第4話 兄妹デート


 差し出された小さな手。

 戸惑いながら芽唯の手を取った瞬間、彼女の手の温もりが隼斗の体の中を電流のように駆け抜けた。


 戦国の世。炎に包まれた最期の時。息絶えるその瞬間まで二人寄り添ったあの夜のことが、走馬灯のように蘇る。

 ツンと目頭が熱くなった。


(ああ…………やっと、またあなたに出会えたのですね、姫様)


 じわりと滲んできた涙がこぼれないように上を向こうと思った瞬間、ぐいっと手を引かれた。


「撮影はこっちでやるから」


 背の低い芽唯に手を引かれて、隼斗はつんのめりそうになりながらついて行く。

 連れて行かれたのは、花に囲まれた庭園風の一画だった。

 白いテーブルが置かれた場所まで来るなり、芽唯はくるりと振り返った。その愛らしい顔には、先ほどと同じ眉間の皺が深く刻まれ、不満そうにやや唇を尖らせている。


「そなた……わらわを見た瞬間、がっかりしたであろう?」


 芽唯の口調は姫様のものに間違いないが、周りを気にしているのか声は小さい。


「わらわとて、何かの雑誌でそなたを見た時は驚いた。されど、そなたがわらわを探すために「隼斗」と名乗っているのだと思えばこそ、一度は会ってやらねばと思うたのじゃ!」


 芽唯はそう言うなりプクッと頬を膨らませた。

 愛らしい顔が風船のように真ん丸くなって、隼斗は思わずプッと吹き出してしまった。


「笑うな! わらわがどんな気持ちでそなたの所まで来たと思う?」


 芽唯の顔はますます丸くなる。怒りのせいか頬は紅潮している。


「前の世の約束に縛られる必要はない。それだけ言いたくて来たのじゃ!」


 尖らせた唇はそのままなのに、芽唯の眉尻は情けないほど下がっている。今にも泣き出しそうだ。


「姫様……」


 隼斗は、数分前の自分を殴ってやりたい衝動に駆られた。

 あの炎の夜から数百年の時を経て、恋焦がれた人に再び巡り会えたというのに、この奇跡としか言えない再会の瞬間に、その人が幼い姿だというだけで、なぜ自分は落胆してしまったのだろう。


「はーい、じゃあ撮影はじめます! 芽唯ちゃんと隼斗くんは兄妹デート風でお願いしますねー。まずはテーブルを挟んで座ってくださーい!」


 アシスタントの女性が合図をすると飲み物が運ばれて来た。


「姫様、機嫌を直してください」


 隼斗はふくれっ面の芽唯を白いイスに座らせると、自分はその向かいに座った。

 白いテーブルの上には、湯気を上げる紅茶。

 隼斗は手を伸ばして、対面に座る芽唯の黒髪にそっと触れた。


「この隼斗に、姫様の笑顔を見せてください」

「いやじゃ!」


 膨れすぎて、もはや芽唯の顔は風船というより河豚ふぐのようだ。

 これがあの凛々しい皐姫様かと思う一方で、見たことのない姫様の子供時代を目にしているのだという思いが込み上げてくる。


(なんて愛らしいんだ)


 思わずへにゃりと笑うと、カメラマンの口から「いいね!」が飛び出した。


「兄妹デートっぽくていいよ!」


 外野のヨイショが効いたのか、徐々に芽唯の顔にも笑顔が戻って来た。


「隼斗。今日で最後じゃ。明日からはわらわの事は忘れて、好きに生きよ」


 耳元で内緒話をする最後のシーンで、芽唯はそう囁いた。

  

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