第一章 - その五


                 その五




 夜が明け、目が覚めれば紫がかった空が広がり、この世界の夜明けの空はこのようになんとも幻想的なんだろう、と眺めていたが、左ひざにシェリーが顔をあずけ寝ている。もう片方を見れば、驚くことに俺の肩に顔をあずけるメルの顔が鼻先にあった。メルは触ることは出来るが、重さをぜんぜん感じさせない。そのせいで分からなかったのだろう。って、昨夜俺が寝てから、俺の知らぬ間に……そう言えばこいつ昨夜、勝手な言い分をしていたが、話が長すぎて俺は睡魔に負けて寝てしまたけど、あいつの話は俺からして勝手な言い分だ。

そのメルの話というのが、俺がなぜ、俺のことをダーリンって言うんだ、って訊いたら、それには俺にはリーンって運命だったひとがいるのは知っているし、俺の中にはまだそのひとがいるのも知っているが、でもそれはもう過去のひとで、端的に言って俺にとっては過去のひとイコール元カノなのだ、とそれでメルは自分は今を生きていて過去などには何もこだわらない、だからただ俺の中にある元カノ、リーンへの想いを自分へ向けるため俺好みのひとになる、って自分勝手なことを言っていた。

身をおこそうとしたが、なぜかメルのせいで起き上がれない。重さはないのに、メル自体がまるで鉄になったかのようにびくともしない。まさか本当に鉄になったのか、と確かめ、指でメルの頬をツンツンとしたら、とても柔らかく心地よかった。思わずその頬を撫でてみると、メルがしずかに目をあけた。

「ウフッ、おはようダーリン」

「ウ、ウーン、おはよう」

「ねえ、ダーリン、まだ疲れているんでしょう? 私にキスすれば、その疲れはなくなるわよ。だから朝のご挨拶に、きれいなメルおはよう、ってキスして……」

 うるうるとしたやさしい目でこちらをみていたが、俺はどうしたものか、できればもう早く起き上がりたい、それをどうやって言えばいいのか困惑していると、メルの表情も困惑気味こんわくぎみになった。

「どうしたのダーリン、私にキスすればその疲れは一気になくなるのよ。そして気力も戻って……そしてね、すごく気持ちよくなるんだって」

 すこし顔を赤らめて耳元でささやくように言っていたが、俺はそれでもだんまりを決め込み、顔を反対側に背けた。そんな俺の態度にメルはしびれを切らしたのだろう、俺を突き放すように脅迫きょうはくめいたことを言った。

「もういいわダーリン、また昨日みたいに魔物が現れても、ぜったい助けてあげないんだから。少しは自分に素直になりなさいよ、もう」

 今の俺にはちょっとやばいこと言ってんだこいつ、確かにメルがいなければ、俺とシェリーだけではサンドゴーレムなどの魔物は倒すことは、昨日メルにシェリーの体と俺の牙、それに俺自身メルの聖魔法で攻撃と防御の力を授けてもらった。それに、メルはちょっとした儀式まがいなことをして、俺はメルからパラディンという称号も付与してもらあった。

 メルに、パラディンになった俺の力は昨日のサンドゴーレムとかの魔物を倒せるのかを訊くと、メルは「まあ、ここいらの昨日のような低レベルの魔物ならば、今のダーリンでも一応は倒せるわ」って、言っていたが、まあ一応はたおせるのならいいか、って思ったけど、それ以上の魔物が現れたらどうすんだ。って訊いたら「その時は全速力で逃げて」と言われた。それを聞いた俺は、脱力感で目の前が真っ暗となって気落ちした。それを見たメルは、俺の気を察知したのか「まあ、そんなにめげないでよ。一応、ダーリンの目の前に弱きひとや困っているひとを助けるために剣を振るえば、それなりに少しずつダーリンの魔物に対しての攻撃力や防御力はそれなりに上がっていくんだから、それなりの勇者へとなれるかもよ。だけどね……アッ、ううーん、なんでもないわ」希望めいた言葉を並べてもらったが、だた最後に言葉を濁したのが、気になり俺はしつこくメルに何か濁した訳を問いただししたのだが、やっと聞けたその訳は「ダーリンの前に救いを求めるひとがいれば、戦えるわ。でも、パラディンという称号には、昔メージュ様がその称号を与えた人たちの中に私利私欲に走り金儲けのため金持ちから貧乏な人々まで横暴をはたらき、それを見かねたメージュ様はそれ以降、人助け以外は力を出せない封印の魔法も付与されてしまったの……まあ、そんなに落ち込まないで、ダーリンの心は純真なことが分かったの。それは、パラディンの称号は正義感と仁の心を持つひとだけがもらえる有難いものなのよ・・・・・・ただし、救いを求められていない時は剣を抜くこともできないわ。気を付けてね」と言われた。

 今の俺は、いくらパラディンの称号の加護で魔物を倒せるとしても、昨日のゴーレムの群れ、いやそれ以上の大群たいぐんとなれば、俺の体力では到底すぐ尽きるだろう。なにせ、俺の牙は使えば使うほど、俺の体力と気力を消耗させ、多分半時の間に俺はこの荒野のちりとなるだろう。

 思いをなおし、俺はメルのほうを向いて「ごめん」と言った。

「それでいいのよ、ダーリン、あのね……」

「いい、今はいいや」

「エッ、な、なあに、私のキスがいらないの、それとも自分ひとりで戦うって言っているの?」

「いや、今は遠慮しておく、って言っているの」

 俺のその返答に、メルはなんやかんやと小言をいっていたが、俺としてはメルのまた、私にきれいでうつくしい妖精メル様とか、なんやかんやと勝手なリクエストで俺の口から言わせたいのだろう……ほんとに、なんか疲れる。その言葉を言ってしまえば、なんかこいつに負けたようで嫌になる。



 メルは少し砂が隆起した丘の上で、乾いた風を頬に当たりながら、雲ひとつない空を眺めていた。

「メル様、どうしたんですか? 助けに行かなくてもいいんですか? メル様の大事なダーリンのやろうが、やばいんですけど……いいんですか」

 メルのお付きのチィーが進言してきたが、それを無視してどうでもいいわ、という風にそっぽを向いた。


俺とシェリーは周りをサンドゴーレムの群れに囲まれていた。メルに授けてもらった力は、やはり伊達じゃあない。ひとつ牙を打ち込めば、打ち込んだ分敵のサンドゴーレムはザラザラと音をなして崩れていく。体力も回復しきっていた俺は、シェリーと俺たちだけでもいける、とふみ、シェリーの闘争本能も満足気味にあちこっち飛び跳ね体当たりをくらわしゴーレムたちをザラザラと倒していく。しかしそれは最初だけの話で、今はさらに現れたゴーレムの今朝恐れていた大群が幾重にも俺たちの周りを囲み襲ってくる。段々と疲れが見えてきた俺だが、まだメルに助けを求めたくはないのだが、シェリーを見るとあいつも疲れたのか集中力をなくし、たまに攻撃を外すことが増えてきた。それに俺も同様に、踏めばサラサラと頼りのない砂の足場に、足を取られ、たまにこけることもしばしばだった。

メルを見ると彼女は優雅にチィーたちと風当たりのよさそうな場所で俺たちの戦う姿を眺めていた。さすがにメルは、自称聖なる女神候補の妖精なのか、魔物のゴーレムたちは近づこうとせずあいつらを避けるようにしてぞくぞくと後からあとからメルたちを素通りして群れはこっちへとやって来る。そんな彼女に、俺はゴーレムに背中を大きく強打され、息もつけず思わず「メル、水をくれー」と叫んだが、ドシャっと水が降りかかったが、それはただの水のようでゴーレムたちは濡れた俺に容赦なく攻撃の手をとめない。メルを見るたび彼女はフンっとそっぽを向き、俺の視線をかわしつづけていた。

むかつく妖精、やたら根に持つ性格の妖精メル、今を私は生き、過去には拘らない、って言っていたのは誰だ、って思うが、俺もなぜか意地になる。背中に一発強打が入り、すかさず腹にも打たれ鈍い痛みで吐きそうになる。そんな二段攻撃、三段攻撃と喰らう数が増えてきて意識も朦朧もうろうとしかけていた時、意識の中にまた声が聴こえてきた。

「オイ、どうした? まだそんな程度でへばったら困るではないか。如何いかにそんなに疲れようと、そんな動きで剣さばき、いや牙の、我さばきをしておれば、こやつらを殲滅せんめつするなど到底できぬ。よいか、出来るだけ腰をかがめ重心を崩さぬよう、それに敵に向かうではなく来る敵だけに集中し的確に適量の力の分で打ちはらえ、後はひとつり出した攻撃を無駄にせず、ふたつ目の太刀筋を考慮こうりょの上、二段三段と攻撃の手をつなぐことと心得よ……あともう一つ、そなたにもらった気力を戻してやるから、心配などせず心おきなくやり尽くせ、そこに大いなる意思は生まれると信じ、恐れを断ち切れ、そなたの前にはいるのは、敵ではなく恐れという敵なのだ。さあ行け、己の意地をこの地に大きく轟かせよ」

 へたり込んでいた俺の背には、叩かれ蹴られ幾つもの衝撃の中で、俺は宙に向かい思わずえた。咆哮ほうこうに似た叫びは周りの空気を揺さぶり、それに恐れをなし一瞬足を止めたゴーレムたちは、俺が腰をえさあ来い、と構えるのを合図に一気に押し寄せてくる。

不思議なことに、俺にはゴーレムたちの動きが鈍くスローに感じとれ、最初の敵に袈裟懸けさがけに落とす牙をさらに右足だけ少しずらしてからの腕の伸び切り戻ろうとする反動の力で、新たに来る敵に連続攻撃となる一撃を喰らわせた。

その攻撃は会心の一撃で、手答えはあるものの腕や体には然程さほどの負担は感じ取れなかった。これなら行ける。そんな思いは自身に余裕というものが生じ、さらに来る敵の群れの動きを見ることができ右から来るものと左からの敵の微妙なずれを見極め、どこから先に打てばいいのか頭に浮かぶより先に牙を繰り出しザラザラと敵は崩れ砂塵さじんの山を築いてやった。

これは俺に課された修練なのだ、といい聞かせ、面白いように敵にクリティカルヒットを繰り出す攻撃は、いつしか牙を数字の八をインフィニティ記号のように横にし、牙の旋風切りのようにザラザラと打ち倒す。気が付けば俺は笑っていた。高らかに笑いが、抑えようとも勝手に俺は笑う。笑っているのは牙の感情などではない、俺自身が笑っているのだ。まるで子供の頃に修得したシューティング・ゲームで高難易度の連射を覚え、それをやり込むかのように、俺自身が楽しさを感じている。

しかし、その行為は一時間も過ぎた頃だろうか、まるでバッテリーが切れるかのように疲れがどっと押し寄せ、繰り出す牙の攻撃も思う箇所にはいかなくなり、当てそこねては逆に反撃されることも多くなりやばい状態だ。俺は何度も体勢を整えなおそうとしたが、その度に手のとまった俺の体のいたるところへの波状攻撃に見舞わされた。

立て直し打ち込み、そしてずたぼろに打ち込まれ、いつしか俺は内臓を守るようにうずくまりゴーレムたちの攻撃の的になり、ぼろくそに打ち込まれ、痛みの中脳裏に屈辱的なあの『うつくしくきれいなメル様、どうか……』というセリフが頭を何度も駆け巡る。

激痛に耐える中、突然攻撃の手がやんだ。なぜだ、と屈みながら顔を少し浮かせ見た敵の姿はなく俺の周りには砂の小さな山が点在していた。そして俺の前にはメルが見下ろしていた。

「貴方、そうとうにいかれたおバカさんね。いいわ、今回は私の負けよ。私の方から貴方にキスしてあげるわ」

 そう言い、その場に座り込む俺の右肩に手をおき、彼女は右手で俺のあごを上に向かせ唇を合わせてきた。その瞬間、甘く俺を溶かしていくそんな意識が自身の中で駆け巡るのを感じ思わず目を閉じていたが、目をあけメルを見上げれば、彼女は立っているのも辛そうに置いている俺の肩に力が入り、俺を支えとし目を閉じたまま涙だが頬を伝い落ちている。

俺は彼女に後ろから迫ってくるゴーレムたちを迎え撃とうとメルから離れようとした時、それを感じ取ったメルは、下半身をくねくねとさせながら、腰をより屈め俺の耳元にやさしくいたわるように囁いた。

「ダーリン、いいのよ。貴方はまだここで少しお休みになっていて」

 そう言うと、俺のもとを離れ宙にふわりと浮かんだかと思えば、言葉を漏らしながら一気に飛んで行った。

「イヤーン、あたしったら、なんでこんなに熱く火照ほてってんの~? なんだか、すごく恥ずかしいわ~」

 そう言いながらゴーレムたちをザラザラと倒していった。そして粗方あらかたゴーレムたちを倒し終えるとまた戻ってきて。

「ねえ、ダーリン、もう邪魔者はいないわ。ねっ、さっきの続き、つ・づ・き、ねっ、いいでしょう?」

 俺の前に口をとがらせ、近づいてきた。その顔を俺は両手で受け、うしろをふりむかせた。

「なによう、なんで私とダーリンの邪魔ばかりするのよう~」

 メルのかなり離れた後ろからまたゴーレムたちがザクザクと砂を蹴散らしながら近づいてきくる。メルは俺の手を払いながら、ぼそぼそ呟きながら立って胸元に手をやり念じた。

「はいはい分かりました。あなたたちは当分わたしとダーリンの恋の邪魔をするようね。わかったわ……この世を長きにわたり彷徨さまよう者たちよ、行くのよなんじらの行くべきところへ……アッ、それと、わたしとダーリンの恋路を邪魔するものは地獄へとおゆきなさい」

 メルはそう叫び、胸元の手を宙に向かい右手を掲げ、天を指した。すると晴れている空からキラキラと大量の雨粒が降ってきだした。

彼女は左手を胸元においたまま見送りの言葉を呟いた。「この地は汝らの生まれかえる日を待っていることでしょう」

 そう言い、しずかに手をおろした。それと同時に雨はやみ、そしてまた平穏な砂漠へと景色は戻り、それと同時にメルが戻ってきた。

何か言いたげに顔をほころばせながらやって来る彼女に、不意を突き俺はがばっと彼女の手を取り引き寄せ、唇を奪うようにキスした。その間、彼女は訳も分からず突然俺の腕の中で唇を奪われ、最初はうめきながら足をジタバタさせていたが、その後片足をピーンと伸ばし、しばらくしてぐったりとし、俺の首に手をまわしてきた。俺の中に彼女からの精気が流れ、そして体中を駆け巡るのを感る。前に彼女が言っていたように、それは気持ちいい、体も生まれ変わったように気力があふれてくるのが分かる。唇を離し、メルをそっと砂の上におくと彼女は数分の間、目はどこか宙を彷徨っていたが、ハッとして我にかえり訳の分からないことを言い始めた。

「アァもう、インチキー、ダーリンのインチキ~。私のこの、乙女の純真な唇をダーリンは奪った。ドロボー、だれか~、このひとドロボーですよ~……」

 それを見ていたチィーたちがすかかさず飛んできて、俺にパンチを喰らわしてきた。しかし、昨夜メルに聖なる力の攻撃力と同じく聖なる力の防御の魔法を授かった俺には全然響かなかった。

「オイ、お前、ダーリン、なんでお前はあちしらのお美しいメル様に、なんか分からんことをするだ。ダーリン、お前、見ろ、あちしらのメル様がなんかおかしくなっているぞ」

 チィーたちがそう言ったのも束の間、いつの間にかメルも俺の近くに来てなにやらモソモソと喋りはじめた。

「もうダーリン、すならするって言ってよね。もう全然準備もしてなかったし、突然わたし、なぜ? いま天国? って訳分かんなかったからおどろいちゃって……ねぇ、ダーリン、今ならいいわよ。今ならもう準備万端だし、ねぇダーリン、今だけならいいのよ……」

 それを目にし、聞いていたチィーたちが、駄目だ、もうこれいかんやつだ、と見て見ぬふりをし、どこか離れていった。傍を見るとメルの顔が間近にあった。

「ねぇダーリン……」

「さぁ行こう、出来るだけ早く賢者のもとに辿り着かなければ、っと……」

 メルの何か言いたげな言葉を寸止めさせ、言葉をにごしながら俺は立ち、鞄を取りに行き目的地へと足を向け歩き始めた。その後をシェリーがついてきて、またその後をいメルが何か叫んでついてくるが、俺は聞こえないふりをして賢者の森を目指す。

「ねぇーダーリーン、ねぇーてばー、ねぇーダーリンーーー」

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