『近畿地方のある場所について』 5

 ここまで読まれてしまったのですね。

 本当にごめんなさい。


 あの女、「赤い女」は我が子をよみがえらせようとしたのでしょう。

 信じていたのに自分を選んでくれなかった、あまつさえ自分のこどもの命を奪った、偽りの神にすがって。

 我が子の死を目の前にしてさえ祈った、どうしようもなく馬鹿な女です。

 そして、どうしようもなくかわいそうな女です。


 石を盗み、お札の文字を自分の子の名に変えて、よみがえらせた我が子は、偽りの神より醜悪な、なにかだった。

 でも、女はそれを我が子だと信じた。

 ただただ命を喰らうだけのなにかを満足させるために、自らが呪いに加担し、さらにはお札を使ってなんの関係もない人に呪いを感染させた。でも、それだけでは足りなかった。


 自分に近い女性に、自分の役割を担わせることで、お札よりも強力な呪いを感染させたかったのでしょう。

 自分に近い女性、それは、母である女性です。

 女は、こどもを探して家々を覗いていたのではありません。母を探していたのです。

 自分に共感する女性を探していたのです。

 こどもを産み、失った私、あのとき、施設で言葉を交わした私は、女にとっては、このうえなく自分に近い女性だったのでしょう。


 一度記憶を失いながらも、私は再び怪異と縁を結んでしまいました。

 私には、あのとき、リモートで小沢くんと打ち合わせをしたあの日からずっと、女が見えていました。

 私の側でずっと、「全て書け、全て広めろ」とささやくのです。

 お札を作るだけでは、ささやきはやみませんでした。

 このお話を書いているとき以外、何をしていても。ずっとです。寝ている時でさえ夢の中でささやき続けるのです。

 私は、書き続けることでしか許されませんでした。

 あの女はマスコミを憎んでいました。同時に、マスコミの拡散力も知っていた。

 私はきっと、あの女の求める条件に全て当てはまっていたのです。


 私は助かりたかった。まだ生きたかった。

 だから、加担しました。


 もう死んでいる、小沢くんを探していると嘘までついて、情報を広めることにしたのです。

 友人が行方不明になったといえば、心優しい皆さんは熱心に読んでくれるでしょう。そうでなかったとしても、●●●●●と地名を伏せれば、そこはどこなのかと推測するために続きを読みたくなるでしょう。SNSで拡散したくもなるかもしれません。

 残念ながら私は知っていました。ライターとして、読者を操る効果的な情報発信の仕方を。

 お話の冒頭で私が書いた「ご協力いただきたいこと」、それは皆さんがこのお話を読むことでした。


 でも、私は皆さんに全てお伝えはしたくなかった。

 私の最期の良心であり、抵抗でした。

 怪異との縁が強いほど、受ける影響も大きくなります。

 だから、何度も途中でお話を終わらせました。

 皆さんがこれ以上呪いに触れなくて済むように。

 でも、女は許してはくれませんでした。

 何度終わらせても、ささやきはやみませんでした。


 あれらは、あの怪異たちは、虫によく似ています。

 虫は感傷に浸りません。交尾のあとにオスを食べるメスのカマキリは悲しみません。死期が近い仲間を巣の外に運び出す蟻は悲しみません。

 ただ、本能に刻み込まれているからそうするのです。

 嫁を探すのも、こどもにエサを与えるのも、命を喰らうのも、本能的にしているのです。

 自分が神と信じていたものが、ただの鬼畜だったと書いているときでさえ、女はそばで変わらずささやいていました。

 人間の道理など通じないのでしょう。自らの目的遂行以外、思考を持たないのでしょう。怪異なんてそんなものなのでしょう。


『近畿地方のある場所について』は本当にこれでお終いです。

 私にはもう書けることはありません。全てを書いてしまいました。

 ●●●●●がどこかなんて、もう何の意味も持ちません。

 皆さんはあまりにも強く縁を結んでしまった。

 もう、お終いです。


 もう私には女のささやきは聞こえません。

 でも、男の子が見えます。部屋の隅に立って私を見つめています。

 つまり、そういうことなのでしょう。


 皆さん、本当にごめんなさい。

 そして、見つけてくださってありがとうございます。


<了>



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

近畿地方のある場所について 背筋 @sesuji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ