エピローグ
それからというもの、事態の終結はその広がりの割にはあっさりとしたものであった。
あのライブ当日の戦闘で虎の子の【クトグア】を失ったルヴェイユは侵攻を中止。
程なくしてスサノヲ重工との間で会談の場が持たれ、ルヴェイユへの賠償金の請求と領海の割譲によって今回の一件は手打ちとなった。
ルヴェイユの社長、クレトは今回の一件の全責任を負わされる形で辞任。条約違反である「無人ブラスギアの開発」の責任も同時に追及されることとなったが――身柄を拘束される前に雲隠れしたという。
かくして、一件落着――とばかりにスサノヲ、ルヴェイユ双方でこの事件は瞬く間に話題に上ることはなくなった。
……戦争が始まりかけていたというのにずいぶんとあっさりと、何よりトントン拍子に事が進んだことに疑問を呈する人間もいないわけではなかったが――さりとてそんな疑惑を表沙汰にしたところで長生きできないということも、同時に世の人々はよく理解しているのだ。
――などと、そんな人間の世の中の動向など、さして語るにも値しない話だ。
我々は、我々の話をするべきだろう。
あの戦闘の後。【ベリアル】たち魔王によって守られた我々は、何かと話題の的になった。
流石に我々がその魔王そのものであると邪推する者こそいなかったが、とはいえ四年前に破壊されたはずの【ゲーティアモデル】が現存し、あまつさえアイドルのライブを守って激戦を繰り広げた上に忽然と消え失せた――その事件については各所で盛んに議論され。
けれどその話題も、そうかからないうちに風化し、口にする者はいなくなった。恐らくはスサノヲによる情報誘導や規制が入ったのだろう。元はと言えば彼らが修復していた機体、それについて掘り下げられるのは彼らにとっても都合が悪い。
で。あの後姿を消した我々――【ベリアル】を始めとする三機がどこに行ったかというと、Pが保有するという秘密の格納庫だった。
なんでスサノヲ重工にも気取られずにそんなものを保有できているのか、という点については――どうやら四年前の終戦直後のゴタゴタの間に、解体前の旧国連軍の持っていた格納庫のひとつを書類上でくすねていたらしい。
あんな顔をしておいて、なかなかに小賢しい真似をする男である。
……まあ、我々に自分の素性を隠し通してアイドルとして祭り上げたのだ。今さら言うまでもないことかもしれないが。
とはいえ。いくらPがあの戦争の英雄と言えど、たった一人でそこまでの施設のお膳立てや資金繰りをスサノヲの目を盗んで行えるわけもない。
それについて一度彼に問い詰めてみたところ、
「……旧国連軍。あの戦争の後に解体され、その構成員の多くが各企業の私兵として吸収されたのですが――その中にも、今の世界をあまり好ましく思っていない人間がいるんですよ」
という答えが返ってきた。
明言はしなかったが、恐らくリンカもそういった人間のうちの一人、というわけなのだろう。……人間というのは非力で矮小な生き物であるがゆえに、つくづく面倒なことをしたがるものである。
一人一人がばらばらな思惑を、願いを持って、互いに争い合い、あるいは守り合う。
己の利益のために。誰かの願いのために。幾千幾万の願いが、この世界には渦巻き続けている。
まっこと面倒で、雑多で、非論理的で非合理的。
だが――だからこそ。
我々は今度こそ、彼らについて知りたいと思うのだ。
――。
「……ベリアル。ベリアル、寝ているのですか?」
横からかけられたアスモダイの声に、ベリアルはゆっくりと目を開ける。
「物思いに耽っていただけだ」
「ベリアルがそんな似合わないことをするなんて、珍しい」
「どういう意味だ」
などと返しながら、ベリアルは軽く体をストレッチして辺りを見回す。
ウズメドームの舞台裏、スタッフたちが忙しなく動いている雑然とした空間――表から聞こえてくるのは、手拍子と大勢の人の声。
アンコール。そんな彼らの声援が、絶えることなく繰り返されていた。
少し離れたところで、ステージ衣装のビュレトが口を開く。
「おい二人とも、そろそろ行くぞ。観客たちが待っている」
「観客、じゃなくて『ファン』と言うのですよ、ビュレト」
「う、うるさい。なんだかこっ恥ずかしいではないか」
そんなことを言いながら、一足先にステージに走っていく二人。そんな二人の背中を見ていると、後ろから声が投げかけられた。
「ベリアルさん、お疲れ様です」
「……P」
アスモダイとビュレトの登場で沸き立つ会場。ライトが照らすステージの方を見て、眩しげに目を細めながらPは呟く。
「あの日のライブも素晴らしいものでしたが――今日のライブはもっともっと、素晴らしかったです。今ならリンカさんと並んでも、もう遜色ないかもしれません」
「ほう。ならばPよ、お前の『願い』は……もうこれで、十分か?」
そんなベリアルの言葉に、Pは少し考えた後。
「……いいえ。まだ全然、足りません」
彼にしては珍しい、冗談めかした口調でそう返す。
そんな彼の言葉にベリアルは、鼻を鳴らしてこう続けた。
「P――今一度、私に聞かせろ」
「……何でしょうか」
「かつて我々を斃したお前は、我々に――人類の敵対者であった我々に、何を願う」
とん、とPの胸元に人差し指を押し当てて。
「世界の破滅か」
彼女は問う。
「己が栄華か」
彼女は問う。
「あるいはその両方か」
ベリアルのそんな問いかけに、Pはじっと、彼女の目を見返して。
「……世界平和を。最高のアイドルとなった貴方がたに全人類が魅了され、支配される。そんな世界を――どうか私に、見せて下さい」
そんな彼の答えを確認すると、ベリアルは満足げに頷いた。
「……よかろう。その願い、後悔するなよ?」
「しませんよ。プロデューサーとして貴方がたのお側にいると決めたその時から、一切の後悔などありません」
「ならばよし。ではお前は大人しく待っていろ――特等席で、最高のライブを見せてやる」
そう告げて、アンコールの呼び声が響くステージへと勢いよく駆け上がっていくベリアルに。
「ええ、楽しみにしております」
深々と――微笑を浮かべながらPは静かに、頭を下げた。
コード=プリンセス~人類の敵、アイドル活動で世界征服を目指します~ 西塔鼎 @Saito_Kanae
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