第一章 - その二
その二
俺は、
行く当てなどない俺は、今はこいつに任せるのが賢明な判断だから、と付いて行くこととした。こいつに先を行かせたのは正解なのか、遠くに獣の姿は所々で見かけたが、こつのせいで近づく獣の気配など一度もない。陽はもう傾き地平線へと近づいている。寝るのなら何処でもこいつがいれば、とにかく俺も安心して寝れるが、そろそろ俺も水分の補給も考えなければ、このまま夜が明けてもまたこのように歩けるかが気掛かりなことだ。
そんな風に思案していた俺のもとに、先を歩いていたあいつが何やらうれしそうに、クィーンクィーンと尻尾を振りながら近寄ってきた。俺に、鼻先で
木々が生えている、ってことはそこには水もあるのでは、とうれしさの余り、思わず俺は片膝をつきこいつの頭を撫で、ついでに両頬にも手をやり、うれしさを伝えた。するとこいつは俺の頬にも顔をすりつけてきて、俺の肩にこいつの牙が当たり、更に頬にもたまに牙が触れ、刹那に俺はこいつの首を手で押し出しながら遠ざけた。
やばいとこだった、こいつらの牙に触れれば火傷をするところだった……って、おかしい、なぜか変だ。頬に手をやると、頬にはこいつの
安心できたが、なにやら自分があほらしく見え苦笑した。もう一度、こいつの頭を引き寄せ頬と頭を存分に撫でまわし、うれしさを互いに伝え合った。
辺りがまだ明るいうちに木々のもとに、俺たちはたどり着き、俺は木に背をあずけ足をだらけだしていた。
俺たちが木々を抜け来たこの場は、水が
着いた早々、俺たちは水を飲み続け渇きを
俺はこうして、暮れてゆく空を
あいつは後ろから回ってきて、ドサッといつの間に仕留めてきたのか、見た目での推定二十キロはありそうな獲物を俺の足元におき、前足をそろえ俺の反応をたのしそうに尻尾をふり待っている。
「おう、ありがとう……って、でもなぁ、俺に、こいつを生で食え、って言っているのか?」
腹が減って今にもむしゃぶりつきたいが、やはり生で食うのに慣れていない俺は
「俺のことは気にせず、お前が食えばいいよ」
俺の声にあいつは顔を上げたが、そうは言ってもこいつに言葉は伝わるはずはなく。なすすべもなく、狩ってきた獲物を見れば、中型犬に近い体格のネズミのようだ。おや、っと気になりネズミの口に手をやると、驚いた。こいつはネズミのような姿かたちをしていながら、けっこうな牙を持っている。触れてみれば先は鋭く少し湾曲気味に内側はナイフのような
「うん、これならどうにか
そう言い、笑って見せるとあいつは俺の腹に顔押し付けすりすりしてよろこびの感情をみせた。それから俺は、持参の牙でネズミの牙を折ろうと上段から打ち下ろした瞬間、牙と牙が触れ合った瞬間、かなり大きな音とともに火花が散った。その音に気後れしたが、それでも俺の振りこんだ牙は獲物の牙を根元からへし折った。
そうか、そうだったのか、火花を出すのはあいつの牙ではなく、この俺が持っているこの牙だったのか。それを調べたく俺は獲物に牙の先をあててみると、ジリジリと音を立てながら、まるでレーザーメスのようにネズミの腹を切っていく。
なんだ、はなっからナイフの心配なんかしなくてもよかったのか。あてたままの牙で獲物の腹を縦に切っていくと、ネズミの腹から内臓がドロッと出てきた。それから後は、持ち前のスキルを
一時間程かけて肉は大体焼きあがった。もちろん、一番うまそうなもも肉に食らいついたが、表面はうまかった。しかし、まだ芯までは火が通ってなくて生のままだったから、また火にかけなおし前足の方から食ったが、そこはしっかりと火が通りうまかった。
うまく感じたのは多分、空腹だったということからだ、と思う。それには、塩や何らかのスパイスが欲しいところだった。肉は若干臭みがあって、やはり臭み消しと淡白な味には塩とスパイスはどうしても欲しいところだったが、空腹というスパイスは万能調理メソッドだと思う。それから俺たちは、一気に空腹を満たし、それでもまだ半分以上は残っていたのを明日の朝食としてストックすることにした。
腹も満たされまた木に背をつけ空を仰ぎ見ると、夜空には月が輝き正面の湖の
今朝目覚めると、俺の腕の中にはリーンがいた。小さなシングルテントの中、ふたり。彼女は、俺の胸に顔をあずけスヤスヤと小さな寝息をたてていた。リーンとはまだ知り合って一週間ていど、俺はアウトドア専門誌の記者で常に新商品が出たら、それを雑誌でのプレビューするため数日の山ごもりをするのだが、十一月の肌寒い日のソロキャンプ初日に彼女は、もう日が暮れ夕食を
だが、話をしようにもリーンは外国人なのか、彼女の話す言葉は解らず、傷のことや何処から来たのかさえ
その晩にはなぜか俺も、彼女との運命的なものを感じるようになり、翌日にはふたりは結ばれた。俺が「愛している」と言うと、彼女はその言葉を理解したのか、
俺は、日常的な会話は
その日、昼食の支度をしようと沢へ水くみに行っていった時、彼女の悲鳴に急ぎ駆けつけて行くと、真赤な髪をした全身黒ずくめの妙な服の男がリーンの腹にナイフを突き刺したところだった。男は俺が来たのみて、彼女から離れニタリと薄気味悪い笑いを見せながらみていたが、俺がリーンを抱き寄せると彼女は苦しそうにしながらも、ただ「マサキ、愛してる」と二度言い。俺の腕の中で霧のように消えていった。両膝をつきリーンを支えていた手を見ると白く輝く宝石のペンダントが左手に
なぜ人が亡くなると消えるのか、今に思えば不思議な話なのだが、その時の俺はリーンの愛している、と言いながらも苦しそうな表情と声だけが脳裏に残り、あの赤髪の男が許せなくヤツを見ると、男はまだにやけていて俺に手で掛かって来い、という風な
悲しみに
腹を抱えたまま倒れこんでいる俺の耳に、ヤツはまたなにか言っている。やはり何を言っているのか解らないが、
ヤツがまた何か喋っているが、やはり意味など解らない。そしてヤツはくるっと振り返り捻じれてゆく中に入って行き、姿が消えた。
広かったその空間は段々と幅を狭くしていく、ヤツのその後を追うように俺も今にも消えそうなその中にと飛び込んで、こうして今いる訳も分からない未知の世界へとやって来た。
これまでの今日一日のことを思い返しながも、うとうとと眠りかけた時、腹に顔をあずけていたあいつがなぜかむくっと起き上がり、池の右はじの方向を見ている。俺も気になりそこに目をやった。すると何かがこっちへとやって来る光が見える。
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