宇宙人襲来
鐘古こよみ
宇宙人襲来
敵艦を示す赤い明滅が、モニター画面の上方へ移動していく。
自艦は中央で青く明滅する光だ。
モニター中央部は黄緑色の点線で描かれた円によって、大きく囲まれていた。
この円の内部が敵艦の推定有効攻撃範囲であり、つまりは警戒区域である。
その黄緑色の点線を過ぎて、赤い明滅が明度を落とした。
やがてモニター画面全体から敵機が消え、友軍から哨戒艦がいくつも放出される。
彼らは待った。二日や三日では安心できない。
一週間が過ぎたが、それでも警戒は怠らなかった。
二週間、ついには一カ月が過ぎた頃、ようやく乗組員の顔に希望の兆しが見えた。
三カ月が過ぎたとき、哨戒艦が福音を乗せて戻ってきた。
敵は空間歪曲航法により、地球域と呼ばれる宇宙空間から完全に撤退。
新たな重力場の形成も感知されない。あとは無人観測機の報告に頼れば十分。
つまりは、戦いが終わったということだ。
『全ての宇宙艦隊に新たな任務。地球に無事帰還せよ』
その指令がいくつもの衛星基地を中継して艦員たちの元へ届けられた瞬間、各艦で湧き上がるような歓声が轟いた。指令系統は戦闘から帰投へ切り替えられ、全ての艦員が誰かれ構わず隣の人間と抱き合った。誰も涙を堪えることなどできなかった。
人類史上初の、壮絶な戦いが終わったのだ。
別の銀河系からやってきた、謎の知的生命体との宇宙戦争が!
地球が近付き、映像通信の回線が開かれるようになると、暇さえあればモニターの前に陣取って、家族や恋人、友人との会話にいそしむ者が増えた。
ジムもその一人だ。呼び出しがあると聞いて食事もそこそこに、すっ飛んでいく。
受信ボタンを押すと、待機画面がノイズ混じりの妻子の顔を映し出した。
『ハァイ、ジム、宇宙食にうんざりしているだろうあなたに、スイーツのお届けよ』
かれこれ二年も顔を見ていなかった最愛の妻が、涙を浮かべて言う。
彼女の前には、まだ幼い娘が立っていた。
最初は不思議そうな顔をしていたが、モニターの中にこちらの顔を見つけたのだろう。途端にあどけない笑顔を浮かべて、小さな手指をいっぱいに伸ばす。
『パパ!』
以前プレゼントしたテディベアを、大事そうに片手で抱えている。
ジムの青い目は既に涙で溢れかえり、コンソールパネルを濡らさないよう気をつけるだけで精いっぱいだった。
気の効いた受け答えどころか、彼女たちの名を呼ぶことすらできそうにない。
『パパ、もうお仕事終わったの? クリスマスには帰るって本当?』
期待半分、不安半分の声を聞き、随分と寂しい思いをさせてしまったと、また涙が込み上げてくる。
目頭を押さえ、鼻を拭ってジムは、ようやくにっこりと笑顔を浮かべた。
「もちろんだ。アドベントカレンダーを一緒に作るところから始められるよ」
それを聞いて娘は目を丸くし、頬を紅潮させて母親を振り仰いだ。
『ママ! パパがクリスマスのカレンダー作ってくれるって!』
『ああジム、本当なの!?』
愛する妻も目頭を押さえて、泣き笑いの表情になっている。
モニター画面を突き破って彼女たちを抱きしめたい衝動に駆られながら、ジムは誇りと喜びを噛みしめていた。
長かった。本当に長かった。
挫けそうになったときもあったが、終わった。
地球人の勝利だ。自分たちが導いたのだ。
愛する者たちのために、宇宙人を追い返したのだ!
これで終わりではないかもしれない。だが、何度来たって防いでみせる。
愛する者がいる限り、人類は不滅だ――!
モニター越しにキスの音がいくつも響く。
戦い疲れ、傷つきながらも誇り輝く者たちを乗せて、降り注ぐ慈雨のごとき宇宙艦隊が今、漆黒の銀河に浮かぶ青い宝石に、帰還しようとしていた。
*
空間歪曲航法を繰り返し、彼らは早くも母銀河に到達していた。
巡航速度を保ち、全ての戦闘配備を解いて、完全に帰還する構えだ。
銀色の円盤型宇宙艦の内部は、明るく白い滑らかな空間になっていた。
立ちこめるピンクや青の靄たちが、交差して紫になったり、分離して黄色になったりしながら、ため息混じりの残念そうな会話を繰り広げている。
――わたしたちも、まだまだね。
――姿を似せるだけで、精いっぱいだった。
――思考パターンなんて、とてもとても。
――言語も図像も、意思疎通のレベルにはできなかった。
――せっかく教えに行ったのに、残念ねえ。
――せめて攻撃すれば、逃げてくれるかと思ったんだが……。
輪郭を寄せ合い、シュルルルル……と、切ない音を出す。
太陽系銀河に飛来した超巨大彗星が、青い惑星に突っ込もうとしていた。
〈了〉
宇宙人襲来 鐘古こよみ @kanekoyomi
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