第5話 一番欲しかったもの


(心にもないことを、よう言うたものじゃ)


 隼斗との撮影が終わってから数日が経っても、芽唯の心は荒れたままだった。


(神さまが、わらわの願いを聞き過ぎたのがいけないのじゃ!)


 前の世の最期。炎の中に消えゆく寸前、彼女は神に願った。



 ────次の世では、ほんのちょっとで良い。隼斗より後に生まれたい。今度こそ、隼斗に甘えてみたいのじゃ────



 願いは叶い、記憶を留めたままこの世に生を受けた。己を自覚した赤子の時から、どんなに再会の時を待ち焦がれて来たことだろう。

 けれど、芽唯が見つけたのは、自分よりも十歳は年上の隼斗だった。


(わらわは小学一年生。隼斗は高校二年生じゃ。年下に生まれたは良いが、これでは大人と子供じゃ!)


 だから芽唯は、心を殺して別れの言葉を口にした。

 隼斗は納得していないようだったが、彼に会うために始めた子供モデルの仕事は、もうやめるつもりだ。


(わらわも早く、年相応の子供にならねばな)


「めいちゃん、またねー」

「あ、うん。バイバイ」


 クラスメイトに手を振って校門を出る。

 芽唯は水色のランドセルを背負い直した。

 腰まである髪は一つに結んでいるが、背中に垂らしたままランドセルを背負うと金具に引っかかって痛い。


 長い結び髪を体の前に垂らせば、お腹の近くまであった。


(いっそこの髪を、切ってしまおうか?)


 前の世の名残で伸ばしていたようなものだ。今はおなごでも短い髪にしている者も多いのだから、短くするのも良いのかも知れない。


(でも……)


 見上げた冬晴れの空に隼斗の顔が浮かぶ。


(もう一度くらい会って、隼斗と一緒に城跡を見に行けば良かった)


 のどかな住宅街を、芽唯はゆっくりと歩いた。車通りは多いが、歩道が広くて歩きやすい。


 ふと前を見ると、路駐の乗用車の窓からこちらに向かって手を振っている男がいた。


「お嬢ちゃん、この辺にポストあるかな?」

「え? ポスト?」


 ポストならすぐそこのコンビニにあったはず。

 芽唯が目と鼻の先にあるコンビニに目を向けた時だった。車から降りて来た男が芽唯の腕をつかんで引っ張った。


「道案内して欲しいんだ。さ、車に乗って」


 腕を引っ張られて後部座席に押し込まれそうになり、芽唯は足を踏んばった。


「放せ! この慮外者が!」


 芽唯は必死に暴れたが、所詮は七歳の子供。あっという間に抱き上げられて後部座席に押し込まれてしまう。


「いやじゃー!」


 諦め悪く車のドアにしがみついた時だった。

 キキィーと自転車の車輪が軋むような音がした。続いて聞こえたのは、ガシャンと何かが倒れるような音だ。


「姫様から手を放せ! この下郎が!」


 隼斗だった。

 どこから現れたのか、何故ここにいるのかわからない。

 けれど、彼はまるで敵の馬に跳び移るがごとく自転車から誘拐犯に飛びつくと、男の手から芽唯を奪い返した。


「誘拐です! 誰か警察に通報してください!」


 隼斗は芽唯を抱いたままコンビニへ走った。

 芽唯は必死に隼斗の首にしがみついたまま、誘拐犯の車が慌てて去ってゆくのを見ていた。



「はい、あったかいお茶です」


 コンビニの前に座り込む芽唯に、隼斗がペットボトルを差し出した。


「姫様はお可愛らしいんですから、油断してはいけませんよ」

「わらわなど、可愛くない」


 ペットボトルを受け取りながら、芽唯は頬を膨らませた。


「そなたは何故ここにおる? 偶然などとは言わせぬぞ」

「それは、もちろん、姫様にお会いしたかったから来たのです」


 隼斗は爽やかに笑った。戦国の世と変わらぬ笑顔で笑いかけてくる。

 芽唯はどんな顔をして良いのか分からず、ますます頬を膨らませる。


「姫様は忘れろと仰いましたが、それは無理だと思い至りました。姫様がお嫌でなかったら、またお傍にいさせてください。私は待ちますよ。十年でも二十年でも待ちますから」


 一番欲しかった言葉を、隼斗はくれた。

 にっこり笑って。


「そなたがそう言うなら……」


 ふにゃりと頬が緩みそうになった。

 それを誤魔化したくて、芽唯はグイッとペットボトルのお茶を飲んだ。



                  おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

炎の約束 ~生まれ変わったら、あなたを探しに行きます~ 滝野れお @reo-takino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ