとしているだけです」

「嫌々、どう見ても怪しい。なら、身分を明かせるものは何か持っているのか?」

 そうは言われても、俺には何も身分を証明することなんて何もない。考えあぐねていると、また質問してきた。

「ところでお前は、どれくらいの力量のテイマーなのだ? こんなに大きな狼と、伴に出来るのはかなりの者だと思うが、どうだ? そなたが、身分を明かせば、敵国の者だろうとわしは構わぬ。改心をしゼーラン国に忠誠を誓う、と言うならば、わしがそなたを召し抱えるがどうだ?……やはりか? 誰か、そいつに縄をかけろ。こいつは改心などせぬ、オアシスに行った後、こやつを城に連行し拷問にかけ白状させてやる」

 言われた俺の側にいた兵士が縄をかけようと後ろへ回り俺に触れた途端、兵士が俺の背中に背負っていた牙に手をかけた瞬間、バチーンと大きな音と共に兵士は弾かれた。それを見て隊長が、もう構わないからこいつを殺せ、と指示した。

もうどうしようない、相手は戦闘においては熟練した者たちだ。敵うわけがない。その時だった、大きな地響きが鳴り響いたかと思えば、兵士の一人が宙に飛んだ。嫌、飛んでいるのではない背中に何か太いチューブのようなものが、地面から出て来てその兵士を捕まえ上げたのだ。兵士は数にして百人はいるだろうか、見上げている暇もなくまた別のところで悲鳴が上がった。

どうなっているんだ、と考えあぐねていると胸ポケットからメルの声がした。

「ダーリン、逃げて早くこの場から離れて、そいつらはサンドワームでこの地中にいて、たくさんの触手を持っていて危険だわ。それに出来るだけ地面に振動をかけないでね。そいつらは目がなくて地表の音をたよりに襲ってくるし、地表に出れば空気の微かな振動で獲物を感知して襲ってくるから気を付けて……アッ、そうそう、あいつらは常に毒ガスを体内から噴き出しているから近くに寄っても危ないわ。だから、早く少しでもこの場から離れ、わたしが毒ガスの効能を無効化する魔法をかけるから、私を出せる場所まで早く」

 それを聞き俺は、シェリーと共に駆け出した。そこでいい、とメルの声を聞き俺たちは立ち止った。メルが出て来て呪文らしきものを唱え手を上げた、その刹那宙から水がドシャと落ちて来て俺とシェリーはずぶ濡れになった。と同時に俺たちが逃げようとしていた方向からもサンドワームの触手が数本現れ、こっちへと向かってくるようだ。

「どうすればいい、メル、どうやったらこいつらを倒せるんだ」

「倒すって、ダーリン、それ本気で言っているの? ま、まあ倒せないことはないんだけど……あいつらはたくさんいるように見えてるけど、でもほんとは一つで、その本体は砂の中にいるわ。そいつを倒せば後は触手も死ぬわ」

「そうか、分かった。でもどうやって本体を出させるん」

「それなら、もうすぐあの近くに大きな穴が開くはずだわ。あいつは触手で捕らえた獲物を食べに口がある本体が出てくるはずだわ」

 分かった、と走り出そうとしたが、倒す方法を俺は知らない。どうしようと思いあぐねたその瞬間、また牙が俺の意識に入ってきた。

「オイ、何やらまた困りようだな、我がそなたに指示を出すからそなたはただ我の言うままに動け。ただあの妖精に口をつけろ、そしてもらえる分たくさんの精気をもらえ、そうでないと我は力も出せぬし、やつを倒せる大技も出せぬ」

 分かった、と念じ、メルの両肩をつかみ引き寄せ唇を合わせ思いきり吸った。メルはウーウー呻りながらじたばたと抵抗したが、俺の手からは逃れきれなかった。

「もうよいではないか? そのくらいで」

 その声を聞いて俺はきびすを返し、サンドワームへと向かう。後ろではメルの声がフェードアウトして消えていく。

「アァもう、またダーリンのインチキー、また勝手にぃ、もう大胆なんだからぁ。でも、そういうのも好き~~……」

 俺は、隊の中心へと駆けてゆく、だがその途中、砂の地表からは次々に現れる触手を手に持つ牙でぐよう打ち交わしながらどうにかあの隊長のところへとたどり着くと、隊長は首から腕にかけて火傷を負っていた。どうやらあのサンドワームっていうやつの吹きかける毒というのは、強烈な酸のようだ。その酸を体から汗のように噴き出し、それが蒸気のように空中を漂いそれを吸えば喉を焼き、ワームの表面に触れようものなら火傷を負うということなのだろう。どんなにそこで苦し気にのた打ち回っている騎士たちが金属の鎧を着ようともあの強烈な酸には敵わない。目を閉じ痛みをこらえていた隊長が目を開き俺に気づいたようだ。

「オッ、オイ、どうしてだ? どうしてお前はここに戻ってきた。この騒ぎならどうにか逃げおうせたものを、あの化け物どもには我ら騎士といえども、悔しいが敵わぬようだ」

 そう話す隊長の目には悔し涙がながれていた。

「アア、俺も悲しいことに、逃げるタイミングをなくしてしまってさ。それに俺は人に追われるようなこともしていないから、逃げるなんてことする必要もないぜ……そんじゃあ、なっ」

 そういった刹那、少し離れた前方で大きな音ともに大量の砂が舞い上がった。やつだ、やっと本体が獲物を喰らおうとその姿を現したんだ。やってやれるか分からないが、この牙を信じ、その指示のままにやってやる。もう逃げ場はない、やるっきゃないんだ。そう覚悟を決めたら一気に闘志が湧いてきた。駆け出し向かった前方には砂煙だらけで、あまり見えなかったが、その中を行くと突然あいつが現れた。

俺の目の前には、あいつの頭が俺の記憶の中にある電信柱を優に超え、あいつが見おろしている感じだ。しかし、メルが言っていたように目はどこにも見当たらない。

「オイ、牙、どうするんだ。こんなにデカいのに、どうやってやりゃあいいんだ。オイ、牙……」

「アア、聞こえている。でもなぁ、我もこのようにデカいとは、思わなんだ……だがな、少し待て。あやつとて、何か弱点はどこかにあるはずだ。今少し思案中だ、だから少し待て」

 その返事を聞いて俺は、腹が立ってきた。この牙の言うことを聞いたばかりに、あの時なら逃げていられたものを……ちくしょう。俺にはそんな後悔などしている暇はなかった。触手が一直線にこっちの方へやって来る。それを牙で受けようと身を構えたが、触手は牙に触れた瞬間バチッと音を立て今までになく大きな火花が散った。どうやらこいつの汗は火との相性がいいようだ。

ギャゥーン、とシェリーの悲鳴が聞こえた。目をやると、シェリーが今まさに触手によって弾き飛ばされているところだった。あいつ大丈夫か、と心配しシェリーに目がいっている隙に、俺も触手に痛烈な一打を見舞われ弾き飛ばされた。結構な距離をすべるように弾かれ息絶えたトカゲの体に当たり止まった。メルの魔法のおかげで俺とシェリーは打ち身程度で済んだが、やはりかなりの衝撃で痛い。立とうとすると急に牙が喋ってきた。

「オイ、ちょっとまて、そのトカゲたちの背にあるのは、小麦粉とかの粉ものか?」

 調べてみると、この百人ばかりの小隊用の食事のものらしい。

「オイ、これは使えるかも知れぬな。それをここに集めておけ」

 何となく俺にも分かってしまった。この牙やろう、この粉で粉塵火災ふんじんかさいどころか、粉塵爆発を起こす魂胆こんたんでいるようだ。俺はさっそく、食料を背にしたトカゲたちを集めるだけ集め、それから背負っていて粉だけを別にし置き。後はサンドワームに気づかせるため地面を飛び跳ね手を振りやつらを挑発した。

俺の思惑は当たった。俺の考えた通りに、あいつらは挑発に乗り触手を俺一人に狙いを定め一極集中とばかりにやってくる。次々やって来る触手たちを昨日のゴーレム討伐戦とうばつせんの時のような戦法で力を温存しながらの牙捌きばさばきで、後は本体を誘き寄せる、って今回の戦法だ。やはり昨日のゴーレム戦が今日の戦いに活かせている。右往左往からの触手の攻撃にも怖気おじけることなく余裕でやり込める。昨日取得した俺の妙技の旋風切せんぷうぎりで、つい楽しくなって笑いが出てしまう。って、ちょっとやばい、雨が降ってきた。空を仰ぐと俺の頭上にはメルがいて、あいつが俺めがけて雨を降らしている。

「オーイ、コラ、雨を止めろー。雨を勝手に降らすなー」

「エッ、雨、止めろ、ですってー。あのサンドワームたちの毒はかなり強烈よー。だから、毒除けの魔法を補充しているのー。ダーリンが止めろ、って言うんだったら止めるわよー……どうするー?」

「ウン、分かったー。そのままでよろしくー。だけど、あそこにある荷物なんは絶対に濡らすなよー」

 俺は戦いながら、その場所から少しずつ離れた。やばいところだった。粉塵爆弾の原料の粉を濡らすところだった。雨降らすなら降らすで、降らすよー、って一言云えばいいのに、もうほんとバカ妖精が……そうこうしている内に気がつけば、地面から顔を出した本体がこっちにかなりのスピードでやって来るのが見えた。

「オーイ、メルー、もう止め、もう雨は降らさんでいいぞー」

 俺はそう言い、一目散に後ろに駆けてゆき、粉のもとに戻って来た。俺を追う本体は大きな口を開け速度など緩めることなく近づいて来る。開いた口から見える喉の奥の方まで尖った歯がぎっしりと埋め尽くされている。そいつに噛まれたが最後、骨もろとも細かいミンチのようにられて後はウンチだ。そう頭に浮かぶだけでゾッとする。

「ところでオイ、牙、俺は火なんか持ってないけどどうすんだ?」

「アア、安心しろ、そなたは、ただ我が、今だと合図をしたら、そなたの持つ我をあやつの口めがけ突き立てい。それで上手くいくはずだ……ただし、そなた臆するでないぞ」

 って、なに云ってんのか分からない。もしやこいつ、俺にあの大きな口めがけ突進しろって云ってのか? さっきのミンチ+ウンチが頭をもたげ背中が凍り付き身震いする。

そうこうしている内に、やつは後二十メートルとい距離まで迫ってきた。それを見越して、一気に粉の入っている口の空いた袋を片っ端から投げまくりった。投げ終わる刹那、声がした。

「サァ、今ぞ。やれー」

 その声を聞いたと同時に、俺は牙を構え、迫ってくる大きな口にきばを突き立てるように向けた。その時、驚くことに牙を突き立てたと同時に、牙の先から火炎の放射となる大きな火が、密度の濃ゆい粉の霧で充満したサンドワームの口に吸い込まれてゆき、俺たちの思惑通りにサンドワームの体の奥から大爆発を起こさせた。しかし爆発を起こした火はやつの喉元に行くものと同時にこちらへもやって来て、大きな火柱とともに俺は灼熱の炎まみれになった。「ウオォー、ウオォー」と砂の上を転げまわる俺はもう駄目か、と思いながらも諦めきれず、転がることで火を消そうと、躍起になった……ンッ? なんか、おかしい、全然熱さを感じない。それどころか冷たい。気がつけば、俺は雨に濡れている。そらを仰げば、そこには天使がいる。嫌、ちがった、メルが俺に雨をかけている。

「ダーリン、もうほんとオーバーね。ダーリンは私の魔法がかかてるんだから、そんな火くらいで火傷するわけないのにね……プークスクス」

 飛び交っているメルの傍には精霊のチィーたちもいて、一緒に笑い、俺をおどあざけてたのしんでいる。

アア、もう俺死んでてもよかった。そしてあそこに飛んでんのが、本物の天使だったらよかったのに……。

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