第24話
ルヴェイユのブラスギア部隊はベリアルたちの奮闘、そして今しがたの【神の雷】によって戦線が瓦解し撤退を始めていた。
数キロ先で砲身の海水冷却を始めた巨影――【クトグア】を見つめながら、攻撃を凌ぎきったアスモダイは「ふう」と息をついた。
『感謝します、ビュレト。貴方が気付いてくれなければ全員揃ってスクラップになるところでした』
『貴様の盾がなければ、どのみち蒸発していたさ。……うむ、貴様が受けてくれたおかげで、攻撃軌道上にいた雑兵どもも無事なようだ』
付近の海域上に落ちたブラスギアの残骸たちを即座に走査してそう報告したビュレトに、「それは何よりです」と返しながら彼女は正面のシールドの展開を解除。するとそのうちの四基が青白い火花を立てて海面へと落下した。
『ああ、情けない。スサノヲ製の複製品では、この程度ですか』
【シュバルツシルト】。【アスモダイ】に装備されたそれは、シールド型の九基の粒子加速器を展開、任意の場所にサーキットを形成することで擬似的なブラックホールを形成しあらゆる攻撃を吸収・無効化するというもの。
理論上あらゆる攻撃に大して絶対的な防御力を誇る無敵の盾――だが、かつての戦いで【無銘】によって破壊され、その後スサノヲ重工によって修復されたそれはオリジナルの性能には及ばなかったようだ。
遠くで不気味に沈黙している【クトグア】を観察しながら、Pが呟く。
「……【神の雷】。単なる固定砲台かと思ったら、まさかあんな大物を造っているとは」
『どどどどうするんですかアレ! あんなのさすがに想定外ですよぅ!』
『どうする、だと? 決まっている、斃すしかないだろう』
慌てふためくベルにしかし、当然のようにそう返すベリアル。
唖然とするベルを放置して、ベリアルはビュレトに問う。
『ビュレトよ、あれの中に人間はいるか?』
『――ネガティブ。あれは無人機……それもAIとすら呼べない、遠隔地にあるインターフェースからの命令を受信して動いているだけのただの操り人形だ』
『なるほど、ならば気兼ねなくブチ壊せるというわけだな。アスモダイ、お前の盾はまだ使えそうか』
ベリアルの問いに、頷いて返すアスモダイ。
『あと一発くらいなら、受けられそうです』
『上等だ。あと一発も凌げれば、奴の懐に潜り込めるだろう』
そんな算段を勝手に進める彼女たちに、ベルが『ちょっとちょっと!』と慌てふためく。
『正気ですかベリアルさん!? あんなビックリ兵器、いくらなんでもブラスギアで太刀打ちできる相手では――』
『我々を何だと思っている。世界中の軍を敵に回して人類を滅ぼしかけた、魔王だぞ?』
表情こそ見えないが、きっといつものようににやりと笑ってそう言ったのだろう。
そんな彼女の返答を受けて、Pはわずかに口元に笑みを浮かべながら呟いた。
「彼女たちを相手取った四年前と比べれば、楽なものでしょう」
『ああ忘れてました、わたしのご主人もこんな顔してこういう無茶が大好きな人でしたっ……! ええい、こうなれば乗りかかった船です!』
やけっぱち気味なベルの叫びを聞きつつ、ベリアルは満足げに告げる。
『ならば――最後の演目を、始めるとしようか!』
そう言って人の身たるベリアルも、ブラスギアたる【ベリアル】も、その瞬間を以て動き出す。
<<<絶望なんてありはしない、私たちは光を目指す――>>>
一斉に歌い出した三人。一斉に飛び出した四機。
斥力放出ユニットをフル稼働させてみるみるうちに【クトグア】へと迫る彼女たちに――冷却を終えた大口径の砲身、展開されたその砲口がまっすぐに向く。
『アスモダイ!』
ベリアルの声に呼応して最前に出ると、【アスモダイ】は手を伸ばし、その正面に残った五基のシールドを展開。するとその中央に、周囲の光全てを呑み込む漆黒の壁が生まれ――【クトグア】の放った荷電粒子砲の光芒を受け止める。
<暗い夜を、いくつも過ごしてきた。冷たい雨に、打たれていた。薄暗い傘の下――見えない空を、見たいと思ってた>
アスモダイの細く可憐な歌声とともに、膨れ上がった光が闇の盾に吸われて消え。
余波で波打ち水蒸気が立ち上るその海上を、【ベリアル】たちが放たれた矢のように飛んでゆく。
『よし、抜けたッ――』
間近数十メートルまで接近したところで、大量のアラートが鳴り響くのに気付いてPが叫ぶ。
「迎撃が来ます、回避を!」
【クトグア】の全身のハッチが展開、射出された無数のマイクロミサイルが襲い来る――がしかし、
『この程度! 我に届くと思うなよ!』
そう叫んだのはビュレト。すると彼女の操る支援ドローンがフィン状アンテナを展開し――瞬間、飛来しようとしていたミサイルたちの軌道がねじ曲がり、あろうことか主であるはずの【クトグア】へと向かって着弾していく。
<怖くなったのは、知ったから。貴方という温かさ、一人ぼっちじゃない世界を知ってしまったから――>
【ビュレト】の支援ドローン、【ファミリア】。それらは単なる火力支援機としてのみならず、彼女の電子戦能力――ハッキング機能を増幅するための補助アンテナとしても機能する。
【ビュレト】によってマイクロミサイルの指揮権を掌握された【クトグア】は、全身のハッチにその直撃を受けてわずかにその巨体をふらつかせた。
……だが、まだ有効打には程遠い。【クトグア】の誇る堅牢な二十三層の複合装甲の前では、マイクロミサイルの直撃などかすり傷程度でしかない。
【ビュレト】の跳ね返した弾幕に紛れて接近し、比較的装甲の薄い関節部分に両手のバトルライフルを至近距離で撃ち込む【無銘】であったが……厚さ1200mmの鋼板すら貫通するそれですら目立ったダメージは与えられていないようだった。
『硬すぎですよ、いくらなんでもぉ!』
「全身に斥力フィールドが展開されているみたいですね。そのせいで実体弾の威力が殺されている、なら――」
言うやPはバトルライフルを腰部にマウントし、代わりに脚部からブレードを引き抜くと――
「直接、切り拓く!」
【クトグア】の左膝関節に突き立て、そのままぐるりと一周する!
さすがにこの一撃は効いたらしい。【クトグア】の巨体は大きくバランスを崩し、海上で膝をつくようにしてその左半身を沈めた。
このダメージに警戒レベルを上げたのか、【クトグア】はまだ冷却中の荷電粒子砲を持ち上げ、左足に取り付いた【無銘】に向かって砲口を向ける。
――だが発射の直前、その砲身に突き立ったのは【ベリアル】のブレード。
『割れ、ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』
長い砲身の根本、動力炉部分に刃を突き立てたまま砲身の先端まで一気に抜ける紅い軌跡。
次の瞬間、豪炎とともに【クトグア】の荷電粒子砲が爆散。その衝撃で【クトグア】はバランスを崩して後ろに向かって倒れ込み、凄まじい水柱と水蒸気とがあたりにぶちまけられた。
沈んだまま起き上がってこない【クトグア】を見下ろして、力強く歌い上げるベリアル。
<どんなに壁が高くとも。どんなに強い向かい風でも。私たちは、切り拓く。それが――私たちの選んだ道だから>
だが――そんな彼女に、ビュレトが切迫した声を上げた。
『……ベリアル、危ない!』
瞬間。海中から伸びた一筋の閃光が、とっさに回避した【ベリアル】のすぐ脇をかすめる。
体勢を立て直したベリアルが見たのは、海の中からゆっくりとその巨体を起こす【クトグア】――その頭部に開口した、第二の荷電粒子砲の砲門であった。
『ちっ、なんともしぶといッ……!』
左膝は依然として【無銘】の攻撃のダメージが効いているようだが、まだ戦闘不能には程遠いらしい。
どう手を打つか。演算を始めたベリアルに、その時海中から飛び出してきた【無銘】――Pが叫ぶ。
「ベリアルさん! 貴方の【アルス・ノヴァ】で、アレの右足を撃って下さい!」
『足!? 何故だ!』
「奴は脚部の斥力放出ユニットの力で無理やり海上に浮かんでいます。脚部を破壊されれば今度こそ、斥力フィールドを維持できずに沈むはず――」
そう告げる彼の声はしかし、【クトグア】が放った荷電粒子砲が海面を吹き飛ばした爆音でかき消される。
『P!』
『今はそれどころではない――この隙に早く撃て、ベリアル!』
ビュレトの言葉に我に返ると、ベリアルは【クトグア】の右脚部に照準を合わせて背面の二門のレーザー砲を展開、連結し、【アルス・ノヴァ】形態で構える。
チャージは十秒。対する敵の荷電粒子砲のチャージ時間は、恐らく八秒程度――
『……なっ!?』
そう認識していたがゆえに、ベリアルは見誤る。【クトグア】の頭部荷電粒子砲はすでに、第二射を今まさに彼女に向かって放たんとしていた。
こいつ、冷却せずに連発する気か!?
【アルス・ノヴァ】射撃体勢中はすぐには動けない。ベリアルが直撃を覚悟したその瞬間――放たれた一撃を受け止めたのは彼女の眼前に立ちはだかった【アスモダイ】、彼女のシールドだった。
<こんなところで、負けてたまるかっ――>
主砲よりも威力が低く、チャージ時間も不十分な一撃。とはいえその一撃にシールド一枚だけでは耐えきれず――シールドが融解し、貫かれんとしたその刹那。しかしカバーするように横についた【ビュレト】、彼女の支援ドローンが展開したレーザーシールドがぎりぎりでその威力を殺し切る。
余波で弾き飛ばされ、装甲表面のところどころが溶けかかった痛ましい姿で、けれど【ビュレト】と【アスモダイ】は【ベリアル】を見て歌い上げる。
<<そうだ、私たちは負けられない。だから、繋ぐんだ――>>
再チャージに入ろうとして、しかし度重なる無茶な連射が効いたのか、青白い火花を散らす【クトグア】の頭部。
<吹きすさぶ向かい風、それがどんなに強くても>
対する【ベリアル】――その主砲【アルス・ノヴァ】のチャージ率は、100%。
照準が完了し、砲口から全てを灼き尽くす光芒が吐き出されて。
<立ちはだかる壁が、どんなに高くても>
放たれた光の剣は巨人の膝を垂直に貫き、内蔵されていた疑似斥力放出ユニットもろとも内部構造を破壊し尽くす。
<<<それでも前に、進むんだ――!>>>
巨体を支える力場を失ったその不格好な人形は、最後の光を吐き出すこともなく海へと倒れ――そのまま深く、どこまでも深く沈みゆく。
『――勝った、のか』
『ああ。あのデカブツの信号は途絶えた……もう、動き出すこともないだろう』
そう返したビュレトに、しばらく呆然とした後――ベリアルははっとして、海面を見る。
『そうだ、Pは! 奴は……っ』
先ほど荷電粒子砲の一撃に巻き込まれたまま、彼の姿を見ていない。
『あのバカが――プロデューサーなどと偉そうに言っておいて、勝手にいなくなるなど許さん! そんな身勝手は、絶対に許さんぞ……!』
珍しく切迫した声を上げるベリアルに、【ビュレト】と【アスモダイ】は顔を見合わせた後……
『あの、非常に言いづらいんですが』
マニュピレータの人差し指を海面の一点に向けて、呟いた。
『……元気そうだぞ、奴は』
そこに漂っていたのは、バラバラになった【無銘】の残骸と、その真ん中に浮かぶ無傷のコックピットブロック。
『あのー、ベリアルさん。盛り上がっていらっしゃるところ悪いんですけど、プロデューサーさんを回収してあげてもらえるとありがたいかなって。あ、私の本体は義体の方なのでご心配なく』
そんなからかうような声音のベルの言葉に、【ベリアル】はわなわなと腕部を震わせて――
『この、大馬鹿どもがぁぁぁぁぁぁぁ!!』
……その後しばらく、空中で大暴れする「魔王」を押し止める「魔王」二機という珍妙極まりない光景が展開されることとなったのだが――荷電粒子砲の影響でスサノヲの監視システムがダウンしていたため、幸いその映像が記録に残されることはなかった。
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