炎の約束 ~生まれ変わったら、あなたを探しに行きます~

滝野れお

第1話 最期の夜


 ごうごうと炎が燃えている。

 誰かが火を放ったのか。それとも、敵の火矢から燃え移ったのか。

 周辺諸国と比べても小さな領地の小さな城は、籠城虚しく天守共々あっという間に炎に包まれた。

 本丸の片隅にある姫の部屋が炎に取り囲まれても、隼斗はやとは不思議と恐ろしくはなかった。


「────そなたも損な性分じゃの。そなたのような小童こわっぱ一人なら、どうとでも逃げおおせたであろうに」


 白の小袖の上に朱色の打掛けを羽織ったさつき姫が、ゆったりと笑う。

 それだけで隼斗は幸せだった。こうして死を前にしていても、心が震えるほど幸せな気持ちになるのだ。

 隼斗は改めて、目の前に座る愛しい女人を見つめた。

 彼女に心を奪われてから、どれくらいの月日が経ったろう。


「私のいる場所は、姫様のお傍でございます。例え行く先が冥府であっても、私は喜んで姫様と共に参ります」

「ほんに……健気よのぅ」


 紅い唇が呆れたように弧を描き、また、クツリと笑う。

 隼斗よりも五つ年上の皐姫は、とても剛毅な人だ。炎に囲まれていても、怯えた顔ひとつ見せない。


(私のような小童では、怯えた顔を見せられぬとお考えなのだろうか? それほど私は頼りにならぬ男なのだろうか?)


 こんな時くらい、素直な心の内をさらけ出してくれればいいものを────隼斗はそう思ったが、そんな凛々しい姫様だからこそ恋焦がれたのだと、思い直した。


(あなた様と一緒なら、少しも怖くはありませぬ)


 隼斗は元服してすぐに、姫の弟君の側衆として城に上がった。そんな隼斗を、姫はまるでもう一人の弟のように可愛がり、そしてよく用事も言いつけた。

 男勝りの姫はよく野駆けへ行き、その供を命じられることもしばしばだった。

 そんな日々が長く続いた後、隼斗はいつの間にか姫の側衆となっていた。


(姫が望んで下さったから、私はあなた様のお傍に侍ることが出来るのです)


 その頃には、姫の嫁ぎ先は決まっていて、いつか別れの日が来ることはわかっていた。

 この心に芽生えた小さな想いを、その日を最後に捨て去らねばならない。

 そう覚悟していた────のだが。

 戦国の世の哀しさ。姫の嫁ぎ先が敵に寝返り、隼斗の淡い恋は命を長らえた。



「わらわのような行き遅れと一緒では、冥府への旅もつまらぬだろう?」


「そのようなこと! 私はっ……私はずっと前から姫さまをお慕い申しておりました! このような想いはけして口にするまいと思っておりましたが、口にしても、もう誰にも咎められることはありません。だからっ! 私はっ、あなた様と共に逝けることが幸せなのでございますっ!」


 血を吐くような告白をすれば、姫はまた目を細めて笑った。


「知っておったわ」

「……へっ、知って?」


 こんな時なのに、隼斗の頬が朱に染まる。


「のぅ隼斗。生まれ変わりと言うものが本当にあるのなら、次は平和な世に生まれてみたいものじゃな。戦も、身分の上下もない、平和な世じゃ。もしもそのような世に生まれ変わることが出来たなら、その時は隼斗、わらわもそなたと添い遂げてみたいと思うぞ」


「姫様!」


 隼斗は膝でにじり寄ると、皐姫の手をすくい上げた。


「嬉しゅうございます! この隼斗、次の世でも必ずや姫様のお傍へ参ります! どうかそれまで、私を、この隼斗を覚えていて下さいませっ!」



 戦国の世の、取るに足らない小さな小さな城が、その夜、焼け落ちた。



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