第22話

 一曲目。ベリアルのソロ曲が終わると照明の色が切り替わり、アスモダイのパーソナルカラーである青へと変わった。

 センターを交代し、アスモダイが前に出て。彼女の独特の抑揚の乏しい、けれど愛らしいウィスパーボイスで歌い出す。


<ボクに皆を、食べさせて?>


 疾走感のあったベリアルの歌と打って変わって、可愛らしい旋律とともにアスモダイが一歩前へ出る。すると会場のファンたちから、また違った歓声が湧いた。


<あれが知りたい、これも知りたい――ドーナツ、プリンにチョコレート。色んな食べ物、色んなスイーツ。名前だけを知ってても、まだボクはどれも食べたことない>


 跳ねるようなリズムとともに、無表情のまま歌い上げるそんな彼女のパフォーマンスには、けれど確かに「彼女らしさ」があった。


<合理的で、論理的。ボクの大事はそれだけど、やっぱりそれでも気付いたの――未知とはいつも非合理的で、非論理的なものの中>


 涼やかに、静かに、けれど熱量を持ったその声が、会場中を震わせて。


<未知の道、不可知の先。世界の可能性、皆の可能性――ボクはそれを、見てみたい!>


 そんなアスモダイの歌声に、ひときわ大きな歓声が上がって。

 けれどそんな中――混じったのは、悲鳴だった。


「ブラスギアだッ……!」

「あのマーク、ルヴェイユの――」


 ドームの上空から、ステージ上に銃口を向ける巨影のヒトガタ。

 それを見上げて観客たちが恐怖の表情を浮かべるさなか、けれど一歩前に踏み出しながら、歌を続けたのはベリアルだ。


<私たちに、貴方を食べさせて>

<ボクたちに、貴方を味わわせて>

<ボクは貴方と、お話ししたい>

<それがボクたちの、進化のカタチ>


――。

 並んで歌うベリアルとアスモダイ、そしてビュレト。三人に銃口を向けたまま――上空のブラスギアの単眼が揺らめく。

 そしてその胸の中に抱かれたパイロットもまた、操縦桿を握りしめて困惑していた。


「……クソっ、なんだよこれ。ここにあるのはスサノヲの前線拠点じゃなかったのか……!? なんだよこいつら! スティンガー5よりコマンドポスト! 説明を求める!」

『コマンドポストよりスティンガー5、作戦情報に矛盾はない。命令内容は当該座標への攻撃だ』

「聞こえないのかよ、民間人だ! しかもただの、アイドルのライブじゃねえか――おい皆、この映像を見てくれ!」


 そう言って彼が侵攻部隊にモニター映像を送ると、受け取った兵士たちに明らかな動揺が伝播し始める。


<私たちは、話したい>

<貴方のことを、もっと知りたい>

<戦うだけじゃない、それだけがやり方じゃないと、ボクたちは知ったから――>


『コマンドポストよりスティンガー5、今すぐ映像の中継を中止せよ。映像の中継を続けるならば規定違反により処罰対象となります。……全体へ、現在送信されている映像はスサノヲによるフェイクデータである――』

「っ……!」


 処罰対象。ルヴェイユにおいてその言葉は実質の死刑宣告に等しい。

 それも自分だけではない――家族も含めて「処罰対象」となるのだ。

 パイロットは震える手で、こちらを見つめ歌い続ける少女たちを照準に収め。

 がちがちと歯が鳴るのを自分でも聞きながら、操縦桿の引き金を引こうとして――けれどその瞬間、機体が大きく揺れ動いて、ドームの上空から押し出されてしまう。

 凄まじい衝撃で三半規管が滅茶苦茶に揺さぶられるのを感じつつもどうにか正面のモニターに目を向けると、いつの間にか……接敵のアラームすらなしに、そこには一機のブラスギアがいた。

 漆黒色で統一された、曲面の多い装甲。どこかあの【無銘】と似たフォルムを感じさせるその機体は、ルヴェイユのパイロットが反応する間もなくその腕を振るう。

 握られていた分子振動ナイフがルヴェイユ機の両腕を切断し、続けて繰り出された蹴りでルヴェイユ機は誰もいない大通りに激突し沈黙。

 それを確認すると――漆黒のブラスギアはステージ上のベリアルたちに向かってマニュピレータで∨サインを作って見せて、そのまま霧のように虚空に消えた。


――。

『ヒーローはピンチに駆けつける、ってね。小悪魔ちゃんたち、大丈夫?』


 そんな通信が届いてようやく、ベリアルたちは漆黒のブラスギア――そのパイロットが誰なのか理解する。


『……リンカ!? その機体、あの時の――! お前一体何者なんだ!?』

『聞かなかった? “協力者”よ、プロデューサーちゃんの! ……っとぉ!』


 言いながら上空でリンカが発砲。遠くから飛来しつつあったルヴェイユ機が立て続けに二機、撃ち落とされて擱座する。

 迎撃を続けながら、リンカが秘匿回線でぼやく。


『あー、流石にプロデューサーちゃんも苦戦してるっぽいなぁ、これ』

『プロデューサー……待て、どういうことだ! じゃあさっきの【無銘】は――』


 ベリアル以外の二人は、いきなり告げられたその情報を処理しきれず混乱しているようだった。そんな彼女たちにリンカはしばらく唸った後。


『説明してる暇は、あんまないんだけどね! とりあえずプロデューサーちゃんは四年前に貴方たちを倒した【無銘】で! だけど今は貴方たちを守ろうとして戦ってるの! そこだけは信じて!』


 そんな彼女の言葉に、二人はパフォーマンスを続けながら思考して。数秒後に、こう結論づけた。


『……当然だ、今さら奴が嘘をついているなど、あってたまるか』

『まあ、いずれ説明は求めたいですけどね』


 ビュレトとアスモダイがそれぞれ返すのを見届けて、ベリアルもまた、リンカに問う。


『それより――奴は大丈夫なのか?』

『貴方たちを墜とした人間よ、雑魚がいくら来たところでやられるはずはない……けど、この調子だと抑えきれてはいないみたいね。だから、貴方たちも助けてあげて』


 そんな彼女の言葉に、ベリアルは眉をひそめる。


『助ける? どうやって』


 そう彼女が通信で呟いたその瞬間――ドームの周辺に、立て続けに轟音とともに何かが着弾した。

 いや、砲弾ではない――見ればそれらは、厳重に重ねられた輸送用コンテナだ。

 自動的に展開したその中に入っていたものを見て、ベリアルたちは……いや、会場にいた観客たちもまた、どよめきを漏らす。


「あれって……ブラスギア?」

「見覚えがあるぞ、あれは――」


 観客たちの言葉を、引き継いだのはベリアルだった。


『……我々の、体……!?』

『スサノヲが秘密裏に修復してたやつを、プロデューサーちゃんが盗んできたの。まあ、私も手引きとかはちょっと手伝ったけど』

『盗んだだと、なんとも馬鹿げた真似を……』


 ビュレトのぼやきにリンカも『本当にね』と苦笑交じりに呟く。


『使うかどうか分からない、使えるかどうかは貴方たち次第だ、って言っていたけど……あの人が首輪を外したなら、多分大丈夫だってことだから。この体、貴方たちに返すわ』


 そう彼女が言うとともに、ベリアルたちに機体とのペアリングコードが送られてくる。


『それじゃ後は任せたわよ、小悪魔ちゃんたち♪』


 そう言って一方的に通信を切るリンカに、三人は秘匿通信で一斉にため息をつく。


『やれやれ、ライブをやりながら自分たちの身を守れというわけですか』

『滅茶苦茶言いよるな、あの女め』


 苦笑交じりに呟くアスモダイとビュレトに、ベリアルも小さく笑って。


『だが――やらんわけにもいくまい。我々の、ファンのためにも』


 そんな彼女の言葉に、異論を挟む者はいなかった。


『機体コードGTB-32【アスモダイ】。認証完了、同期率100%』

『機体コードGTB-13【ビュレト】。認証完了、同期率100%』

『機体コードGTB-68【ベリアル】。認証完了、同期率100%』


 ドームを囲む三体の、禁じられた巨人たちが目を覚ます。その姿におののく観客たちに向かって――ベリアルはハウリングを起こしそうなほどの大声で告げた。


「何をよそ見している、お前たち! まだまだライブは終わってはいないぞ――もっともっと、楽しませてやる!」


 そんな彼女の言葉と同時に。かつて世界を滅ぼしかけた魔王たちが、再びその翼を空に羽ばたかせ――

 センターを代わったビュレトが、降り注ぐ黄色のライトの下で歌い出す。


<恐れないで――私たちが、貴方のそばにいるから>

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