第23話

 その接近に最初に気付いたのは、沿岸海上で戦闘を続けていたP駆る【無銘】であった。


「高速で接近する熱源が三……これは」


 言いかけた瞬間、彼を包囲しつつあった敵機たちの手足がまばゆい光芒によって灼かれて墜ちてゆく。

 光学兵器――レーザー。かつて【ゲーティアモデル】にのみ配備され、その圧倒的な破壊力から戦後は禁止指定された兵装。

 それを撃った主は、歌声とともに戦場に現れた。


<なにもかも、私は怖がってばっかりだった>


 背面に天使のような巨大な円環状の集光ユニットを背負い、舞い落ちる羽のような無数の火力支援ドローン――【ファミリア】を展開した細身のブラスギア。

 パーソナルカラーは、ぎらつくような金色。機体の至るところに散りばめられた情報流体金属のエメラルド色の光を反射して煌めくその威容は、P……【無銘】もまたかつて見たもの。

 【ビュレト】。【ファミリア】によって複数門のレーザー兵器を自在に展開し、広域・対多数戦において絶対的な制圧力を誇った【ゲーティアモデル】の一。

 歌声は――「彼女」から発せられていた。


<知らないものが怖くて。見えないものが怖くて。だから私は、虚勢を張って。ただがむしゃらに、傷つけてばかりだった>


 周囲の支援ユニットが戦場を舞い、的確に敵機たちの武装を撃ち抜いてゆく。


「この、歌は……」


 Pが思わず呆気に取られている最中、墜ちゆく敵機が苦し紛れに放ったバズーカ砲の一撃が彼女へと向かって、爆煙でその姿を覆い隠し。

 ……けれど歌声は、途切れることはなかった。


<少しずつ触れた、貴方の優しさ。少しずつ知った、誰かの笑顔。私はこの手で触れたい――本当の世界を、知るために!>


煙が晴れたそこにいたのは二機。

 【ビュレト】の側で、サブアームによって保持された九つのシールドを展開するダークブルーのブラスギア――【アスモダイ】。

 ……そして。


『愚かな人間どもよ、退くがいい……悪いが大雑把なものでな、命の保証はできかねるぞ!』


 そんな聞き覚えのある「低音の壮年男性のような」声が広域通信で響くや、一方的に送信されてきたのは広域攻撃の範囲指定。

 それはどうやら敵機たちにも送られていたらしく、蜘蛛の子を散らすように彼らが範囲から退避したその瞬間――先ほどのそれとは比べ物にならないほどの閃光がモニターを埋め尽くす。


<目を背けるな、光から! 耳をふさぐな、貴方の声から! ……掴み取れ、誰のものでもない、私自身のこの手のひらで!>


 ホワイトアウトは、数秒ほど。だがそれも、管制AIであるベルがとっさにセンサー類をシャットダウンしたからこそだろう。

 他の敵機たちは今の「光」による磁場障害で電装系に異常を来したらしい、損壊のない機体たちも制御を失って海面へと墜ちてゆく。


『うぎゃわっ……! とんでもないごんぶとレーザーです、まだ眩しい』

「ベルさんがいなければ、私たちも動けなくなっていたかもしれませんね」

『そうですよ、褒めて下さい。……まあ、四年前に見ていたからこそ察知できたんですけどね』


 そう彼女が言う通り、放たれた「光」には見覚えがあった。

 高威力レーザー砲【アルス・ノヴァ】。【ゲーティアモデル】の機体が保有する中でも最大級、最高峰の威力を誇る武装であり――それを装備している機体はただ一体しかいない。

 【ビュレト】と【アスモダイ】が両脇に並ぶその真中に、翼のように……あるいは赤毛のツインテールのように二門の大口径レーザー砲を背負った真紅のブラスギアが姿を現す。

 かつては人類の敵として畏怖されしもの。

 かつては宿敵として、互いの骨肉を削り合って死闘を演じた相手。

 その名前をもう一度――Pは呼ぶ。


「……ベリアル、さん」

『うむ。無事そうだな、Pよ』


 秘匿通信で届いたその声は、確かに彼女――ベリアルのものだ。


『さすがにしぶといな、【無銘】』

『僕たちを倒した人間です。こんなところで死なれては困りますよ』


 【ビュレト】と【アスモダイ】もまたそう言って笑う。そんな彼女らに向かって、Pはさらに接近する敵機たちを撃つ手を止めぬまま、小さくため息をつきながら口を開いた。


「リンカさんですね、貴方たちにそれを預けたのは。勝手なことをしてくれたものです」

『強がりを。苦戦していたのだろう? 感謝してほしいものだな』

「……そうですね、ありがとうございます」


 Pがあっさりとそう返したものだから若干肩透かしな様子を見せつつ、【ベリアル】は咳払いをするような人間臭い動作をしながら敵機たちへと向き直る。

 彼女の放った大規模砲撃で向こうもだいぶ指揮系統が混乱したのか、見るからに浮足立っている様子だった。

 そんな彼らを見回しながら【ベリアル】は肩をすくめて呟く。


『さてPよ。私はともかくビュレトとアスモダイはお前に色々と訊きたいこともあるだろうが、まずはこいつらを叩き返し……いや、違うか』


 言いながら【ベリアル】はまたその両腰にマウントされていた長刀身の分子振動ブレードを抜刀、敵機たちへとその先端を向けながら、こう続ける。


『奴らにも、我々のライブをたっぷりと味わってもらうとしよう!』


 言うや否や背面の二対の斥力放出ユニットからまばゆい光を放って飛んでいく彼女。そんな彼女を追うようにして、【アスモダイ】と【ビュレト】も動き出す。


『むう、これは……体が軽いな、それにエネルギー効率も以前とは段違いだ。修復時にパーツ交換されたからか?』


 敵機の間をかいくぐりながら器用に武装のみを斬撃、相手の攻撃をするりといなしながら舞うように敵機を撃墜していく【ベリアル】に、返したのは【アスモダイ】。


『ひょっとしたら、リンカさんの指導のおかげかもしれませんね。人間としての体の動かし方を覚え込んだおかげで、余分なブーストなどを使うことなく動けているのかも』

『ふん、あの女に感謝するのは気に食わんが……まあよいか』


 そう呟きながら支援ユニットを指揮して着実に敵機の部位破壊を進めていく【ビュレト】。秘匿通信で彼女たちが話す中、同時にライブ会場では彼女たちのもうひとつの体がダンスを踊り、歌を歌い続けている。

 並列思考による戦闘とライブの同時処理。首輪を解除された彼女たちにとっては、この程度のことはなんの困難にもならないのだ。


<恐れないで、前を見て>


 ビュレトの歌声とともに、【ビュレト】の支援ユニットたちが破壊の光を全方位に撒き散らす。


<恐れないで、傷つくこと>


 シールドを展開して【ビュレト】や【ベリアル】のカバーをしながら、【アスモダイ】が巨大な両手の掌部に装備された大口径レーザー砲で敵機たちを薙ぎ払う。


<恐れないで、貴方たちの選択で、未来を切り拓いて――>


 【ベリアル】が疾駆したその軌道上にいた敵機たち、その武装や頭部センサーを斬撃によって破壊され、海上に墜ちる彼らを見下ろして彼女はブレードを払う。


『さあ、どうだ人間ども。まだこの馬鹿げた戦いを続けるというのならば、一人残らず叩き潰してやるぞ?』


 アイドル声ではなく低い男声で広域にそう宣言する【ベリアル】。

 そんな裏で、ビュレトが秘匿通信で彼女にささやく。


『ベリアル、我の曲が終わった! 次は〆のユニット曲だぞ!』

『分かっている!』


 今まさにルヴェイユの大軍を相手取っている状況の中でまるで似つかわしくないそんな会話に、ベルが思わず苦笑をこぼして。

 ……と、その時だった。ビュレトが息を呑んで、一転、切羽詰まった声で叫ぶ。


『――これは! 貴様ら、全員死にたくなかったら散れ! 【神の雷】が来るぞ!』


 彼女の言葉と同時に、敵味方に向かって無差別に送信されてきたのは先ほどと同じく広域砲撃の範囲予測マーキング。

 だが、範囲が広すぎる――その照準はPたちを中央に収めているのだ!


『皆さん、僕の後ろに!』


 そう言って【アスモダイ】が背面九基のシールドを展開、花弁のように並べて正面に構えたその次の瞬間――強烈な光条が、正面からモニターを灼いた。

 周囲の空気が膨張、圧排され凄まじい乱気流が生じ、巻き上げられた海水が水蒸気となって視界を埋め尽くす。

 それらが収まった頃……Pは機器の無事を確認した後モニターを見る。

 ベリアルたちの機体コードは全員分残っている。そのことに安堵しつつ、それから今の光……それを撃った存在を目視で捉え、思わず息を呑む。


「あれが、【神の雷】の発射台……!?」


 遠く海上に存在していたそれは、人型をしていた。

 恐らくは全体を光学迷彩によって隠蔽していたのが、砲撃で解除されたのだろう。毒々しい紫色でカラーリングされたその機体との計測上の距離は十四キロメートル先。だがしかしそれにしては妙だ。

まるで数十メートル程度の至近距離にいるように、その細部までがくっきりと見えるし……それにその人型はどう見ても、膝から下が海の中にあったのだ。


――。

 遠く離れたルヴェイユ本社。全役員たちが集まる議事堂の中央で、モニターを眺めながらルヴェイユ社長、クレトはにやりと笑みを浮かべて口を開いた。


「まさか【ゲーティアモデル】だけでなく【無銘】まで出てくるというのはいささか想定外だったけれど……まあいい、デモンストレーション相手としては丁度いいくらいだろう」


 そう呟きながらぱちりと指を鳴らしてサブモニターにスライドを表示すると、彼は呆然とモニターを凝視する役員たちに向き直って立ち上がる。


「全長1130メートル、慣性重量2120万トン、各部に疑似斥力放出ユニットを計10基、マイクロミサイルポッドを全身に680基装備。動力炉は量子反応炉を胴部に2基、両腕両足部に4基の合計6基配備し非戦闘状態ならば活動時間は理論上無限。そして腕部には固定砲門として新型荷電粒子砲【神の雷】を装備し、敵の射程のはるか外から一方的に拠点破壊が可能……これが我が社が三年をかけて独自に設計開発した新型ブラスギアの全容だ」


 赤熱した荷電粒子砲を海水で冷却し、吹き上がった水蒸気の中にその巨体を隠す紫色の巨人を指し示して――彼は高らかに宣言する。


「今こそ諸君にお見せしよう。我が社の誇る超弩級無人ブラスギア【クトグア】――人が造りし新たなる秩序の焔が、旧き時代の魔王たちと英雄を焼き滅ぼす瞬間を!」


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