第3話 君はあの時の?

「いらっしゃい。って、また君?」


「はい、今日もクリームパンを買いに決ました」


 それから二週間。毎日決まった時間に少女がやってくる。

 嬉しいことなんだが、正直こんな店の何が良いのか。

 そんなにクリームパンが好評だったとは思えない。

 けれど買ってもらえるのは嬉しいので、自然と熱が入っていたのかも。


「一つ聞いてもいいですか?」


「はい。私の個人情報ですか?」


「そうじゃないですよ。如何してうちの店でしかもクリームパンばかりをお買い求めになるのかなと。いや、悪くはないんですけど。見たところ学生さんっぽいので、近くにコンビニやデパートもあります。それにうちの唯一の人気商品とも違う普通の。しかも俺が作った駄作のクリームパンを……」


「駄作なんかじゃないです!」


 急に大声を出された。

 俺はビックリして目を見開いたが、彼女は自分が感情的になっていたことを悔いた。


「すみません、店員さん」


「いえ、こちらこそお客様がお買いになる商品に対して非難してしまい申し訳ございません」


「あの、できればもう少しフラットにお話ししていただけませんか?」


「構いませんよ。それで……えっ?」


 何で泣いているんだろう。

 もしかして俺の口調がいけなかったのか? 俺は困惑してしまい、如何していいかわからなくなった。

 しかし彼女が泣いているのは違う理由があるらしい。

 何となくこの泣き顔を俺は知っている。

 思い出せ。何かのドラマじゃないはずだ。実際に会ったことのはずなんだ。


「嬉しかったんです。貴方がまだこのパンを作ってくれていて。本当に嬉しかったんです」


「嬉しかった? ってことは俺の作ったパンを……あっ!」


 俺は思い出した。

 それは今から五年前。しかもずっと寒くて、まだ隣で内が経営しているアパートに入居者がいた頃だった。

 確か中学生だった俺はその日、町内会の組合に参加していた両親の代わりに、学校帰りに店番をしていた。


 ふと、俺の記憶は過去を呼び起こす。




「ううっ、寒い。ったく、如何してこんな日の限って……」


 俺は文句を吐いていた。

 外は大粒の白い雪が降っている。

 暗闇が包み込み、町中を静寂が包み込む。今夜も冷え込みそうだ。


「早く片付けて家に帰ろう」


 俺は外に立っていたのぼりを片付け、早く帰ろうと急いでいた。

 すると——


「はぁー」


 吐息のような声が聞こえた。

 今にも消えてしまいそうなほどか細く、静寂でなければ聞き逃してしまっただろう。


「今の人の吐息だよな。一体何処に……はっ?」


 俺はキョロキョロ辺りを見回した。

 隣のアパートの階段下で少女が体育座りをして座っている。

 隣には赤いランドセルが置いてあるので、如何やら小学生のようだが、こんな時間に何をしているのか。


「流石に見過ごせないよな」


 隣のアパートはうちで経営している賃貸住宅だ。

 こんな時間に外にいたら風邪を引いてしまうかもしれないので、俺は早く部屋に入るように声を掛けようと思った。


「君、大丈夫?」


「えっ? あっ、大丈夫です」


 顔が白くなっている。

 随分長い間外でこうしていたのか、体も冷え込んでいた。


「部屋には入らないの?」


「それが……」


 少女は目を泳がせる。

 もしかして部屋に入れない理由があるのか。


「家の人はいないの?」


「お母さんはお仕事でいないから」


 なるほど、どうやら合い鍵を無くしてしまったらしい。

 それでお母さんが帰って来るまでこうしてじっと待っているつもりだったらしい。


 一応うちの物件なので合い鍵はあるはずだけど、俺も両親の許可がないと勝手には持ち出せない。

 緊急事態だけれど弱った俺はとりあえず少女の身体を温めることを優先した。


「そうだ。お母さんが帰って来るまで、隣のパン屋さんで待っててよ」


「そんな、お店の人に迷惑を掛けちゃいます」


「大丈夫だよ。うちの店だから。ほら、行こう」


 俺は手をそっと差し出した。

 少女は涙目を浮かべていた。寒すぎて涙は凍っているようだったけど、優しく俺の手を取り握ってくれた。

 やっぱり冷たくなっているので、俺は置いてあったランドセルを拾うと、少女をパン屋の中に通した。


「……暖かいです」


「それは良かったよ。しばらくここで待っていよう」


「は、はい!」


 少女ははきはきと返事をしてくれた。

 けれど俺の目は少女がやけに痩せていることに疑問を抱いた。

 たしか隣のアパートは、この辺りでは最安値で月三万円を切っている。

 ということは自ずと答えは見えてきた。


「お腹減っているでしょ? 好きなの食べていいよ」


「だ、ダメですよ。そこまでしてもらったら……」


「どうせ余り物だから。それにこんなに痩せ細ってたらダメでしょ? 成長期なんだし、せっかく可愛いんだからさ」


 俺は少女の顔立ちが可愛らしくて、将来美人になることを確信していた。

 しかしここでちゃんと食べないと成長期を逃してしまう。

 それは流石に食品関係の家として見過ごせないような気がした。あくまでも倫理観からだ。


「ほ、本当に大丈夫です。それに私お腹……」


 グー


 少女のお腹が鳴った。

 恥ずかしそうに顔を赤らめていたので、俺は何も言わずに適当に置いてあったパンを差し出す。

 一番人気はもう売れ残っていないので、俺が作ったクリームパンを手渡した。

 実はこのパン、俺が作って店内に置いてもらったけど全然売れなかった駄作だ。


「こんなものしかないけど、食べて」


「いいんですか、私が貰っても……」


「もちろん。だからいつかまた会った時に、成長して美少女になった君を見せてよ。何て、ちょっと変態だな、俺って」


 流石に何言ってんだと思った。

 こういう展開の動画を観たからか、俺は気恥ずかしくて頬を掻いた。


「は、はい! はむっ。お、美味しいです!」


「そう言って貰えて何よりだよ。俺の作った奴だけどね」


 俺はにこりと微笑んで、少女は美味しそうに俺の作ったクリームパンを食べてくれた。

 やっぱり嬉しかった。

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