第一章 - その四


               その四



 朝、シェリーが早く起きたのか、俺の頬をペロペロとなめ、それで俺は目が覚めた。木々が乾いた荒野の乾燥きった空気をだたしているのか、この湖のある木々の内は、霧がかすかに漂っていて幻想的な朝の風景だ。

まわりを見ても、メルたちの姿はなく、俺は起き、昨日の肉をシェリーと食べ、このオアシスを出て、昨夜メルの言っていた、ここから東のかなり離れた賢者が居るという森を目指した。



ここは、先ほど真樹たちがいた湖のほとり、彼たちが寝ていた場所より対岸にある小さなほこらの中、メルとチィーたち、妖精候補たちが言い争っていた。

「お待ち下さいメル様、なぜそう勝手にあいつの後をついて行こう、としているのでしょうか。メル様がここを離れると誰がこの地を護るというのでしょうか」

「そうねぇ、チィーあんたが見ればいいんじゃあない」

「何言ってるんですか。アチシまだ見習いで、メル様のような妖精になるにはまだあと五百年はかかるんですよ。もう先代のメージュ様にならって、上位妖精の真似事はやめてください」

「なんですってぇ、真似事? 誰が真似事なんですか。メージュ様だってあの若い戦士の方について行って、見事本懐ほんかいを成し遂げたからこそ、妖精の最上位としての女神にまでなられ、今では誰もが知る伝説になったんじゃあないのよ」

「そうは言われても……」



 それにしても暑い、まだ陽は登り切っていないのに暑い。賢者の森へ向かう、っていってもあのオアシスからはかなり離れたはずで、足の向かう先にもただ荒野がつづくだけ、歩き始めて数時間しか経っていないというのに、もういい加減メンタルやられそう。

シェリーはというと、やはり慣れているのか、俺の傍を歩き楽しそうに尻尾をふっている。辺りを見まわすが、どこにも陰になりそうなとこなどない。背中に背負しょっっていたメルにもらった革製の水入れと鞄、鞄には昨夜の焼いた肉が入っている。俺は、シェリーにちょっと休もうと言い、地べたに腰をおろし鞄から革で出来た深めの皿をとりだし、それに水を入れてシェリーにやった。俺も少しは飲んだが、あとどれくらい歩けば森が見えるのかわからない、という心配からすこしでも温存しようと、水を控えた。

俺の傍で、伏せて休んでいたシェリーが、何かの気配をつかみ取りむくっと起き上がり呻りながら怪しい気配のもとを睨みつけた。俺もその方向に目をやると、少し離れたところでなにやらモソモソと動いている。メルの話だと、森に行くには途中怪しげな怪物や獰猛な動物などがいるから気を付けて、と忠告を受けていた。その話の中で思い当たりそうなヤツは、砂熊サンドベアーあたりかな? シェリーの警戒していたものはかなり早くこっちへ向かってくる。

どうやら、俺の推察は合っていたようだ。熊と同じで前足を大きく前に跳ね上げ、こっちへと突進してくる。毛は土と同じにベージュのような色で、そのせいで俺には遠くで地面と同化しモヤモヤとして見ずらかったようだ。そばに置いてあった牙を手に俺は迎撃の構えをとった。

ヤツはよだれの泡を吹きながら上顎うわあごから下に突き出た長い牙の口を大きく開き、俺の手前で、頭上からおおかぶせてきた、俺は右足を一歩出し、右の足に強く重心をおき、手にある牙を砂熊の喉元を狙い一気に突き上げた。牙の火花は見えなかったが、バチバチと音を立て砂熊の首の骨さえ砕くかのように貫いていた。

砂熊は喉を焼かれ、口から煙を吐きながら崩れるように俺の足元に倒れたが、俺はまた異様な感覚に襲われた。昨日シェリーたちと戦った時、何とも言いようもないあの俺自身の血が湧き上がり、戦闘を待ちかねていたかのような、俺の内からこみ上げる衝動に笑わずにはいられなく、頬がピクピク痙攣けいれんをおこしていた。

俺の中でやはりなにが起きている。人と争うのが嫌で、人にはあまり接してはこなかった俺が、なぜに好戦的になっているのかが分からず、砂熊との戦いの余韻よいんの残る震える手はなにか成し遂げた感でいる。その手で牙を砂熊の喉から引き抜くと何やらまた牙の重量が増した感じがした。更に昨日みた、目の前の牙が血を吸い取りみるみるうちに深紅に濡れた牙が、昨日とは違い白くなってゆきながらワックスを塗り込んだかのように薄っすらとつやまでもなしてゆく。

そして俺は、立っているのも辛くその場にへたり込んだ。間違いない、俺はこの牙に戦いの度にとりかれている。今、どうしようもない気怠けだるい疲労感は、こつに生気を奪われ、そのせいで体力を消耗し、へたっているってことだ。しかし、そのおかげで俺は、逃げずに戦うことが出来た、というのもいなめない事実だ。シェリーが、へたり込む俺を心配してか、俺の頬を舐めていたが、こいつのペロペロはたまに牙が頬骨に当たり少し痛い。俺の持つ牙は、俺以外の生き物には火花を散らし焼いたりして痛い思いをさせるが、俺にはなんともない。シェリーだって、俺の傍を歩くときはいつだって、俺の持つ牙の反対側にいて持ち替えると、シェリーも場所を変える。ってことは、俺の思惑どおりだとしたら、この牙は俺の宿主しゅくしゅとして意識を支配しはじめているってことか? やばいものを手にしたものだが、しかしこの牙なしでは到底目的地の賢者の森などにはたどり着けないってことだ。こうなると、こうして疲れたから、と休んではいられない。出来るだけ敵となる野獣などには遭遇などするのをかわしながら、少しでも早くそこに辿り着くため、そうかわしかわしながらの作戦でいこう……嫌、それしか方法しかないんだ、おれには。

しかしまた、シェリーが呻り警戒をし始めた。どうやら、倒した砂熊の血の臭いを嗅ぎつけ新たな敵のお出ましのようだ。俺の前に現れたのは、シェリーの体の半分くらいの大きさの犬って感じだが、数が相当数いる、五、六十ってとこか。どうにか、その数を蹴散けちらしながら行かなければならない。メルにもらった鞄を左肩からわせ背にし、シェリーに合図を送るとシェリーは意をつかみ取り、やつらの中に突っ込んでいく。血を嗅ぎつけ来たことの証に、やつらの見た目はハイエナのような容貌だが、この世界の生き物は皆そうなのか、こいつらも牙が長い。武者震いとともに悪寒が走った。

どうやら俺のヘモグロビンは、寝ていたヤツをまた起こしたようだ。抑えきれない笑いが出てくる。俺の意識の大半は、まだこいつにられてはいない。手は戦いを前にうずいているが、俺の今できる得る力で走り抜くことだけだ。

ハイエナどもは、驚くほど敏捷びんしょうに足を狙ったり、凄い跳躍ちょうやくで襲いかかって来る。しかし俺の持つ牙には敵うわけがない。俺は走ることに専念したが、勝手に上半身は来る獲物たちを次からつぎにふっ飛ばしていく。それでもやつらは数にものをいわせ、倒しても新たに現れ、際限がない。やばいのは、気が付けば俺は笑っている。ハイエナたちの脳天や腹に打ち込み血飛沫ちしぶきを得るたびに、堪えようもない悦びが全身を駆け巡る。このままだと俺はヤツにこの身を、全身を乗っ取られる。それをよそに、新たな敵がまた現れた。

またあの砂熊だ。それも倒したヤツよりもデカい。立てば二メーターは軽く越えている。もうここが俺の墓場が確定なのか、目にはいる数はざっと見ても二十頭は下らない。

しかし予期せぬことが起きた。現れた砂熊たちは腹を空かせてなのか、手慣れた自分たちより弱いと知っているハイエナから先に喰うつもりか、それが狩りのセオリーとばかりに、ハイエナたちの群れに突っ込んで行き、振り回す爪の鋭い手でハイエナたちを軽くぎ倒し、いたるところで血と肉の雨を降らしている。その隙に、まだ俺の意識のあるうちにと、その場を離れることに必死となった。だが、俺の中の牙の意識がまだ戦い足りない、とこの場を離れたくなく戻ろうともがくからだ。その場、バトルフィールドから離れるにつれ緊張していた全身の筋肉がゆるんでくる。それと同時に、また謂いようもない倦怠感けんたいかんで立っているのもやっとで、たおれそうになるが、少しでもあの地から離れ目的の地に着こう、と意識を集中させ走るのをやめなかった。

この気怠けだるさは、牙の呪縛じゅばくから解き放れた代償なのだろうか、だがこの牙のおかげで俺は窮地きゅうちを抜け出せていることもあり、これから危険だとなればまたこの牙に頼らなければならないだろう。それは俺にとってまさに両刃の剣といったところなのか、この牙に頼れば、俺は確実にこいつに生気を奪われこのように体が麻痺したかのように気怠くどうしようのない。たとえばこのような時に、また砂熊のような野獣が現れたとしたら、気が付けば俺はもう走れなくなりただあるいているが、今の俺にはもう立ち向かう自信などない。そんな俺を、シェリーは少し前を歩き行く先に敵はいないか様子を見、それでも弱っている俺が心配なのか、何度も俺の顔を見に来る。

どれだけあの場所から離れただろう。足がもつれ、何度も足をとられそうになる。気が付けば、土だった足元が、いつの間にか砂になっていた。身体を休めたいと思っていたところに背丈ほどの大きな岩をやっと見つけ、そこで俺たちは休むことにした。シェリーに背中の鞄から皿を出し、それに水をいれてやり、俺も口を湿らせる程度に最初は飲み、二口めに口に一度溜めゆっくりとのどに落としていった。一度休めた体は、もうとうぶんは動けないだろう。シェリーに見張りを頼むことにして、俺は目をつぶり休むことにした。

うとうとと眠りに就き、いつまた敵が現れないかと意識が遠のかないようにしていた俺の意識に誰かが話しかけてきた。

「おい若者よ、お前は誰だ? なぜにお前は戦うのを嫌う。お前はどうしようもなくただの臆病者か? あれほど戦うことが好きで我といくつもの戦場を駆けたのはまぼろしか? そなたはまた我に会うまでの臆病な男に戻ってしまったのか? 目覚めよ。はやく目覚めて我の体をこの世にとり戻してはくれないだろうか。もう我は幾数年の月日をそなたの還りを待っただろうか、早く目を覚まし我を復活の地へとゆき、我を解き放してくれ……」

 その声は、とても低く脳内を揺さぶり、威厳いげんに満ちていたが、どこか哀しみなげいているように聴こえ、また俺にはどこか懐かしい響きもあった。だがその声が消えるとともになにか異様な空気を感じ目が覚めた。

あたりを見渡すと、なにやらぼんやりとした黒い人影が幾数体少し離れているところにいるのが見えた。なんだ、と体を起こすが体はまだ麻痺したかのように立つのがやっとで牙を手に構えはしたが、体全体が揺らつきおぼつかない。人影はゆらゆらとしながら俺たちを見ているようだが、十体ほどだった人影の後ろのほうからまた数体砂の中から頭を現しゆっくりと出てくる。それは目の前だけではなかった。俺たちは、どうやらこいつらに取り囲まれてしまっている。やがて目の前の黒い人影はすスゥーと砂の中に姿を消したかと思えば、砂の固まりとしてまた出てきた。俺の脳裏に浮かぶのはサンドゴーレムという言葉だ。それはまさに砂の化け物で、全身を現しゆっくりとこっちへと向かってくる。

思うようにきかない体で俺は、目の前のゴーレムに牙を振り回し叩きつけると、一体めは体が崩れ落ちるのが見え、ついでに勢いで二体め三体めと切り込んでいった。その後をシェリーがついてきて、ゴーレムの腕をむが、その腕は咬まれたとこから下に崩れたが、また再生をしていく。それを見たシェリーは、そのゴーレムから離れ、俺に近づこうとするゴーレムに体当たりをした。俺たちは何体ものゴーレムを倒したが、その度に奴らは砂の中から蘇生してくる。

このままじゃあ、もう俺の体は、あと数分も動かせる気力は残ってはいない。もうこれで俺も本当に終わり、かと思ったその時、耳元で声がした。

「お待たせダーリン、待った? アラ、ちょっとやばいわね。ここは私に任せて……」

声のほうへ目をやると、メルがいた。メルはふわふわと宙に浮き漂い、俺の右肩に手をおいていた。彼女は微笑んで俺を見ていたが、その目をゴーレムに向け。

「さあ、やるわよ」

 そう言い、俺のもとを飛び離れ、体の前へと手をのばしその先から水のシャワーをゴーレムめがけ吹付けゴーレムの群れの中をグルグルと駆け巡るように飛びまわり、ものの数十秒でゴーレムたちはただの砂の固まりになり、その後ザラザラと音を立てて崩れていった。それを見定めて、安堵で気力のぬけてへたり込んでいた俺のもとにメルが帰ってきた。

「どうやら、私が来たのはぎりぎりだったみたいね、ダーリン。どこもケガしていない? 大丈夫?」

 そう言い、俺の肩に手をおきにこりとした。

「アア、大丈夫だよ。ありがとう、本当に助かったよ。でもどうしてここにいるの?」

「エヘヘ、ついてきちゃった。どうしてもダーリンの傍にいたくてね。ダーリンは私の命の石を持っているでしょ、だからもう何処へでも一緒よ。うれしいでしょダーリン……オイこら、なんでそんな邪魔くさそうな顔し見てんのよ。少しはうれしそうな顔して、ありがとう、きれいでうつくしい俺のメル、君がいなかったらもうどうなっていたか分からないよ。もうメル、君がいなかったら俺は生きていられないよ、ってなんとか言ってよ。ホラ言いなさいよ。ホラすぐ……」

 返事にこまって目を逸らすと、パチンと小さく音とともにチィーと妖精候補たちが現れ、俺の顔の近くで腕をブンブン振り回している。

「オイ、こら、ダーリン。お前、メル様のありがたいお言葉に返事しろ。お前のせいであちしらがどんなに迷惑してるか分かってんのか、アー」

「コラ、チィー、それにあなたたちも、そンな風に私のダーリンに威嚇いかくなんかしないで、って……チィー、なんでよ、なんであなたも、ダーリンて勝手に言ってんのよ。私だけのダーリンに、ダーリンって言っていいのは天上天下において私だけ、チィーいいこと、わかるわね」

 チィーたちにそう言い、こっちに笑みを向け、頬に左手をあて右手の人差し指で俺の胸を小さくやさしく円を描きぽつりと言った。

「ねえダーリン、きてくれてありがとう、もう君なしでは生きていけないよ、って言ってよ。ねえ、ダーリン……」

 やはり返答に困り俺は視線を外した。

「ってダーリン、言ってよ。ねえ、てば~……アア、わかったわ、恥ずかしいのね? それなら今は、ただメルありがとう、だけでいいわ」

「アア、それなら、メルありがとう……って、これでいい?」

 メルは少し怒り不満顔だったが、すぐに顔をもどしにこりとし。

「わかったわ、今はそれでいいわ。そのうち貴方が素直になって、私に本当に、私への思いを言えるようになれる日を待つわ……」

 その後、メルに生気と体力を戻せるメルの魔法でれた水を飲み体力をもどし、なぜメルたちがここに来たのか話を聞いた。その話では、どしてもメルがオアシスをはなれ俺の後を追う、と言い出しチーたち、誰の話も聞かず、それならオアシスは誰がみるのか、という話で、それならチィーが、という話となり、それならチィーもメルについて行く、と言い出し、言うことを聞かず、百人以上いる中で仕方なくチィーをふくめ五名の妖精候補がメルについていくこととなったようで、毎日日ごとについていた五名の中からひとり代わり番こにオアシスのほこらの中へと戻りオアシスの状況を確認する、ということとなったようだ。他に、ゴーレムの退治には水だけしか方法はないのかと訊くと、ゴーレムにはただの水ではなくメルのような女神に近い妖精のような祝福を受けた者などの聖なる魔法のかかった水でないと倒せないとのことだった。それは、ゴーレムになる前の影のようなひと形は元々この地は、昔野蛮な山賊に襲われた村で、その村の人々が今は霊となって彷徨さまよい近くを通る旅人をゴーレムとなって襲うのだということだった。

俺はメルがいなければ、頼るしかなかったこの牙があっても、倒せる相手ではなかったということか、メルが来てくれたのには、やはり感謝するしかなかった。っが、それでも何んか、もやもやする。一様、どう見てもメルはきれいな妖精なのだが、なんか……うっとうしい。

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