インタビューのテープ起こし 4

・Kからのメールより


お世話になっております。

Kです。


この間はありがとうございました。

例の作家さんにはお話聞けましたか?

Oから話は通したと聞いていますが。


ご連絡したのは、編集長だったSの件です。

あの後、Sが退職するときに私たちに送ってきた引継ぎデータを調べてみたんです。

●●●●●に関してのものが見つかりましたので、お送りしますね。


添付したのはSが現地の方にインタビューをした音声データです。

彼も●●●●●について調べてたようですね。


ご確認のほどよろしくお願いします。


※下記添付ファイル音声の書き起こし


******


男性「こんにちは」

女性「……こんにちは」

男性「私、記者なんですが、●●●●●についての取材で、このあたりの郷土地理を調べてるんです。名刺をお渡ししてもいいですか?」

女性「……はあ。……ああ、なんか名前聞いたことある出版社やねえ。住所東京やないの。なんでまたこんな辺鄙なとこなんか調べてはるんですか?」

男性「ちょっと本の企画を考えておりまして。少しだけお話聞かせてもらえませんか? 立ち話でけっこうですので」

女性「まあ、かまいませんけど」

男性「助かります。あの向こうに見える山の上に神社がありますよね? けっこう古くからあるんですか?」

女性「そやねえ。もうかなり古いんとちゃうかしら。昔は神主さんもいはってんけど、亡くなってからはもう何十年もほったらかしになってるって聞いてるわ。私がちっさい頃は夏になったら夏祭りしてて、境内で縁日とかもあったんやけどな。50年近く前の話やけどね。もう私も大人になってからはずっと行ってへんわ。うち仏教やしね」

男性「そうなんですね。なんの神様が祀られてるんでしょうか」

女性「なんやったかしら……水か山かの神様やったような気ぃするけど、あんまり覚えてへんわ。ごめんなさいね」

男性「……そうですか。では、境内の奥にある祠についてもご存じないですよね?」

女性「祠? ああ、ましらさまのこと? そっちなら知ってるわ。昔はよぉ脅かされたから」

男性「えっ本当ですか? あの今は空っぽの祠が? ましらさまって言うんですか?」

女性「え? 空っぽ? あそこにはましらさまの石が祀られてるやろ?」

男性「はい。以前までしめ縄の巻かれた石があったことは私も把握しています」

女性「今はもうあらへんの? なんで?」

男性「以前このあたりに宗教施設があったことはご存じですか?」

女性「宗教施設? ああ、あのけったいなことしてた集団のことか。今はもうないやろ? 確か建物が保養所かなんかになった後ずっとほったらかしになってると思うけど。それがなんか関係あんの?」

男性「その宗教施設が石を持ち去ったのではないか考えています」

女性「えっ? なんちゅうことすんのや。罰当たりにもほどがあるわ」

男性「本当ですよね。ちなみに、そのましらさまについて、もう少しお聞きしてもいいですか?」

女性「ええけど、変なこと聞くんやねえ。私もこどもの頃に聞かされた話やから言うてもあんまり知らんけど……。ましらさまは猿の神様なんよ」

男性「猿……ですか?」

女性「そうそう。白くて大きなお猿さん。私らがちっさい頃はよぉ『遅くまで出歩いてたら、ましらさまにお嫁にもらわれるぞ』って脅かされたわ。迷信深いおじいさんとかは柿が獲れる頃になったらお供えしに行ってたな」

男性「柿を?」

女性「そう、果物の柿や。知ってるやろ? お猿さんは柿が好きや言うて」

男性「お供えしてたのは柿だけですか?」

女性「あとはあれやわ。お人形さん。お婆さんがよお手縫いのお人形さんお供えしに行ってた。あそこ階段多いやろ? 運動がてらちょうどよかったんとちゃう?」

男性「なるほど……人形を」

女性「ここら辺もダムの側に国道できるときの立ち退きでだいぶ人減ったからね。昔はけっこう家も多かったんやけど、もうほとんど住んでる人もおらんくなったわ。ましらさまの話も、知ってる人なんかおらんのとちゃう?」

男性「その、ましらさまを見たことはありますか?」

女性「あんたなに言うてんの。ほなあんた仏様見たことあんの? ああいうのは迷信やろ」

男性「いえいえ、ましらさまのご本尊のことです」

女性「ああ、そういうこと。あるよ。ちっさいころに。黒くてぼこぼこした、岩みたいな石が置いてあるだけやったから、なんでお猿さんとちゃうの? ってお母さんに聞いた覚えあるわ」

男性「お母さまはなんと?」

女性「そやねえ……とかなんとか。お母さんも知らんかったんとちゃう? えらい色々聞きはるんやね。うちの母はもう亡くなったけど、父なら今家におるから、話聞いてみる?」

男性「いいんですか? ぜひお願いします」


******


老人「ましらさまについて聞きたいんやて? えらいけったいなこと調べてんねんな」

男性「はい。ええと……けったいなとは? ましらさまは神様なんですよね?」

老人「あれが神様? ああ、あいつがそう言うとったんか」

男性「はい。そうお聞きしました。猿の神様だと」

老人「そうか。あれにはそう教えとったな。兄ちゃんええか? 話すのはかまへんけど、これはあんまり世間様に向けて書いたり話したりせんといて欲しいんや」

男性「わかりました。ここだけの話にしておきます」

老人「あれはな、神様でもなんでもない。ただの男や」

男性「男?」

老人「そうや。まさるいう名前の男や」

男性「ただの男を祠まで作って祀ってるんですか?」

老人「そうせんとあかんかったからな。」

男性「石も関係がありますか?」

老人「そうやなあ。関係はある。何から話したらええんかな。もともとは親父から聞いた話や。親父も親父から聞いた言うてたから、祖父さんが生きてた頃の話やと思うわ。明治の頃やな。ダムができる前はここら辺はうちも含めた大きい村やったことは知ってるか?」

男性「はい。存じ上げています」

老人「こんな田舎やから、村中みんな家族みたいなもんやったらしくてな。ただ、一軒、まさるんとこはちょっと変わっとったらしくてなあ。村八分とは言わんでも、腫れもんみたいな扱いやったそうやわ」

男性「何か問題があったんですか?」

老人「まさるんとこは、まだまさるがちっさい頃に親父が熊にやられて死んだらしくて、母親と二人暮らしやったんや。母親も、身体が弱くて寝たきりやったらしいわ」

男性「その、まさるが母親の面倒を見てたんですか?」

老人「そうらしいわ。母親と違って図体もでかくて、野良仕事も黙々とする真面目なやつやったそうや。ただ、母親が死んでしもて。それからちょっとおかしなってしもたみたいで」

男性「おかしく……」

老人「多分寂しかったんちゃうか。母親の面倒見るのに一生懸命で寄合にも顔出さへんで、20過ぎて嫁ももろてへんかったから。家に閉じこもってけったいな人形こしらえて、一日中話しかけるようになったみたいや。自分の嫁みたいにして」

男性「村の人は放っておいたんですか?」

老人「当然みんな心配したらしいわ。ほんまの所帯持てば気も持ち直すやろいうて、村の中で年頃の娘と引き合わせようとしたらしいわ。でもうまいこといかんかったみたいや」

男性「なぜですか?」

老人「まあ……あれやな。もともとちょっと変わったとこのあるいうか……難しいやつやったみたいやからな」

男性「……はあ」

老人「中には、そんなまさるを面白半分にからかうやつもおったらしくてな。兄ちゃん、『柿の木問答』て知ってるか?」

男性「すみません。勉強不足で。」

老人「いや、今の人は知らんやろ。簡単に言うと男と女の初夜の合言葉みたいなもんや。わしがちっさい頃もまだあったみたいやけどな」

男性「合言葉?」

老人「男が『あんたんとこは柿の木あるか?』って聞くんや。それを聞かれた女は『あるよ。ちょうど柿が実つけてる』言うんや。ほんなら男が『その実をもろてもええか』聞く。女は『はい。どうぞもいでください』て応える。もちろん、実際柿なんてなくてもええねん。そういう会話をすることでお互いがその気があるか確かめあうっちゅう習わしや」

男性「なるほど。興味深いですね」

老人「まあ、そういう風習があるんやけど、まさるにそれをふざけて吹き込んだやつがおったらしくてな。『柿があるか聞いたらお前も嫁がもらえるぞ』言うて」

男性「まさるはそれを実行したと」

老人「いや、何を勘違いしたんか、のべつまくなし、村中の女に『柿があるからおいで』って言いまわったんや」

男性「……なるほど」

老人「そんなやから、みんなから気味悪がられてしもて、女はだれもまさるに寄りつかんくなってしもたらしいわ」

男性「かわいそうな話ですね」

老人「……それがなあ。ある晩、まさるの家の近所の女が殺されたんや。頭割られて。犯人探しが始まったんやけど、まさるの家の畑から血の付いた大きな石が見つかってなあ。どこから持ってきたんかわからんけど、ここら辺の山では見いひん、黒い岩切り出したみたいな大きい石や。それを見つけた女の旦那と若い衆が、まさるを囲んで滅多打ちにしたんや」

男性「……そんな。それは本当にまさるの仕業だったんですか?」

老人「どうやろうなあ。まさる本人も村の連中から問い詰められたときは自分がやった言うてたみたいやけど」

男性「まさるは死んでしまったんですか?」

老人「いや、半死半生のまま、そばにあった女を殺した大きな石に自分で頭打ちつけて死んだらしいわ」

男性「むごいですね」

老人「死に顔がまた壮絶やったみたいでな。口と目をかっ開いて死んだらしいわ」

男性「その後はどうなったんですか?」

老人「こんなやつを村の墓に入れたない言うて、山の林に埋めたんや。で、墓標代わりにその石を上に置いた」

男性「それがあの祠ですか?」

老人「ちゃうちゃう。それから、村の女が何人も死んだんや。けったいな死に方でな。みんなわざわざその石に頭打ち付けて死ぬんや。まさるに呼ばれた言うもんまで出てきたらしくてなあ」

男性「まさるの祟りが起きたと?」

老人「みんなそう考えたみたいやな。山の上の神社に急ごしらえで祠立てて、まさるを鎮めることにしたんや。でも、本尊がない。だから、あの石を置いて、しめ縄巻いて、『まさるさま』て呼んでお参りすることにしたそうやわ」

男性「それでまさるは静まったのでしょうか?」

老人「それからは、なんともなかったみたいやで。みんながまさるがこだわってた柿を供えたり、人形を供えたりしてたからやな」

男性「なるほど。それがなぜ、今は『ましらさま』になってるんですか?」

老人「そりゃあ、あれやろ。こんな惨い話こどもにできへんからな。ただ、まさるのことは祀り続けんとあかん。だから、名前の似てる『ましらさま』言う猿の神様やいうことにして、言い伝えられてるんやろ。現にわしもあいつには、『ましらさま』言うてたわけやしな」

男性「ありがとうございます。よくわかりました」

老人「あいつも言うとった思うけど、今はあの神社もあかんようなってるやろ。神様いうんは、忘れられたら悪さする言うからな。ワシも毎日仏壇でご先祖さまには手合わせてるわ」

男性「……でも、まさるは、神様ではないですよね?」

老人「兄ちゃん、よお考えてみい。あんたも周りからもてはやされたら自分が偉くなくても、そんな気してくるやろ。それと一緒や。みんなから敬われて、恐れられて、そうしていくうちに神様になってまうんや。それが、だんだん忘れられる。神様でも仏様でも、化け物でも、みんなが知っとらんと薄れてしまうんや。だから、忘れられそうになったら悪さして自分の存在を知らしめる。そんなもんやと思うで」



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