第4話 期待してよかった

「そっか。それじゃあ君はあの時の」


「はい。やっと思い出してくれましたか?」


 期待されてもらっては悪いけど、俺は鈍い方だ。

 だからこうして再会を果たしても全然思い出せなかった。


「そう言えば、あの後すぐに引っ越したんだっけ?」


「はい。ろくにお礼も言えないまま、私は引っ越してしまいました」


「でもここにこうして現れたってことは、上手く行っているって証拠なんだな」


「もちろんです。実はあの後色々ありまして、無事に貧しい生活から脱却できたんです」


「それはよかったね。ってことは、ここに来たのは懐かしむため?」


「いえ、違いますよ。私がここに来たのは引っ越してきたからです」


 引っ越してきた? もしかしてこことは違う街で成功したのに、何かあって戻って来たのか。

 そう言えばあれから五年ってことは、今頃高校生ぐらいだろう。


「もしかして高校はこっち?」


「はい。私、貴方にお礼が言いたくてこっちの学校に入学したんです」


「わざわざ俺に? どうしてまた」


「むっ。鈍いですね。こんなに可愛い子が貴方のためにやって来たんですよ?」


 何が言いたいんだ。

 確かにあの時は決め顔で「成長して美少女になった君を見せてよ」とか、かなりイタイことを言っていた。今思えばいろんなところから苦情が来そうで怖い。

 けれど少女はこうして俺の前に現れてくれた。

 予想以上の美少女になっている。


「やっぱり可愛いな」


「はうっ! それって、アレですか。もしかして告白……」


「いや、普通に可愛いからな。俺にはない特徴だ。やはり俺の見立ては間違っていなかった。うん」


 俺は腕を組んで大きく頷く。

 すると少女は頬をリスみたいに膨らませた。


「せっかく再会できたのにそれだけなんですか?」


「それだけだけど?」


「私はとっても嬉しいんです。ですからこの感情を共有……」


「それは無理だよ」


「利己的ですね。でも、私は諦めませんからね。これからも、お店に通わせてもらいますから」


「お得意様はありがたいよ。俺は店にはいないだろうけど」


「そうなんですか! ショックです……」


 少女はがっくし肩を落とした。

 コミカルで表情豊かになってくれてやっぱり嬉しい。


「でも時々はいるから」


「本当ですね。私は言質取りましたから」


「はいはい。現地取ったね。ところでどこに住んでいるのかな?」


「隣のアパートです。前と同じ部屋ですよ」


「マジ?」


「はい。私にとってあのアパートは色々と思い出の場所なんです。だから、絶対に貴方のことも振り向かせてみせます。覚悟しておいていてくださいね。こんなに可愛い子が来てくれるお店も貴方もきっと楽しくなりますよ!」


 悪女の笑みを浮かべた。

 俺はそんな少女の柔らかな表情に心を打たれてしまった。

 もちろん好意ではない。けれど何かこう、流行らない本店の店番を二人だけで過ごせてよかったと、心の底から思っている自分がいた。

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寂れたパン屋で店番をしていたら、見知らぬ美少女がやってきました。 水定ゆう @mizusadayou

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